七十五話 迷路を調べ終え
今日も、第四階層中層域にある迷路を調べていく。
今日は、他の探索者と出会うどころか戦闘音すら聞こえてこない。
この中層域にきている探索者の数も少ないのか、モンスターと出くわすことが多い気もするな。
俺としては、変に他の探索者と関わらない分、迷路探索が捗っていい。
とりあえず、前に見つけた隠し部屋に入り、宝箱の中身が復活していないことを確認しておく。そして隠し部屋を出て、死体を見つけた場所へ。そこから地図上では未探索になっている迷路の通路を解明していく。
その探索の中で、四匹一組で現れるモンスターは、やはり手強い。
ハニワの剣や猛牛の角に当たると大怪我じゃ済まないだろうし、小鬼の多彩な打撃の技術だって驚異的だからな。
慎重に戦い、一匹ずつ倒し、時間をかけて有利な状況に作っていくことで、どうにか倒していく。
もちろん無傷とはいかない。
ハニワの剣を警戒する分だけ、盾での殴打は受け入れて、反撃の切っ掛けにする。
猛牛を素早く倒すために、突進を避けながら、その足をメイスで折る。足の骨折で地面に倒れた猛牛は、足を暴れさせて近寄らせないようにしてくるが、その足の間を多少食らってでも掻い潜って、胴体にメイスで殴りつける。
小鬼に至っては、一撃で致命傷は食らわないからと、小鬼の拳や蹴りを放つのに対して俺がメイスで応戦し、徒手空拳とメイスという武器の差で勝ち切る。
そんな戦い方をしていれば、打撲は避けられず、下手すれば骨折する。
しかし俺には治癒方術のリジェネレイトとヒールがある。
リジェネレイトさえかけていれば、徐々に怪我が治っていくので、打撲は次にモンスターと戦うまでには治っている。
ヒールは複数回かければ骨折だって治せるので、継戦能力に問題は出ない。
そうした力技で迷宮の通路を解明していき、どうにか今日一日で全てを踏破した。
やはり迷路になっている場所には宝箱が多くあるのか、迷路状の通路がある区画は小さいながら、隠し部屋の宝箱以外に新たに三つの宝箱を見つけた。
宝箱の中身はそれぞれ、ポーション六本、魔石一つと小袋に複数枚入った金貨、革の水筒。
ポーションは有り難く次元収納に収蔵させてもらうとして、魔石はメイスの強化に使い、金貨は売却する予定だ。
「で、問題は、この水筒だな」
ラノベの中世風ファンタジー作品に出てくるような、扁平な形の革の水筒。飲み口には金色の金具が使われていて、コルクの蓋がついている。
振ると中身が入っているようで、ちゃぷちゃぷと音がする。
試しにコルクを抜いて、金具に鼻を近づけ、中身を嗅いでみる。
まず感じたのは、革の臭い。薄っすらとだが、鞣し剤と獣臭さが同居した、少し不快な臭いだ。
続いて感じたのは、微量のアルコール臭と水気。
「アルコール?」
不思議に思い、俺は手袋を取った出で、水筒の中身を受け止めてみた。
水が入っていると思いきや、そうではなかったようで、水筒の中に入っていた液体は薄い赤色をしていた。
俺は謎の液体を嗅ぎ、革の臭いが液体に移っているものの、腹を壊しそうな嫌な臭いはないことを確認し、舌先で液体を触ってみた。
それで分かったが、この液体はワインを水で割ったもののようだった。
「いやまあ、中世風ファンタジー作品で出てくるときもあるけどさ」
水の腐敗を防ぐために、水にワインを混ぜ、それを旅中の飲料にすることが。
しかし、水筒の中身がワイン水か。
これがワインだったら、ダンジョンから出たワインとして好事家に売れたんだろうが、水で割っているんだもんなぁ。
それに革の水筒は、中身に臭いが移るから、売り先に困りそうな感じがある。
「休憩部屋の薬水を入れるのだって、ペットボトルで良いし」
本当に、使い道のない水筒だな。
俺はコルクを飲み口に戻して栓をしてから、次元収納の中へ入れた。
とりあえず、これで第四階層中層域は調べ終えた。
今日はここまでにして、明日からは深層域へ移動するべきだろうな。
