三十七話 第三階層へ
二階層を突破し、三階層への階段を上る。
階段の途中にある黒い渦に入り込むと、次の瞬間には石畳の通路に出ていた。
「ここが第三階層」
興味深く周囲を確認すると、ここまでの道程と違う点に気付く。
それは探索者の数と姿。
この第三階層にいる探索者の数が、第一階層から第二階層に比べて、明らかに減っていた。
そして第三階層にいる探索者の装備は、ほぼ全て日本鎧と刀で、手製の剣道着や衣服を改造したような人は極少数。
探索者の多くが鎧甲冑姿という点からわかるように、この第三階層からが『ガチなダンジョン探索』の始まりである。
ある種、緊張感のある光景に、俺は気持ちを引き締めて、第三階層の通路を進むことにした。
スマホのダンジョン用アプリで、第三階層の地図を呼び出す。
第二階層の地図でもそうだったが、第三階層の地図は第四階層への道以外、殆どの場所が未探索になっている。
その第四階層への道にしても、分かれ道を遠回りするように変に曲がりくねっているため、最短距離ではないように見える。
もし本当に遠回りしているのなら、そうせざるを得ない理由があるのかもしれない。
「ともあれ、まずは三階層の浅い場所で、俺がモンスターと戦えるかの確認だ」
俺は魔具のメイスを持っているとはいえ、既存チャートに従う探索者が取る身体強化や気配察知スキルを取っていないので、他の探索者より戦闘力と探索力が弱い。
さらに言えば、多くの探索者がパーティーを組んでいるのに対して、俺は単独行だ。
あらゆる面で、他の探索者たちと直接戦闘が劣っている。
そんな劣った状態である俺の独自チャートが、ガチ探索が始まる第三階層で通用するのか、実地で検証しないといけない。
もう一度気を引き締め直しながら、通路を進み続け、モンスターと出くわした。
体高が一メートル半はありそうな巨大な猪――突撃ボアと名付けられたモンスターだ。
突撃ボアは、俺を視界に入れた瞬間、地面を四つ足で蹴ってこちらへと駆け始めた。
まるで自動車が突っ込んでくるような迫力に、俺は思わず尻込みしそうになる。
しかし足萎えては、避けられずに死ぬだけだ。
「うおおおおお!」
俺は雄叫びを上げて、足に無理矢理力を込めると、思いっきり横跳びした。
跳び退いた俺の横を、突撃ボアが通り過ぎる。走る勢いがついているからか、通り過ぎてから立ち止まるまで、かなりの距離を直進していた。
突撃ボアが方向転換し、前足で地面を掻いてから、再びこちらに突撃してくる。
その迫力は凄いが、一度避けられた安心感から、俺の心に余裕が戻ってきた。
「冷静に、タイミングを図れ」
俺は自分に言い聞かせる言葉を吐きつつ、突撃ボアの動きを注視する。
そしてここだと思ったタイミングで、再び横へと跳んで避ける。それと同時に、メイスを思いっきり横振りした。
俺が振ったメイスと、走り寄ってきていた突撃ボアの眉間が、衝突した。
その衝撃は凄いもので、俺は確りとメイスを握っていたつもりだったが、気付いたときには手からメイスが吹っ飛んでいた。
相棒を手放してしまったことに、俺は心の中で焦りを感じる。だが、努めて冷静な心を保ちながら、次元収納から投げナイフを取り出す。
こんな状況になることを想定して、ゴブリンの短剣を一本ぐらい残しておくんだった。
そんな後悔をしながら投げナイフだけで突撃ボアと対峙しようとして、その必要がないことに気付く。
突撃ボアは地面に倒れていて、今まさに薄黒い煙に変わったからだ。
どうやらメイスで殴った場所が良かったようで、一撃で倒せたらしい。
「……はぁ~。心臓に悪かった」
俺はホッと息を吐きつつ、弾き飛ばされてしまったメイスを拾う。
殴った際の衝撃は凄かったが、メイスはヘッドも柄も壊れてはいなかった。
たぶんだけど、俺が衝突の衝撃に敗けて手放したことで、ヘッドや柄に致命的な損傷が起こらなかったんだろう。
しかし、先ほどのような使い方を続けていたら、このメイスは早晩壊れることになるのは間違いない。
戦い方を変える必要がある。
そして俺の頭の中には、突撃ボアの新しい倒し方が思い浮かんでいる。
「よしっ。次だ、次」
俺は気持ちを切り替え、突撃ボアが残したボア肉――通常ドロップ品だ――を次元収納に入れて、通路を先に進むことにした。
