家とケルピー
齢十四にもなれば立派な成人で、身長百八十にもなった俺は二日酔いで目が覚めた。重い溜息を吐いて立ち上がると、防毒のアミュレットのお陰で頭痛は無いにしても胃が重い。暴飲暴食は状態異常のうちに入らないらしい。頭痛はアルコール未消化の結果、アルコールという毒が脳に至った結果だからな。こっちはしっかりと防いでくれたようだ。
未だ成長期にある体を起こして剣を腰に佩く。これも両手剣としては小さな部類に入るが、大きすぎないで助かったな。これ以上長物になると森での取り回しが不安になる。アオンボは良く槍を振り回せてたよなぁ、と少しだけ感心しつつ街に出た。
ブラブラと街中を歩いて今日は休日だと心に決める。じゃあ何をするかというと情報収集と町内施設見学だ。鍛冶屋の場所も全て確認しておきたいし、飯屋も重要。本を読みたいから、もし有るのならば図書館にも顔を出しておきたい。あ、あと風呂屋も無いかな。鍛冶屋は溶鉱炉を使わせてくれるところが良いなぁ。薪を持ちこんだら使わせてくれないだろうか。きっとこの街には長い事滞在するだろうしな。あ、それなら家を買うって手もあるな。魔境が豊富なこの街なら本拠地とするのも一興だ。
さてさて、どれから手を付けようか。
◇◇
三日ほど時間を取って見の周りの環境を整えた。
まず家。元商家の邸宅を買って小型溶鉱炉を置いた。地下には大型の鍵付き倉庫もあるし、何より風呂があるのが良い。魔道具を買い揃えたりと出費が嵩んだが問題ない。というか、これくらいしか金の使い道がないしな。
次に人。奴隷を買った。流石ファンタジーな世界だけあって、奴隷紋というものが実在したのだ。これはアオンボの呪術を応用したもので、こっちの呪術師が制約の魔術と合わせて作り出したものらしい。奴隷紋を始めとした呪術は中々の歴史があるのだとか熱く語られた。広い邸宅なので奴隷は女が三人だ。どれも十代で若い。
最後に物。家具やら馬やら、色々と取り揃えたらいい値段がしたが、これから稼ぐのだから問題ない。北の大地で稼いだ資金はこれで全部ぶっ飛んだ。
「さて、俺は傭兵だ。外に出て稼がなきゃならない。その間、家の事はお前らに任せる。アイナは主に料理を、ツィは主に掃除を、ドゥラは主に選択を。地下の倉庫には近づくな。以上だ、仕事に掛かれ」
「「「はい」」」
三人の奴隷には揃いの服を買ってやった。制服代わりだ。どうやら貴族の屋敷も同じような事をするらしい。うちの邸宅も屋敷と言えるほどには広いので、制服は必要だろうと思ったまでだが、貴族からしたら苦笑いだろうな。使用人が、しかも奴隷がたった三人しか居ないんだから。
家を出て傭兵組合に行くと周囲から歓迎された。どうやら戦場働きを評価されたらしい。いい気分で仕事を受けて森へと向かった。
◇◇
魔境の中は相変わらず元気になる。胃の中に残ったご馳走達も元気になった体に頑張って吸収されてほしい。蛇を狩りつつ採集を進め、魔銀を採掘して街に戻った。そろそろ別の魔境に足を延ばしてもいいかもな。
この街の周辺、というか森の中には十七の魔境がある。どれもこれも毒持ちの魔獣が潜んでいて、それぞれの特性がある。例えば蜘蛛の魔獣が居るのならば、魔境内部は蜘蛛の巣だらけだ。そんな中を不用意に歩いたら罠に掛かった餌の如く身動きが取れなくなるだろう。何の用意も無く入れるような場所ではない。あ、俺は火属性があるから問題ないぜ。蜘蛛の巣を焼いてしまえば、直ぐに自由の身になれるだろうし、そもそも毒も麻痺も効かないのならば蜘蛛なんて怖い相手ではない。
同じ理由で警戒に値しない魔境は多く、この辺りは俺にとっては宝の山に等しい。ただ一つだけ注意しなければならない魔境がある。沼地だ。
一か所だけアマゾンのマングローブのように水の中に根を張る森、アマルタの魔境がある。そこは魔境に入って直ぐに足元が水で埋め尽くされていて、移動の自由が利かない。オマケに出てくる魔獣はケルピーという水の魔獣だ。俺は水属性耐性は持っていないし、泳ぎが得意な訳でもない。水毒という珍しい毒を操ってくるらしく、それを絡めた魔術を使っても来るらしい。水毒は普通の毒耐性では防げない。厄介な事極まりない。
というわけで、せめて防毒のアミュレットが進化するまではお預けな場所があるという点だけは忘れてはならないのだ。
地道が近道、という事で全装備内の装備品が進化するのを待ち望んで、日々魔境に潜るのだった。
