八十二話 中ボスをクリアして
回転で参っていた三半規管を待っていて、ふと気付いた。
「この眩暈が回転によって起こる状態異常なら、治癒方術のリフレッシュが効くんじゃないか?」
試しにやってみると、一発で三半規管が回復した。
急に視界がスッキリしたためか、漁師が陸酔いを起こすように、まだ目の前が溶けているような錯覚が起こっている。
俺はもう一度リフレッシュをかけて、その錯覚を回復させた。
「はぁ。この事実に気付いていれば、ここまで必死に逃げてくることはなかったのに」
俺は溜息をつきつつ、立ち上がり、第五階層を見渡す。
中央にいたはずのトレントは姿も形もなくなっていて、だだっ広い空間になっていた。
「どうやら、さっきの一撃で倒しきれたみたいだな」
俺は安堵しつつ、トレントが立っていた場所へ。
そこには、背負い籠の中にある色々な種類のフルーツの詰め合わせと、宝箱が一つと、次の階層へ行くための黒い渦があった。
籠のフルーツ詰め合わせは次元収納に入れてから、宝箱を開けた。
宝箱の中には、巻物が一つ入っていた。
その巻物を手に取った瞬間、俺の頭の中にアナウンスが響いた。
『身体強化、基礎魔法、打撃強化。一つを選べ』
その声を耳にした瞬間、この巻物がスキルを得るためのものだと理解した。
「これが中ボスを倒した初回特典なのか否か、パーティーで挑むと一人に一つ配布されるのか否か、選べるスキルの選定はどうなっているのか、色々と気にはなるけど……」
もっと気にするべきは、基礎魔法と打撃強化の、聞いたことのないスキル二種だろう。
恐らく基礎魔法は、名前の通りに基礎的な魔法を使うためのスキルだろう。
打撃強化も、メイスや戦槌などの打撃系の武器の威力を増すためのスキルのはずだ。
魔法については完璧に未知でスキルの強弱が不確かだが、打撃強化は明らかに今後の戦闘を楽にするスキルだ。
確実性を選ぶなら打撃強化スキルの方が良いはずだ。
しかし俺は、基礎魔法スキルがとても気になって仕方がない。
選択可能なスキルに身体強化があるように、メイスや魔槌を使い続ける限り、次に巻物でスキルを得る機会があったら打撃強化が候補に入るような気がしている。
そして今、基礎魔法が選べる候補に入っているのは、とても珍しいことじゃないかという気がしてならない。
「……オリジナルチャートは構築し直しだな。よし、俺は、基礎魔法のスキルを選ぶ!」
俺が宣言すると同時に、俺が握っていた巻物が光に代わり、その光が俺の身体の中に入ってきた。
その直後、俺は基礎魔法の使い方が自動的に理解出来た。
この基礎魔法というのは、俺が想像していた魔法とは少し違っていた。
「火や水を出すんじゃなくて、魔力を撃ち出す魔法なのか」
俺は片手を虚空へ向けると、基礎魔法スキルを使用してみた。
「魔力球」
俺が宣言した直後、突き出した手の平からバレーボール大の薄く輝く球が発射され、十メートルほど進んだ先で消えた。
今度は地面に向けて魔力球を発射すると、バシッと強い音が鳴って消えた。
音の具合から察するに、強く棒で叩いたぐらいの威力は出てそうだ。
「牽制用としては十分だし、使いこなしていけば強くなるかもって期待があるな」
それに初めて手にした攻撃用スキルを使ってみて感じたが、この手のスキルは使うだけじゃなくて使いこなすことも必要だと思った。
なんとなくだが、感覚的に魔力球の威力をもっと上げられる余地があるように感じた。
その余地が、俗に熟練度というものによって扱えるものなのか、スキルの補助なしに自力で使いこなすことができたら利用可能な範囲なのかは、よく分からないけどな。
「そう考えると、次元収納や治癒方術のスキルも、俺は使いこなせていないってことになるのか?」
しかし次元収納は、物の出し入れをするためのスキルなので、どう使いこなせというのだろうか。
治癒方術にしても、意識すれば効果が高まるという手合いでもない感触だし、どうしたもんか。
「まあ、おいおい試していくとしよう。それよりも先ずはだ」
倒したトレントの代わりに出現した、第六階層へ行くための黒い渦に入るべきだろう。
俺は回収忘れがないことを確かめてから、黒い渦の中に飛び込んだ。
その直後、ダンジョンの中で散々みてきた、石造りの広い通路がある光景の中に立っていた。
第四階層に戻ってしまったのかと、つい思ってしまいそうになる光景だ。
しかし、ここが第四階層ではなく第六階層であることを、出入口に探索者が屯していないことと、この場所に足を踏み入れた途端に頭の中に聞こえた声からも理解出来た。
その声というのは――
『入口から第六階層へ入ることが可能になった』
――というもの。
どうやら中ボスを倒したことで、次回からは六階層へのショートカットが出来るようになったようだ。
「楽に第六階層に来れるのは良い事だけど、調子が狂いそうだな」
今までの東京ダンジョンの行程は、第一階層から歩いていき、弱いモンスターを倒しながら進んでいた。
その弱いモンスターで肩慣らしをして、徐々に強いモンスターと戦って戦意のギアを上げていくことで、活動する階層で万全の状態で戦えるようになっていた。
しかし次回から第六階層へ直でくることができるようになったことで、ダンジョンに入ってすぐにトップギアに戦意を持ってこないといけなくなった。
「肩慣らしも未だの状態で強いモンスターと戦うなんて、アクシデントが起こりそうで怖いな」
俺は、さてどうするべきかと考える。
第六階層へ進むべきか、第五階層のトレントを倒し慣れるまで頑張るか。
不老長寿の秘薬を手に入れる目的を考えるのなら、第六階層で活動して宝箱を漁るべきだろう。
しかしトレントほどの強敵を倒し慣れるぐらいまで成長できたなら、その育てた地力があれば後の探索が楽になることは間違いない。
「悩ましいが、まずはダンジョンの外へ出るか。決断できないまま、第六階層のモンスターと戦うと、後れを取りそうだし」
俺は次元収納からリアカーを取り出すと、ここまでの道行きで入手したモンスタードロップ品と、トレントを倒して入手した果物が詰まった籠を乗せる。
今日は収穫が少ないので、あまり収入は期待できないだろうな。
そんな気持ちを抱えて、俺はダンジョンの外へと出ることにした。




