八十五話 トレント周回を越えて
第一階層から第五階層へ進み、トレントを倒してダンジョンの外に出て、再び第一階層から上っていく。
そんな周回作業は、移動とトレントを倒すことに時間がかかるため、朝からダンジョンに入っても一日に三巡がせいぜいだと判明した。
それでも一日に三回は、トレントという中ボスを相手に濃密な戦闘経験を蓄積できる。
一日、二日、三日と周回を重ねていき、四日目にして俺はトレントを相手にする際の約束事を決めた。
一日三回の周回。
その中で、身体が元気な一巡目は除草剤や灯油などで弱体化させないまま、魔槌を赤熱化させたり治癒方術や基礎魔法もバンバン使用して戦う。その際、どうしても危険な場合は、除草剤と灯油での弱体化を行って良いとする。
二巡目は、最初から除草剤を用いて弱体化したうえで、出来るだけ魔槌のみで戦う。こちらも危険があれば、治癒方術や基礎魔法を使って良いとする。
三巡目は、基礎魔法を使い続けて両手に酷使の兆候がでたところで止めて、後はトレントを灯油で燃やしてから、魔槌の一撃で倒壊させる。
そのルーティンで、一日三回のトレント討伐を行っていく。
そうやってトレントを倒し続けて分かったことだが、トレントは倒すとドロップ品の他に宝箱を必ず落とす。
宝箱の中身は基本的に魔石ばかりだが、たまにポーションや装備品や装飾品なども出てくる。
メイスを魔石で進化させたい俺としては魔石の方が有難いが、他の探索者なら傷を治すポーションや高値で売れる装備品や装飾品だって喜ぶだろうな。
「十分に俺の戦闘技量が高まったら、灯油で邪魔な枝や蔓を焼き払う方法を伝えるのも有かもしれないな」
倒し方を伝えれば、探索者が稼ぎにやってくるだろうから、トレントのドロップ品が品薄になることもないだろうしね。
そんな予定を立てつつ、一日一日をトレントを倒すために費やしていく。
もちろん、三勤一休の労働体制は変えていない。
三日間トレント周回で疲労が溜まるので、休日は昼間でたっぷり寝て、昼食は食べ放題でガッツリと食べ、銭湯に使って日々の疲れを癒し、自宅に戻ったらアニメ視聴やラノベを読んでゴロゴロして英気を養うことに終始する。
そうしてトレントを周回の日々を繰り返していくと、トレントを倒すことが段々と楽になってくる。
しかしトレント周回は、俺の戦闘技量を高めるためにやっていること。楽に倒せてしまっては、意味がなくなってしまう。
だから一巡目と二巡目を、除草剤や灯油で弱体化させず、なおかつ治癒方術と基礎魔法を使わずに、魔槌一本で戦いきるように決まり事を変えた。
そうやって難易度調整を行ったはずなのに、少し日にちが経つころには、その状況すら楽にこなせるようになっていた。
そうなった段階で、俺は一日の周回数を三巡から四巡に増やした。
一巡目から三巡目までを魔槌一本で戦い、四巡目に基礎魔法を身体疲労を感じるまで使用してからトレントを灯油で焼き払って倒すようにした。
もうこの頃にはトレントを倒し慣れてしまっていて、相手としては物足りなくなっていた。
第一階層から第五階層までの移動の時間があるので、どれだけトレントを楽に早く倒せるようになっても、一日に四巡がどうしても限界なので戦う数を増やすことはできない。
だから俺は、敵を強化するため重曹水とクエン酸水の混合液をトレントに最初にぶっかける、なんて真似をし始めた。
重曹水とクエン酸水で強化されたトレントの強さは、通常の五割増しで、なかなかの強敵だ。
強化したトレントと戦う最初の方は、成長したはずの俺でも魔槌一本では戦い切れず、枝で殴られた体を治すために治癒方術を使い、伸びてくる蔓や根を基礎魔法の魔力球で撃ち落とすしか対応のしようがなかったほどだ。
しかしどんな強敵であろうと、戦って勝ち続けていれば、自ずと慣れていってしまうもの。
基礎魔法を使わなくても蔓と根の攻撃を避けられるようになり、枝で殴られる機会が減って治癒方術の出番が減少し、やがて魔槌一本で渡り合えるようにすらなっていく。
そうしてトレント周回による戦闘技量の上昇が期待できないと悟り、俺は九月に暦が入ったところでトレントと戦うことを止める決断をした。
今日で最後と決めたトレント周回を終えて、トレント周回で得たドロップ品と、一階層から五階層への道すがらに倒したモンスタードロップ品を共にリアカーに載せて、ダンジョンの外へ。