◇◇
東方領土を治める中心都市モバリスに腰を据えて三年が経つ。最初は奴隷として購入した三人の少女は大人の女になり、今は奴隷から解放して俺の妻たちになっている。子供も三人生まれた。中々騒がしい生活になったものだ。
あれからも魔境探索を続け、趣味で戦場働きを繰り返し、それなりの稼ぎを得て順風満帆な生活を送っていた。そんな時、待ち望んでいた声が頭の中に響いた。
【魔力が満たされた事によって防毒のアミュレットが進化しました】
来た!待ちに待った瞬間だ。期待し過ぎて物品鑑定の眼鏡を購入し、妻たちから商人に鞍替えですか?と揶揄われたりもしたが、今はそんな事どうでもいい。良い値段したんだぜこれ。俺は全装備内から防毒のアミュレットを取り出して、鑑定して見た。
<吸毒のアミュレット:毒を吸収し持ち主の魔力に変換する>
こ、これは…全装備内の進化促進装備では!? 既に他の異常耐性装備類は進化しているので、バッドステータスを吸収するものになるのは予見できたが、魔力変換機能は初見だ。これを身に着けて毒霧に突っ込んだらどうなるんだろうか。などとアホな考えが浮かぶ程度には浮かれていた。
取り敢えず落ち着いて自分の装備を確認していこう。そうして何が出来るのか、出来ない事は何かを考えるのだ。
全装備内(武器防具それぞれ9枠)
■防具
・神銀の全身鎧
・吸毒のアミュレット(魔力変換)
・麻痺返しのリング(反射)
・呪い倍返しのピアス(大反射)
・精神異常無効のサークレット(強化)
・爆炎の腕輪(熱耐性)
・神雷の腕輪(雷耐性)
・凍結の腕輪(冷耐性)
・暗黒の腕輪(闇耐性)
■武器
・神銀の両手剣
・魔星金の毒短剣
・神樹の長杖(火属性)
・空断の魔法弓(風属性)
・同位の魔像人形(呪・闇属性)
表面上の装備
・蛇竜革の全身防具セット
・魔星金の両手剣
・各種魔道具
これまでに試した戦闘手段として、疑似的な魔法剣士としても戦えるようになった。あれこれと試していたら武器の属性を剣に纏えるようになったし、剣術の天恵を持つ人のように剣閃を飛ばせるようにもなったのだ。まぁ、ごっそりと魔力を吸われるんですけどね…。
しかし、毒の魔力変換があるのならば、毒薬を食べながら魔力を回復するという有り得ない事が実行できるのではないか、と思い至った。
そんな訳で俺は今、アマルタの魔境に来ている。ケルピーを空断の魔法剣で仕留められないかと考えたのだ。水毒すらも魔力に変換できるのならば戦える。戦う場所は水場。膝下の浅い場所とは言え、動きを制限されることには変わりない。だが、こっちはゴリ押しで数百人の敵兵と戦った猛者だぜ。水如きに押し負ける事は無い。
「いくぜ、ケルピー。お前を俺の食い物にしてやる」
足元の水の流れが早くなると奥の水深が深い場所から、ちゃぷりとケルピーが顔を出した。馬のような見た目のくせにその瞳は爬虫類のように縦長だ。
さぁ、掛かって来やがれ。
「モェアァァァァ!」
「こいやぁ!」
操られた水が俺の周囲をとぐろを巻くように踊り、そして毒性の高い液体へと変化していく。こうして毒を与えて相手が弱ったところを食らうんだろう。良く知ってるよ、三年間も情報収集をしてきたからな!
「甘いってんだよ、ふんっ!」
「モッ!?」
巻き付いて来た水を膂力で弾くと両足に力を込めて付近にあるマングローブの根を足場にして踏み込んだ。メキメキと折れ曲がる根っこを後にして、一瞬でケルピーに近付くが、流れる水の圧力で自分自身の位置を高速移動させたらしい。俺の斬撃が躱されてしまった。
「まだまだぁっ!どんどん行くぞオラァ!」
「モォッモエァモォォォォォォッ!」
ザバザバと濁流のように襲い来る水を全て弾き返し、ケルピーへと突進を繰り返す俺。相手にとっては恐怖だろう。魔星金の輝く刃に風の魔術を乗せて幾度となく斬撃を繰り出す。足に浸かってるだけで猛毒を受け続けているせいか、ガンガン魔力が回復されていく。
魔法剣で減る一方、毒の魔力変換で回復を続ける俺の手助けをしているとはケルピーも思わないだろうな。やがて水の防御が追い付かなくなった相手は空断の効果が首に届いて、その大きな首を空中へと躍らせた。ぼちゃりと水に落ちたケルピーの首を回収すると、大きくそれを天に掲げた。
「獲ったどぉぉぉぉぉぉぉぉぉお!」
悲願達成である。




