四十五話 戦い続ける
休憩部屋近くに限っての、第三階層の中層域での戦闘。
中層域のモンスター二匹を同時に相手するのには、俺の実力はまだまだ不足気味だ。
その不足分を、戦い方の発想と、怪我を受け入れる覚悟で乗り越えていく。
「おりゃあああああ!」
次元収納からレッサーオークの革を広げて出し、飛びかかってきたワイルドドッグの顔面にぶつける。
ワイルドドッグの攻撃方法は、噛みつき一択。頭に革が被っている間は、攻撃ができない。そして四つ足の動物は、四つある足のうち一つでも折れると、その俊敏さがなくなるもの。
ワイルドドッグが革から抜け出そうと足掻いている間に、メイスで前足を一本折っておく。
これで攻撃力の大半を奪うことに成功したが、ワイルドドッグはもう一匹いる。
そのもう片方のワイルドドッグも、俺の喉目掛けて大口を開けて飛びかかってくる。
振るったメイスを引き戻して防御に使うにも、身躱しするのも、タイミングが遅い。
俺はメイスを手放し、空になった手を翻し、ワイルドドッグの口を腕で防ぐしかなかった。
腕に着けたドグウの手甲で防御出来たものの、装甲のない部分にワイルドドッグの牙の先が突き刺さる。
「うぐっ! 痛いだろ!」
腕に噛みつくワイルドドッグを殴りつけるが、噛んだまま離そうとしない。それどころか、頭を振って牙を突き刺した場所を抉ろうとさえしてくる。
このままだと手甲と腕がボロボロになる。
俺は次元収納から戦槌を取り出すと、柄の先をワイルドドッグの口の端から中へ突っ込んだ。
柄で喉奥を突かれて嘔吐いたようで、ワイルドドッグの口が腕から離れた。
俺はワイルドドッグを蹴り飛ばして怯ませてから、戦槌を力いっぱいに振り下ろす。戦槌のヘッドがワイルドドッグの肩甲骨下に命中し、骨が折れる感触がした。
これが行動不能に陥るほどの大怪我のようで、バタリと倒れて動かなくなる。薄黒い煙に変わらないので、まだ生きてはいるようだ。
俺は戦槌を引き戻すと、先に前片足を壊していたワイルドドッグに向き直る。
ワイルドドッグは、折れた前足を庇いながらヒョコヒョコと歩きつつ、俺に噛みつく隙を狙っている。
その満足に行動できない隙に、俺の方から攻撃を仕掛ける。
「うおりゃああああ!」
戦槌を横薙ぎに大振りする。
ワイルドドッグは何時ものように後ろに飛んで逃げようとする素振りをしたが、折れた足に痛みが走った様子で、一瞬身体を硬直させた。
その硬直が致命的な隙になり、俺が振るった戦槌が肋骨部に横から打撃を加えた。肋骨が何本も折れる音がして、ワイルドドッグは吹っ飛ぶ。
流石に、この一撃では倒せなかったようだが、胴体の骨が折れたことでワイルドドッグの動きが更に悪くなっている。
俺はもう一度戦槌を振るって、ワイルドドッグに止めを刺した。ついでに、倒れたまま動いていない方も頭を砕いた。
「ふう――って、あ痛たたたた」
戦闘が終わって気が緩んだ瞬間、噛まれた腕に痛みが走る。
腕に目を向けてみると、手甲から滲んだ血がポタポタと滴っていた。
詳しく確認すると、装甲の無い部分に小さい穴が開いていて、その下の肌にも穴が出来ていた。
「まあ、第一階層で得た防具だしな。治癒方術、ヒール」
ヒールをかけて、怪我を癒す。
小さな穴の開いていた怪我がみるみる治っていき、十秒経つとすっかり傷がなくなった。
手を開いたり握ったりして具合をたしかめてみたが、すっかり痛みはなくなった。
さて、倒したワイルドドッグからのドロップ品は、通常の牙だけ。
怪我をして手に入れたにしては、渋いドロップだ。
俺は牙を回収し、戦闘に使った戦槌とレッサーオークの革を次元収納に入れる。
そしてメイスを拾い、次のモンスターと戦うため、移動を開始した。
中層域でモンスターと戦い始め、何日も何日も経ってから分かったが、俺の先頭スタイルはレッサーオークと相性が悪い。
特にレッサーオーク二匹と同時に戦う場合は、ハッキリと劣勢になってしまう。
なにせメイスや戦槌で叩いても、あの分厚い脂肪で一撃じゃ致命傷を与えられないんだからな、仕方がない。
だから俺は、他のモンスターの組み合わせのときは戦うが、レッサーオーク二匹連れのときは迷いなく撤退することに決めた。
幸いレッサーオークは足が遅い。全力で走れば撒いて逃げ切れる。
そうやってモンスター戦い、たびたび休憩部屋で薬水と治癒方術のリジェネレイトで体力と気力の回復を行い、再びモンスターとの戦いに戻る。
朝から晩まで延々と一度に二匹のモンスターと戦い続けるため、一日で俺の次元収納にはモンスターのドロップ品が大量だ。
まあ通常ドロップ品が、革と牙とボーンアクセサリーだ。小型トラックの荷台分の容量の次元収納が満杯になるほどには、一日で集まったりはしない。
そしてこれだけ戦えば、手に入った数は少なくともレアドロップ品も出てくるもの。
レッサーオークのレアドロップ品は、十キログラムはありそうな肉の塊。ワイルドドッグは野犬の毛革。スケルトンランサーからは、骨の槍。そして極たまに、小指の爪程の大きさの魔石も出てくる。
レッサーオークの肉は、薄いフィルムに包まれた脂肪分の少ない肉なので、煮込み料理にしたら美味しそうだ。
ワイルドドッグの毛革は、一メートル四方の毛並みの手触りがよい革で、ラグマットに最適だ。第三階層のモンスタードロップ品なので、防具に改造しても良い防御力がありそうだ。
スケルトンランサーの骨槍は、一メートルほどの長さの柄で、中空構造のようで軽く、骨特有のしなりがあって折れ難そう。穂先は良く研がれた骨片で、指で触れるだけで切れそうな鋭利さがある。柄の長さと軽さも相まって、手槍や投げ槍のようにも使えるだろう。
これらのレアドロップ品の活用法を考えようとして、俺の頭の中に変な想像が浮かぶ。
「犬の毛皮を纏い、骨の槍を構え、肉の塊を直火で焼いて食らう。うん、原始人スタイルだ」
なんて変な想像をしてしまったのかと、頭を振るって想像を追い出す。
肉は食べるため、毛革は防具に利用するために残す。骨槍は売り払っていいだろう。モンスタードロップ品の武器だから、良い値がつくだろうし。
俺は出したレアドロップ品を次元収納に戻し、休憩は終わりにして部屋の外へ。
そして自分に治癒方術のリジェネレイトを掛けてから、モンスターを探しに通路を歩くことにした。