リアカーを引いて役所の中に入れば、俺のカマキリお面を付けたヘルメットで革の全身ジャケットな姿を目にした職員が、満面の笑顔で手招きする。
「お待ちしておりました。今日の成果は、どんな感じですか?」
ニコニコと笑顔の買い取り窓口の職員に、俺はヘルメットを頭から取ってから今日の成果物を提出していく。
職員は、窓口の裏にいる査定係に提出されたドロップ品を渡しながら、笑顔のまま俺に雑談を向けてきた。
「トレントの実が二つと、香木が二つですね。そして琥珀石が沢山ついたネックレス。後は細々としたモンスターのドロップ品ですね。凄い成果ですよ、香木が二個なんて、大金間違いなしです」
トレントの香木は、三十キログラム近い重さのある、丸太だ。そして役所はこの丸太を、一本五百万円で買い取ってくれる。
二本合わせれば、それだけで一千万円だ。
かなりの収入だが、トレントを四巡しても一つも手に入らないときが殆どなので、香木二本を一日で手にしたのは今日が最初だったりする。
しかし気になることがあるので、俺はイキリ探索者を装いながら職員との雑談に付き合う。
「大金なのはいいけどよ、なにげに買い取り金額が五百万に下がっているのはどうしてだ?」
俺がトレント周回を始め出した頃、香木は七百万円で買い取ってくれた。
しかし周回を重ねて香木を幾つか下ろす度に、買い取り値段がどんどんと下がっていって、今では俺がトレントを倒し始める前の値段にまで戻ってしまっている。
その事実を責めるように言うと、職員は誤魔化し笑いを浮かべた。
「それはその、需要と供給のバランスがありまして。小田原様がトレントを倒してくれるようになった最初は、本当に品不足でして、多少無理をした値段でも買い取れたんですが」
「俺が香木を何本も売りに出したから、供給先が満足して、値段が下がったって言いたいわけか? それ、俺が損をする理由になると本当に思っているのか?」
俺は、自分の取り分が下がって怒っているぞ、という態度で詰問する。
職員は顔色を青くしつつ、弁明を続ける。
「こ、こちらの認識としましては、七百万で買い取っていたのは一時的な措置でしたし、これ以上は買い取り金額を下げないよう交渉を頑張っているわけでして」
「おいおい。七百万で買ってくれていれば、今日の収入は千五百万円にはなったはずだ。なのに実際は一千万円にしかならねえんだろ。なら五百万円損しているってことになるじゃねえかよ」
不服だ不服だと言葉と態度で示すと、職員は愛想笑いしかできないといった表情になる。
「お、お怒りは最もですが、いくら言われましても買い取り金額を上げることは出来かねますので」
「……チッ、そうかよ。なら仕方がねえ。ま、明日からは別の奴にトレントのドロップ品を頼むんだな」
俺が何気なしに呟いた言葉を、職員は一瞬聞き逃した様子だった。
しかし職員は、俺がもうトレントを倒す気がないと告げたことを理解すると、急に色めき立った。
「ど、どうしてですか!?」
「だってよ、飽きちまったよ、トレント倒すのは。俺は探索者であって、樵じゃねえんだ。毎日毎日、木を伐採ばっかりしてられるかよ」
「で、ですが、トレントのドロップ品は高く売れますよ。他のモンスターを倒すよりも、よっぽど!」
「もう十分稼いだしなあ。昨日銀行口座を見たら、五千万円を超えていたから、しばらくは稼がなくて大丈夫そうだし」
驚きであんぐりと口を開けている職員に、俺はニッカリとした笑顔を作って浮かべる。
「だから、他の探索者にトレント討伐を頼んでくれ。俺は飽きたから、やりたくない」
「で、ですが、他の人だと、そもそもトレントを倒しに行ってくれないわけで」
「それはトレントが倒しにくいモンスターだからだろ。じゃあ、倒しやすい方法が分かれば、稼ぎにダンジョンに入っている連中なら行くようになるんじゃないか?」
俺が案を出すと、職員は再び驚いていた。
「えっ。トレントを簡単に倒す方法が、あるんですか?」
「でなきゃ、俺一人きりで、一日に何匹も倒せるはずがねえだろ。少し頭使って考えてみればわかるだろ?」
「そう提案をしてくれるってことは、倒し方を教えてくれると?」
「情報料を寄越せ。そうすりゃ教えてやる」
職員は「ちょっと待っててください」と言うと、窓口に対応中の札を出して離席していった。
そして少しして、年配の男性職員と共に戻ってきた。
「小田原様。こちら、上司の府中課長です。攻略法の買い取りについて、情報の精査のためにも、上司の同席が必須なのですが、構いませんか?」
