七十三話 厳しい現実
第四階層中層域にある迷路は、小さい範囲にだけ展開されているのは、アプリの地図を見れば予想がつく。
そして四匹一組で現れるモンスターと戦い慣れる必要はない。
多少の無茶をすれば、一日で迷路の全てを踏破することは可能だと思う。
「しかし、そんな無茶をする必要はないよな」
俺は休憩を終えて隠し部屋から出ると、現在の時間を確認。
あともう一本か二本の通路の行き止まりを確認した後で帰れば、ちょうど夕方ごろにダンジョンの外に出られるだろう。
そう予定を立てて、通路の分岐地点まで戻ることにした。
そして通路を一本調べ終わった後で、さらに一つ前の分岐に戻ったところで、ここが戦闘音を聞いた場所であることを思い出した。
「ちょっと音がしていた方向へいってみるか」
他の探索者がモンスターを倒しているのなら、モンスターとの遭遇率も減っているだろうから、探索も楽に済むだろうしな。
俺は戦闘音が聞こえていた方向へと歩みだし、五分ぐらい経ったところで、この道を選んだことを後悔した。
なぜなら、通路の上に人間の死体が一つあったからだ。
「いやまあ、モンスターが四匹一組で出る危険な場所なんだから、探索者の死体があっても変じゃないけどさ」
俺はぐちぐちと文句を言いつつ、死体に近づく。
頭に付けた陣笠の前と胴鎧がバッサリと斬られた状態で、仰向けに死んでいる。手元は、右手に日本刀を握り、左手にはスマホを持ったままの状態だ。
歳の頃は、絶望顔で固まっている顔に小皺が多いことから、四十代の男性だと思う。
俺は手を合わせて黙とうをささげた後、その死体を次元収納の中へと放り込んだ。
「俺のように一人でダンジョンにきていたのか、それとも仲間が死体を捨てて逃げたのか」
どちらだろうと考えて、死体の傷が少ない点から、仲間がいたのだと予想する。
俺はモンスターと多対一の状況で戦い慣れてきたからわかる。
モンスター数匹と戦う際には、あちらこちらから攻撃がくるのが当たり前。
もしそんな状況で俺がモンスターに殺されるとなったら、あの死体のように陣笠と胴鎧にだけ傷ができるなんて程度じゃなく、全身がボロボロになって死ぬはずだ。
だから逆説的に、死体に傷が少ないということは、モンスターの多くが死体の仲間と戦っていた証拠となる。
「ふむっ。戦闘音が近くでしないってことは、上手く逃げ切ったか、さもなきゃ別の場所で死んだかだな」
少しお節介だと自覚しつつ、迷路の通路の解明ついでに、ちょっと周囲を探してみることにしようか。
死体を発見した場所から少ししたところで、各部が傷ついたハニワ三匹を見つけた。
四匹一組で現れるはずの区域に三匹ってことは、おそらく死体とその仲間を倒して生き残ったモンスターなんだろうな。
そして、それは探索者側が負けて死んだということである。
「傷ついたハニワ三匹なら、魔槌を出すまでもないか」
俺はハニワ三匹に向かっていき、敵の攻撃に合わせて反撃するという方法で、一匹ずつ確実にメイスで殴り倒した。
すると運よく、レアドロップ品のハニワの盾が出た。
素焼き陶器のような土色の盾だが、ダンジョン内では鉄以上の強度を誇る立派な盾である。
日本では、この盾を小割にして日本鎧の上に着ける装甲材にするようだが、海外ではそのまま盾として使う需要が高いと聞いている。
つまりは、それなりの高値で売れる防具というわけだ。
隠し部屋で手に入れた効果付きの日本刀もあるので、今日は十二分の収入を得られることだろうな。
それはさておき、傷ついたハニワがいたということは、この近くに探索者がいるはずだ。
良く探してみると、地面に滴った血が残っていた。
その血がある方向へと歩いていくと、四人の探索者の死体と、猛牛のレアドロップ品であるフィルムに包まれた肉の塊が落ちていた。
状況から察するに、猛牛が突進して探索者たちの隊列を崩し、ハニワ三匹が突撃して探索者の連係を崩壊させて倒したってところだろう。そうやって隊列を崩されたからこそ、陣笠に胴鎧っていう気配察知スキル持ち特有の装備をした探索者が、いの一番に殺されてしまったんだろうしな。
探索者の側も逃げつつ戦い、モンスターたちの攻撃の起点である猛牛を倒し切ってはみせたんだろうが、そこまでが抵抗の限界だったんだろうな。
次元収納スキルかつ単独でいる俺が、四匹一組で現れるモンスターと戦えているんだから、この探索者たちも身体強化スキルを十全に発揮して猛牛の突進とハニワの連携に慌てずに対処できていたら、こうして死ぬこともなかっただろうに。
俺は死体たちに黙とうを捧げてから、先に拾った死体同様に次元収納の中へと放り込んだ。
そして猛牛のレアドロップ品の肉の塊も次元収納の中へ。
「猛牛の肉は、下手な和牛より美味しいって話だけど、今日は食べる気にならないな……」
ハニワの剣で斬られて果てた、死体を五つ見たばかりだ。
肉の色を見たら死体を見た衝撃を思い出してしまうだろうから、折角の美味しい肉の味わいが損なわれることが想像に難くない。
ちゃんと肉の味が感じられる頃に食べることを決意し、猛牛の肉は次元収納の中に寝かせておくことにしたのだった。