突撃ボアの次に出くわしたのは、グリーンラヴァと名付けられた、大型の抱き枕ほどの大きさがある緑色の芋虫だ。
ツルツルとした表面の、毛のない緑の芋虫は、アゲハ蝶の幼虫を俺に想起させる。
可愛らしく見えなくもない姿だが、このグリーンラヴァはかなりの強敵だ。特に、俺のような単独の探索者にとっては。
俺がメイスを手に近づこうとすると、グリーンラヴァは頭を持ち上げて口をこちらに向けてくる。そしてその口から、真っ白な糸を吐き出してきた。
俺は事前に調べていた情報から、この攻撃が来ると分かっていたため、横に逃げることができた。
しかし情報を知らなければ、この糸の直撃を受けて身動きが取れなくなっていたことだろう。
そして単独の状態で身動きが出来ないと言うことは、モンスターに殺されるということ。グリーンラヴァの攻撃は強靭な顎による噛み砕きなので、食い殺されるということだ。
「そんなことになるのは、勘弁だ!」
俺は気合の言葉と共にメイスを振り下ろし、グリーンラヴァの頭を粉砕する。
このグリーンラヴァは、糸吐きは厄介だが、一度糸を吐くと再発射まで時間がかかるし、耐久力は恐ろしく低い。
それこそ第三階層に出てくるモンスターの中で、対応さえ間違えなければ、一番弱いモンスターと言われている。
グリーンラヴァの最も楽な倒し方は、仲間の一人を糸の犠牲にしてから、他の仲間でタコ殴りにすることだとされているぐらいだしな。
そんなグリーンラヴァは、倒しやすさとドロップ品の良さで、探索者たちから良く狙われているという情報がある。
「通常ドロップ品のラヴァのペーストか」
ラヴァペーストとは、茶碗程の大きさの器に入った、白いペーストに薄く緑色を混ぜたような、食料ペースト。
高タンパクかつ低脂質なペーストで、塩で味を調えた後でバゲットに乗せて食べたり、ラップサンドの下地に塗ったりすることが流行っている。
ちなみにレアドロップ品は緑色の糸で、こちらは絹糸を越える肌ざわりだと評判で、一束数万円の高値で売れる。
片や食料、片や衣服と、需要が高いため、どちらも取引亜価格は高止まりを続けている、良い売却品なわけだ。
俺はラヴァペーストを次元収納に入れ、通路を先へ進む。
少し歩いたところで、俺の耳に『キリキリ』と何かが軋んでいる音が入ってきた。
その音の正体を、俺は事前情報から導き出すことに成功し、そして対応に迫られることになった。
「コボルドアーチャーだ!」
第三階層の浅層域で、即効で倒すべきとされているモンスター。
俺は右手でメイスを持つと、左手の手甲を顔の前に掲げながら、体勢を低くした状態で前方へと疾駆する。
少しすると通路の先の曲がり角に、その角の向こうに隠れながら弓を引いているコボルドを見つけた。
大抵のコボルドアーチャーは、通路の真ん中で弓を引いているものという前情報だった。
そんな情報から考えるに、俺が出くわしたコボルドアーチャーは、物陰に隠れながら攻撃する発想ができる頭の良い個体のようだ。
コボルドアーチャーは、俺の急接近を恐れた様子で、引いた弓が揺れているのに矢を放ってきた。
引き絞り方が甘いのか、それともコボルドの腕力では弱弓しか引けないのか、矢の速度は遅くて山なりの軌道で飛んでくる。
俺はその軌道が丸わかりの矢を、左手の手甲で弾き飛ばす。そして走っての接近を続ける。
するとコボルドアーチャーが第二射を構える前に、メイスが届く範囲にまで接近することが出来た。
「おらあああ!」
俺は通路の角に差し掛かった瞬間に、足で強引に急停止しながら、メイスを横振りした。
走る勢いと、振り回した遠心力によって、メイスのヘッドに強力な破壊力が宿る。
その破壊力を、狙いを定めやすかったコボルドの胴体へと、叩き込んだ。するとコボルドの身体にめり込んだメイスから、骨と内蔵を潰す感触が伝わってきた。
オーバーキル気味のダメージに、コボルドアーチャーはすぐに薄黒い煙となって消えた。ドロップ品は、通常のコボルド矢だった。
一本だけ落ちているそれを拾い、作りを観察する。
芯は細い竹製で、先端には三角形の鉄片が、末尾には白い羽がある。手に持って分かったが、かなりの軽量だ。人間が普通の弓で引いて放っても、貫通力は期待できないだろう。
非力なコボルドが大量の矢を持つために軽量化した、といった感じだ。




