三十九話 他の探索者たち
午前は第二階層の深層域でグールを狙って倒して良さげな鈍器が出ることを期待しつつ、午後は第三階層の浅層域でモンスターを倒すのに苦労する。
そんな日々を十日ほど続けたところで、役所でドロップ品の換金待ちをしている間に、第二階層の地図が更新されたと探索者が話しているのを耳にした。
換金した代金を貰ってから、少し気になったので専用端末にスマホをかざして地図をダウンロードどしてみた。
そして更新された場所を確認すると、あの迷路状の通路の大部分が書き込まれていた。いくつかの宝箱の位置すら表記している。
この地図と、俺が書き入れて作った通路地図とを比較して表示してみる。
素人作りだからか、俺の手書きは実際の地図と比べると、少しずつズレていた。
しかし改めて確認すると、このズレが良い働きをしていることに気付く。
なにせ役所が公開した地図には、隠し部屋がありそうな意味深な空間が通路と通路の間に幾つかあった。その隠し部屋がありそうな空間が点在していることで、実際に存在する隠し部屋の存在が隠されていたのだから。
そして恐らくだけど、他の探索者たちは、あの金貨を手に入れた隠し部屋を発見できていない。
なぜそう分かるかというと、いままさに役所のベンチに座って作戦会議している探索者たちが発している言葉を聞いたからだ。
「発見した宝箱からは銀貨ばかりで、金貨は出てきていなんだったよな?」
「この場所を探索していたヤツが役所に持ち込んだっきりだ」
「宝箱の中身がレアだったって可能性は?」
「さあな。未だ見つけていない宝箱があるだけかもしれん」
あれやこれやと話している探索者たちから離れ、俺は今日の探索の対価である十万円でなにを食べるかを考えながら役所から立ち去った。
第三階層からは、ガチのダンジョン探索が始まる。
これはインターネット上に転がる、ライト層は二階層までにしておけという、探索者への注意。
しかしそんな注意をしていても、愚かな探索者は三階層へ足を踏み入れてしまう。
その事実を理解したのは、俺が第三階層の浅層域において、いよいよ二匹モンスターがでる場所に足を踏み入れる覚悟をした後だった。
俺が突進ボア二匹の組み合わせを苦労して倒し、さらに先へと探索を続けていたところ、剣道着を来た男女三人が地面に転がっている姿を発見した。
「うげっ。人間の死体だよ……」
俺が一目見て、死体と判断したのには理由がある。
その男女三人が赤い池に浮かんでいるんじゃないかというほどに、おびただしい量の血液が地面に広がっていたからだ。
よくよく確認すると、グリーンラヴァの糸が身体に絡んでいて、足が折れたた上で身体が何か所か切れている。
恐らくだけど、この三人が戦ったのは、グリーンラヴァと突進ボアの組み合わせ。
展開としては、突進ボアの突撃を避けたところで、グリーンラヴァが吐いた糸に捕らえられた。そうして身動きが取れなくなったところで、突進ボアの再突進を食らった。足が折れて起き上がれずにいると、突進ボアがその牙を振るって探索者たちを傷つける。その傷が致命傷になり、こうして三人とも死亡してしまったといったところだろう。
「嫌だなあ」
三人組ですら、こうして運が悪いと死ぬ。ましてや単独の俺なんか、もっと死にやすいことだろう。
しかし単独でダンジョンを探索することは止められない。
なにせ俺の目的は、不老長寿の秘薬を発見して、自分に使う事。その目的を考えると、発見時に不老長寿の秘薬は奪い合いを回避するためにも、仲間の存在は邪魔でしかない。
その将来のリスクを考えると、単独でダンジョンを踏破する方が楽だろう。
もし不老長寿の秘薬を発見するまで連れ立った仲間がいたら、その仲間は不老長寿の秘薬がある階層のモンスターよりも強いはずなのだから。
「さて、どうしようか」
俺は今日はもう探索する気分じゃなくなったし、次元収納の容量には大量の空きがある。そして次元収納の中にはリアカーを買って入れてあるので、ダンジョンの外での運搬も問題ない。
だから、この三人の死体を役所まで運ぶぐらいは、できなくもない。
問題があるとすると、死体を運んだことによって、俺が殺したんじゃないかと疑われそうな点だ。
俺の本心としては、死体をダンジョンの外に運んであげたいと思うと同時に、そんな面倒事は御免だという気持ちもある。
しかし『イキリ探索者』だったらどう行動するだろうと考えると、やるべきことは一つだけだ。
「拾った死体を役所に届けつつ、死者のことを馬鹿にするだろうな」
他の探索者との関わりを離すために、探索者たちから嫌悪感を集めることは予定していたけど、死者を冒涜することまではチャートに入れてなかった。
しかし、こうして死体を発見してしまったからには、やらなければいけないことだ。
「だけど死体を運ぶ前に、モンスター退治からだな」
どうやら死体を作ったモンスターが、この通路に戻ってきたようだ。
現れた突進ボアとグリーンラヴァは、人間の血に塗れている。下手人に間違いない。
その二匹と対峙して、どうして三人組が死ぬことになったのかの理由を把握した。
「突進ボアの上にグリーンラヴァが張り付くなんて、ありなのかよ」
大柄な突進ボアの背なら、抱き枕大のグリーンラヴァを乗せることなんてできるだろう。
しかし実際にやってくるなんて、想像できるものかよ。
「これは、突進を避けたら詰みなわけだ」
突進ボアを避けた瞬間に、その背にいるグリーンラヴァから至近で糸を吐かれ、その糸が絡まって身動きが取れなくなる。
動けなくなれば、あとは突進ボアの体当たりや牙の餌食になるだけ。
なら避けずに倒すしか方法はない。
俺は腹を括るとメイスを下段に構えつつ、駆け寄って来始めた突進ボアに集中する。ひとまず、その背にあるグリーンラヴァのことは気にしない。
突進ボアが近づいてくる。
俺のメイスが届く距離まで、あと、三、二、一。
そうタイミングを計っていたところ、突進ボアの背のグリーンラヴァの口が開いたのが見えた。
馬鹿が、焦ったな。
俺が急に身躱しすると、俺のすぐ横をグリーンラヴァが吐いた糸と突進ボアが通り過ぎようとする。
俺は横を通過しかけている突進ボアの後ろ脚を、メイスで殴打してその骨を折った。
足が折れたことで突進ボアの体勢が崩れ、走る勢いを保持しきれずに倒れ、大クラッシュするレース車のように通路内を跳ねまわる。
その背にいたグリーンラヴァは、跳ねまわる突進ボアの下敷きになり、直後に薄黒い煙と化して消えてしまう。
ようやく通路の上に止まった突進ボアも、ボロボロで息は絶え絶えだ。
俺がメイスを軽く振り下ろすと、突進ボアも薄黒い煙に変わった。
突進ボアからは肉が、グリーンラヴァからはレアの緑色の糸がドロップした。
俺はそれらドロップ品を仕舞うついでに、探索者三人の死体も次元収納の中に入れた。
そして、もう探索する気分ではなくなってしまったので、ダンジョンの外へと帰るために第三階層の出入口へと向かうことにしたのだった。