七十一話 戦い方
東京ダンジョンの第四階層。
その中層域にて、俺はモンスターが二匹一組で出る区画を歩いている。
当面の目的は、この区域の先にあるモンスターが三匹一組で出る区域へ行き、さらに先にある未探査通路の調査を行うこと。
その目的を果たすために、二匹一組のモンスターと戦い続けて、地力を育んでいく。
戦いの中で、改めて実感する。
やはりモンスターは一匹よりも、複数匹の方が難易度が高くなる。それも数に比して、指数関数的に。
単純な数の差に加えて、モンスター同士が連係しようとして知能を発揮する。
例えば、猛牛の上に小鬼が乗って現れたり、ハニワの盾の陰から猛牛が走り込んできたり、小鬼の退避をハニワが援護したりと、厄介さが増しているわけだ。
しかし俺がじっくりと実力を上げてきたこともあり、数秒間だけ一対一の状況に持ち込めさえすれば、モンスターを確固撃破することができている。
そして二対一の状況で戦い続けて対応力が磨かれていっているからか、一対一で戦うときよりも地力が成長している実感も強い。
そうして調子良く戦っていくと、二匹一組のモンスター相手だとレアドロップ品が若干向上するんだろう、中層域に入って初めて魔石がドロップした。
すぐさま魔石をメイスの強化に使い、休憩に入る。
「ふぅ。体の疲れはリフレッシュで取れるけど、運動で失ったカロリーと汗で失った水分は補給しないとな」
俺は次元収納から、大入り袋のナッツと二リットルペットボトルに入った水を出す。
ナッツを一掴み分、水は二口分、ボリボリゴクゴクと補給した。
腹に食べものが収まった感触と、飲んだ水分が体に回っていく感覚を得たところで、休憩は終わり。
再び二匹一組のモンスターを探して倒すことを続ける。
そうして戦い続けていると、俺の進行方向の先から戦闘を行っている音が聞こえてきた。
「うへっ。他の探索者がいるのかよ……」
第四階層は、多くの探索者が稼ぎに来ている場所だ。そして俺は他の探索者と談合せずにダンジョンを歩いていることもあって、こういう通路のバッティングはたまにある。
こういう時は、スマホに入れた探索者用のダンジョンアプリで、地図を見て別の通路を進むのが定石だ。
しかし不幸なことに、いま俺がいる通路は長い一本道のちょうど中間。
戻って別の道を行くのも、先に進んで別の道を選ぶのも、どちらも同じ労力を払わなければいけない。
俺はどうするか考えて、通路を先に進むことを選んだ。
別に俺は、誰かに非難されるようなことをしているわけじゃないんだ。なら、どうして他の探索者がいるからと、わざわざ引き返さないといけない。
そんな理論武装を行いながら、戦闘音がしている方向へと進む。
少しして、探索者の一団とモンスター二匹が戦っているところが見えてきた。
探索者の一団は五人。全員が日本鎧と兜を着け、背中には大型の登山リュックを背負い、手に日本刀を持っている。初めて見る一団だが、あの装備と全員が戦闘に参加していることから察するに、身体強化スキル持ちだけで固めたパーティーのようだ。
一方でモンスターは、ハニワが二匹。ハニワ同士が背中をくっ付けて戦うという、防御主体の戦法を使っている。
そんな戦いの場所から十分に距離を開けたところで、俺は立ち止まる。
俺は身体強化スキル持ちが戦っている場面を見たことがあるが、身体強化スキル持ちの一団が戦う姿を見たことがない。
どんな戦い方をするのか興味があり、観察することにした。
おあつらえ向きに、ハニワは中層域で一番防御が堅いモンスター。戦いを観察する時間が、たっぷりできるはずだ。
探索者の一団は、三、二に分かれて、ハニワ二匹と正面から戦っている。
「さっさと押しきれよ!」
と二人でハニワを相手にしている方が怒鳴る。
「やろうとしている!」
と三人の方が怒鳴り返しながら、我武者羅に日本刀で乱打している。
そんな五人の探索者の攻撃を、ハニワは盾で攻撃を受け止め続けてじっとしている。
あのハニワの姿勢について、俺は良く知っている。
あれは、探索者が攻撃し続けて疲れるときを待ち、そして剣での一撃必殺を腰淡々と狙っている体勢だ。
探索者たちの中で、負担が大きいのは二人で戦っている方。なら先に戦い疲れるのも、そちら側だろうな。
この俺の予想通り、二人の探索者が揃って戦い疲れて刀の振りが疎かになった。
その瞬間、二人と相対していたハニワが動き出した。盾で探索者の片方を押し退けて、もう片方へ剣による鋭い突きを放った。
これは決まったか、と思ったのだが、そうならなかった。
突きで狙われた探索者の姿が突然ブレたかと思うと、次の瞬間には腰だめに構えた日本刀で攻撃してきたハニワの胴体を貫いていた。
「へっ、攻撃してきてくれて、ありがとよ!」
探索者は、ハニワを刺した日本刀を上へと斬り上げていく。バキバキとハニワの体が斬られ壊れる音が響き、やがてそのハニワは薄黒い煙と化して消えた。
その光景を見ながら、俺は身体強化スキルの強さを目の当たりにしたと理解した。
あのとき姿がブレたのは、身体強化スキルを全開にして素早く動いたからだろう。そしてハニワの体を日本刀で貫いたのも、そこから力づくで斬り上げたのも、身体強化の恩恵なんだろう。
目にも止まらない速さで素早く動き、そして一撃死させられる膂力で攻撃する。
単純であるからこそ、偽りのない強さが、そこにはあった。
「あれだけの効果があるからには、身体強化スキルがレベルアップしているんだろうな」
あれほどの劇的な身動きができるのなら、ダンジョンの序盤でならごり押しで戦えることだろう。
そういう視線で見てみると、残り一匹となったハニワを集団でボコっている探索者たちは、刀を棒のように扱っている。
その戦う姿は、技量というものがまったく感じられない、粗暴で力づくの戦い方でしかない。
モンスターに勝てればそれで良いとはいえ、戦闘技能を育てないと後々で困りそうだけどなと、俺は思ってしまう。
なにせ階層を進む毎に、モンスターの手強さは増している。
第五階層、第六階層と進めば、やがてスキル頼りのごり押しなんて通用しなくなるだろう。
だがしかし、あの探索者たちがダンジョンに稼ぎに来ているのなら、それで別にいいのかもしれない。
身体強化スキルのごり押しが通用するまでの階層で活動すれば、それなりに金は稼げるだろうしね。
そんな判断をしていると、ハニワと戦っていた探索者たちが移動を始めていた。彼らが立ち去ろうとする足元には、倒したハニワのドロップ品である粘土が落ちている。
どうやらあの探索者たちは、粘土は集めずに他のドロップ品を優先で確保する稼ぎ方をしているようだ。
探索者たちが立ち去ってから、俺も移動を再開する。そして通路を進みがてら、彼らが残した粘土を次元収納で回収する。
通路を進んだ先の分かれ道に到着。
俺は耳を澄ませて、先の探索者たちの鎧の音を聞き分け、その音がしない方の道へと進んだのだった。