「ああ、構わない。つーか、俺が実践して試しているから、信憑性は大いにあると思ってくれていいんだけどなあ」
「すみません、決まりなので」
俺は演技で仕方がないと肩をすくめ、府中課長と職員に促されて、個室へと案内された。この部屋で、詳しい話を聞こうってことらしい。
口で話すよりも楽だしと、俺は手でメモ帳とペンを貸すようにと指示し、そして手渡されたペンでメモ帳にトレントの倒し方を書いていく。
内容は単純に「灯油をぶっかける、少し気かするまで待つ、火を点ける、トレント丸裸」とだけ、乱筆になるようにざざっとペンを動かして書いてから、提出した。
職員はメモの内容を見て、これだけかと驚いた様子を見せた。府中課長という男性職員も、意外な情報だと言いたげな顔をする。
そして府中課長が思わずといった感じで、俺に問いかけてきた。
「トレントに灯油が効くのかね? 灯油は工業生産品のものだろう?」
「俺も驚いたけど、それが効くんだよ。当初、塩とかの植物を枯らす働きのある物質を撒いてみて、トレントを弱体化できないかってのを試してたんだけどな。灯油をまいたとき、うっかり火がついちまって、そうしたらトレントがボウボウと燃え始めてよ、あっという間に丸裸。なにしても攻撃してこないようになっちまったんだよ」
「それは本当かね?」
「仕組みは謎だが、本当に効果があるんだよ。実際、俺はトレントを倒せているんだしな」
謎とは言ったが、なんとなく予想はついている。
大多数の人は勘違いしているが、厳密に言えば工業製品がモンスターに通用しないというのは間違いだ。
なにせ第一階層に出るモンスターは、鉄パイプを組み合わせただけという、ほぼ工業製品な武器でも何度も叩けば倒せてしまう。
ゲーム的に例えるのなら、工業製品でもモンスターに一ダメージを与えることが出来るため、モンスターのHPを削り切るまで一ダメージを与えれ続ければ倒せる感じだ。
その事実を加味して考えると、階層を進んだ先に出るモンスターが工業製品で倒せないと思われているのは、実はHPの桁が高くて削り切るのに時間がかかり過ぎるために効いていないんだと誤解しているだという予想が立てられる。
工業製品でもダメージが入るという前提で考えると、トレントが焼けて丸裸になってしまうのにも説明がつく。
たぶんだが、トレントは火に弱い性質があり、燃やされると工業製品による一ダメージの他に弱点による追加ダメージが入る。そしてトレントの蔓、枝、根には、それぞれに耐久度が個別に設定されている。そう考えないと、根をぺちぺちと攻撃し続けるだけで、大木のトレントが倒せてしまうという、馬鹿な光景ができてしまうからな。
そして灯油などで燃やされると、蔓、枝、根のHPが延焼ダメージの蓄積で継続的に削られていき、やがてHPが削り切られて燃えてしまうのではないだろうか。
そう考えれば、トレントが灯油で燃えて丸裸になることの理由に説明がつく。
もっとも、これは確証がある話じゃないし、理屈と軟膏は何にでもつくなんて格言のような空想の域を出ない考察でしかない。
しかし大事なのは、トレントは灯油で燃やせるという事実だ。
「それで、俺のトレント討伐方法は、どの程度の値段がつくんだ? 実績アリだぜ?」
「……分かった。設定されている最上限度で情報料を払おう。トレントの実と香木は、いくらでも取引先がある」
府中課長が請け負ってくれて、情報提供者へのお礼としての再上限度らしき、百万円が俺に渡された。
意外とショボい感じがあるが、どうせ俺にはもう必要ない情報だしな。百万円で売れただけ良しとしようか。
「まいど。この金でいいもん食うとするよ」
「新たな情報があれば、またお売りくださいますよう、お願いいたします」
「新情報が手に入ったらな」
俺は百万円をフリフリしながら、個室を後にする。
そして後ろ手に個室の扉を閉めたところで、俺は意識をダンジョンの第六階層のことを考えることに使い始める。
トレントで戦闘技量を高めたことで、第六階層へ行く準備は整ったはずだ。
革の全身ジャケットも自作ヘルメットも、トレント周回で酷使してボロが目立つようになってきたが、まだまだ使用可能な損耗具合でしかない。
装備の交換が必要ないんだから、次に東京ダンジョンに入るときは、第六階層から探索再開でいいな。
俺はそんな予定を立てつつ、第六層に出るモンスターを再確認するため、役所の端末で調べ直すことにしたのだった。