そんな事を考えながら、出入口に向かって歩き出した。
出入口で、次元収納の中からリアカーを引っ張り出し、そのリアカーの中にモンスタードロップ品と宝箱から得たものを入れていく。
他の探索者たちは、俺が収集してきたものを盗み見て、こそこそと内緒話をしている。
漏れ聞こえてくる声は、中層域の奥にある迷路状の通路に行くべきか否かの相談のようだ。
大量のモンスタードロップ品と、そして宝箱の中身と思わしき物品も、リアカーの中にあるんだ。
ダンジョンに稼ぎに来ている探索者なら、美味しい稼ぎ場所は危険があっても入りたいことだろう。
俺は周囲の状況を理解しながら、イキリ探索者っぽく振舞うため、あえて無視してリアカーへの積み込み作業をする。
今日は二日分なので、なかなか作業が終わらないのが困ったもんだ。
リアカーに荷物を満載にしてから、俺は出入口にある白い渦を通って、ダンジョンの外へ。
外は昼過ぎ頃の一番熱い時間だったようで、夏の太陽が容赦なく俺の全身を炙ってくる。
俺は全身ジャケットの前ファスナーを腹上まで開けてから、リアカーを牽いて役所へと急いだ。
買い取り窓口へ行き、モンスタードロップ品と宝箱の中身を提出する。
その際、職員に聞かれた。
「こちらの刀と水筒は、オークションに出品なさいますか? 出品なさる場合、日本在住者限定になさいますか? それとも海外の方も参加できる方に致しますか?」
刀についてはオークションの打診がされることは予想していたが、革の水筒も要望されるとは思わなかった。
「なあ、そっちの水筒ってよお、どのぐらいの値段になりそうなんだ?」
俺は、さも水筒の価値を知っていますと言いたげな態度を装って、問いかける。
すると職員が、職員用のタブレットを取り出して、その画面を見せてきた。
「宝箱から出た、水で割ったワインが入っている水筒でしたね。ということは、最低級の水湧き水筒でしょうから、ここらへんの出品物と同じ結果になるかと」
画面に映っていたのは、オークション結果。
そこには俺が提出した水筒と同じものが、ずらっと並んでいた。
一番高く売れたものは、米ドル取り引きだったけど、おおよそでも百万円を越えていた。
その水筒をタップして詳細を表示させて内容を確認すると、迷宮内で腰に吊るしておくとコンコンと中身が湧いてくる不思議な水筒という触れ込みが書かれていた。
どうやらこの革の水筒は、中身が尽きない特殊効果がついた水筒のようだ。
一瞬だけ、出品を取りやめるかと考えたが、別に俺には必要ないなと思い直した。
俺の次元収納スキルの容量は、小型トラックの荷台並みだ。
水だってガロンサイズを何個だって入れられる。
俺がこの水筒を持っていたって、あまり意味がない。
しかし逆に、この水湧き水筒が必要な人物がいる。それは、ダンジョンで寝泊まりするうえに補給もままならないような、最前線に立つ人たちだ。
その手の人たちなら、水筒を高く買ってでも欲しがるだろうし、ここは売却一択だな。
だが俺がダンジョンに入っている目的が不老長寿の秘薬だと考えると、東京ダンジョンに入っている他の探索者を利する必要もない。利した結果、先に不老長寿の秘薬を手に入れられてしまったら、意味がないしな。
それなら競争相手が多く参加するであろう、海外の人も参加できるオークション形式にした方がいいな。
「よしっ。刀も水筒も、海外の人も参加する方にしてくれ。高く売りたいから、そこんところヨロシク」
俺はイキリ探索者っぽく、職員に少しでも高く売れと圧をかける。
しかし職員は、探索者の側がこういった態度をとってくることが良くあるのか、慣れた調子で「微力を尽くさせていただきます」と返すだけだった。
俺は拍子抜けした気持ちで、整理券を受け取る。
昨日今日の二日間、モンスターが四匹一組で現れる場所で戦い続けたこともあり、ドロップ品の売却代は五十万円を越えていた。