二十九話 未探索通路
東京駅近くの、高層ビルのカプセルホテルは寝心地最高だった。
それこそ、究極のミニマリストなら、このホテルに長期滞在するんじゃないかと思わせるほどにだ。
ともあれ、今日も今日とて、俺は東京ダンジョンの中に入る――前に、旧皇居外苑内にある探索者用の役所へ。
役所の操作端末の一つへ行き、スマホとこの端末とを同期させる。
いま何をやっているのかというと、探索者用のマップアプリと、東京ダンジョンの階層マップをダウンロードしているのだ。
なんで今更こんなことをしているのかというと、これもまたイキリ探索者を装うため。
自信満々で下調べもしない愚か者が、二階層の中層域に行ってから、初めて地図をダウンロードする。
ダンジョンを熟知している人が見たら、今更そんなことをするなんてと、呆れる行為のはずだ。
ちなみに、俺がこのタイミングで地図をダウンロードしているのは、本当は三階層へ行った後にしようと考えていたので、オリジナルチャートよりも早い行動だ。
それなのに、なぜ今ダウンロードしているのかというと、カプセルホテルの部屋の中で思い浮かんだことがあって、予定より早めて地図を入手することにしたのだ。
「つーわけでっと」
俺は役所から出て東京ダンジョンに入るための列に並ぶと、ダウンロードした地図をスマホで開き、気になっていたことを調べるため、まずは一階層に目を向ける。
そして、俺が予想していた通りに、最初の左への曲がり角を進んだ先の通路が、途中で『未探索』の表示になっている。
俺は良い予感を抱きつつ、第二階層の地図を見る。
第三階層へ続く最短の道と、その周囲の分かれ道はちゃんと描写されている。
しかし、通路の先が未探索の場所が、何か所かあった。最近の情報による地図の更新が未だされていないのか、俺が行った薬水が湧いている小部屋のところも、未探索の場所になっている。
「それは、そうだよな」
探索者の多くは、モンスターを倒して金を得るため、より換金率の良い上の階層へと行く傾向がある。
だから、次への階層の最短距離が分かったのなら、その階層の脇道を探索することは少ないと思われる。
特になにかしらの理由――例えば、モンスターのドロップ品がショボかったり、モンスターの出現が多かったり、延々と通路が続いているとかで、探索を中止することがあるはずだ。
事実、こうして地図に未探索の通路が記載されているぐらいだ。
「これは、もしかするか?」
しかし俺の目的は、金を得るためではなく、不老長寿の秘薬を手にすること。
そしてゲーム的な展開では、こういう未探索の通路の先に、階層に見合わないお宝が置いてあるもの。
もしかしたら、この未探索通路の先に、不老長寿の秘薬があるかもしれない。
まあ、ダンジョンも現実の一つと考えると、このゲーム的な考え方はいかがなものかという考えもある。
けれど第一階層には、延々と続く脇道の奥に、ギミック付きの隠し部屋があり、その部屋の中に第一階層に不似合いな大きさの魔石があった。
第二階層の最初にも、モンスターの出現が多い通路の先に、薬水が湧く小部屋というセーフゾーンがある。
これらの事実を考えると、このダンジョンにはそういった隠し要素があるのが確実だと思えてくる。
「試せばいいよな」
俺は東京ダンジョンの中に入ると、第二階層の未探索通路へ向けて進み出した。
スマホにダウンロードした地図を見つつ、第二階層の中層域にある未探索通路に到着した。
「ここまで来るための、分かれ道と曲がり角の数がエグイな」
都合、分かれ道が五回に、曲がり角が十三回。
こんなにグネグネと曲がらされると、方向感覚が狂ってしまう。
この通路の先が未探索なのも、ここに訪れた探索者が、これ以上先に進んで分かれ道や曲がり角があったら迷子になってしまうと危惧して、引き返したんだろうな。
そして俺は、その未探索通路へ足を踏み入れる。
少し歩くと、もう分かれ道が来た。それも三方向への分かれ道だ。
どの道を行くかを考えて、とりあえず直進することを選ぶ。もし通路の先が行き止まりであっても、真っ直ぐに帰ってくることができるからだ。
「地図を埋めるのも大変だぞ、これは」
ダンジョンのマップをスマホに表示しつつ、アプリの補助機能で地図に進んだ道を五歩一マスの頻度で書き入れていく。
そんなことを死ながら歩いていると、モンスターと出くわした。ゴブリン二匹だ。
「早くも、マッパーだけでも雇いたくなってきた」
スマホを地面に置いて、地図を書き入れた地点のマーカー代わりにする。
そして俺は、地面のスマホを戦いの中で踏まないよう、ゴブリン二匹へと駆け寄った。