思惑と開花
深夜の王都。どこかへ向かう上等なマントで姿を覆った数人の人影があった。
足音は雨音でかき消され、隠密に動くには大変都合がいい。
レンガ造りの石畳を抜け彼らが訪れたのは、一軒の綺麗とはお世辞にも言えない荒ら家だ。
彼らが身に纏うマントと、建物の雰囲気と相違があり、彼らはより濃い不気味さを醸し出している。
建物には一人の華奢な人物が同様のマントに身を包み、俯きがちに立っていた。
「このような場所へ呼び立てた非礼をお詫びする。だが、事態は急を要する。」
マントの数人がざっと一斉に跪く。
「目的のものはこちらです。至急こちらをお渡しください。我々は彼の方へ忠誠を誓う身。
お望みとあれば地の彼方まで参る所存であります。
それに、団長の命令は我々の名誉です。」
跪くうちの一人から質素な紙の束を受け取り、懐へと隠した。
「すまない。恩に着る。」こう告げると、跪く彼らに背を向け建物の出口へと向かった。
雨降る王都を歩き始めたが、天気は荒天するのみだ。耳に劈く雷鳴が轟いている。彼は意にも介さず、まるで迷路のような複雑な路地を抜けていく。
やがてたどり着いた先は背の丈以上は優にある、重厚な門。
家紋と思わしき紋様の盾と鷹が描かれている。ポートミル侯爵家の家紋は両手剣に鷹だ。
王国で唯一、二つの家紋は対になるようにできている。
鎧姿の門番がに対し声をかけた。
「使者として参りました。お取次ぎ願いたい。」
「お話は伺っております。お名前と身分をお答え願います。」
フードの男はゆっくりとマントをとる。
劇役者のような顔で華奢な佇まい。しっとりと濡れたヴァイオレットグレーの髪。
「ハウエル・アドルフ。王国近衛騎士団の団長だ。」
身分が鍵になっており、そのまま豪華な屋敷内部へと立ち入った。
レッドカーペットをたどり案内された部屋に入室を促された。深く深呼吸を数度し、精神を落ち着ける。
開いた扉の先には一人の男性が、重厚な椅子に腰掛け分厚い本を読んでいた。眼鏡をかけた光のない葡萄色の目を細め、こちらを覗き見られる。
会話を交わしていないのに、本質まで見透かされているような気さえする。
男性のほうへと近寄り、片膝をつく。
「夜分に失礼いたします。ランリー王太子殿下の使者として参りました。」
「アンレイ公爵様」
「待っていたよ。・・・アドルフ卿。」
ブルーウィング王国宰相であり、双翼の一翼を担う知のアンレイ公爵家現公爵のビルマ・アンレイ。
娘に似ている栗色の髪は、すべて後ろへ流したオールバックだ。
軍人の気質も持ち合わせているのかと思うほど、威圧感が強い。
先ほど部下から受け取った紙束を懐から取り出し、アンレイ公爵へと手渡した。
受取った紙の束を隅々まで読み、ぺらぺらとページをめくる音だけが響く。読み切ったあとはハウエルの姿を、まるで値踏みするかのように見られる。
「ふむ、これは楽しくなりそうだ。」
心底愉快な様子で、にたっと口角をあげ機嫌よくしている姿が、ハウエルは不気味でおぞましいとさえ思った。
ブルーウィング王国ベリー祭りがやってきた。
まるで数日前の悪天候が嘘のように晴れ渡る空を仰ぎ見て、みな口々に「女神様の祝福だ」と幸せそうに笑う国民たち。
誰もが待ち望んだこの日は身分や年齢に関係なく、街道に沿って美しい花々や出店が立ち並んでいる様子をみて逸る気持ちが抑えられない。
特に力を入れているのは、女神の涙で開花したといわれる伝承の花だ。
伝承で伝わるの花に一番近い花はホワイトリリーと言われており、国民が手塩にかけて育てたホワイトリリーが各街道から民家に至るまで咲き誇っている。この美しい景観は他国からも強い関心があるようで、訪れる観光客も少なくない。
ホワイトリリーは女神の化身である聖女を司るといわれ、ブルーウィング王国では貴族や市民に至るまで親しまれる。
ポートミル侯爵家令嬢であり、王太子婚約者のミランは当日も準備に追われていた。
定刻よりも早々と教会に呼び出され、到着している父であるロンネート侯爵、アンレイ公爵、護衛のハウエル、教会司教のユアイソンと向かい合って緊急の会議が行われる予定だ。
司教のみ到着がまだだが、ハウエルを除いた三名で座している。威圧感のある男性ばかりで、どことなく居にくさを感じるミラン。緊急といわれ支度を急いでいた時、ハウエルにこんなことを言われた。
「大丈夫ですよ!お嬢様はどちらへ赴かれようとも、一番お綺麗です!」
ドレスを選びながら熱弁してくるハウエルはこんなことを言っていた。もはや呆れて力も抜ける。
(おかげで大丈夫だと思ったのに、やっぱり緊張するわね。)
この顔ぶれを見て緊張しない人間は存在しないだろうと、硬い表情の主人を見て憂うハウエル。
いつも執事服に身を包む彼も、この日ばかりは騎士の鎧と濃紺の外套を纏っている。重役ばかりのこの場では、いつもの浮ついた軽々しい言葉は慎む必要があるため黙るしかない。
(ここでは場を弁えるしかない、か。さすがに。)
が、こちらにお嬢様と視線が合った際に隙を見て精一杯微笑んでみた。苦笑いされてしまった。お嬢様の乾いた笑いさえ(幻聴か?)と疑うほどよく己が耳に聞こえた気がした。
ミランの緊張がほぐれた様子があり、安堵したのだった。
双翼当主二名と、ミラン、ハウエルの後から遅れてやってきたユアイソン司教。
「遅れて申し訳ございません。取り急ぎのご用事で早朝よりお集まりいただきありがとうございます。」
続いてアンレイ公爵が口を開く。
「前置きはよいでしょう。それで、このような顔ぶれを定刻より早くお呼びになられた訳をお伺いしましょう。」
嫌味をふんだんに、それでいてたっぷりと含まれた物言いに凍りつくミラン。
「宰相殿、司教様が話しにくくなってしまわれますよ?」
あまりに刺々しい物言いに「おいおい」と言いたいところだが、それは飲み込んで平静を装いつつ呆れが隠せない様子で、ロンネートは公爵に苦言を呈す。
「これはこれは失礼。つい先日から浮かれてしまっていてね。」
父親の物言いに内心焦ったミランだが、公爵の態度を見て安堵した。ロンネートとビルマは幼いころから仲が良いとは聞いていたが、二人が会話している様子は初めて見た。肝を冷やした事は事実だが、アンレイ公爵の態度を見て胸を撫で下ろした。
一同の醸し出す「続きをどうぞ」という空気感を、ユアイソンは察して問題を提起する事にした。
「教会にて保管している種子が、今朝にかけて芽吹き短時間で突如開花しました。」




