テンセイシャかどうか確かめます
もしかすると彼女は異常者ではなく本当に転生者なのかもしれない。
そう思い始めはしたが、まだ彼女を信じ切ることが出来ない。今は彼女の発言の熱に浮かれているだけだ。ここは冷静に考えなくては。ひとまずは今日の聴取を切り上げることにした。
自室に戻り寝具の上に肢体を預け、思案する。ナアマさんが語った事は全て真実なのだろうか?その一点にだけ考えを巡らせる。
異世界、転生、スマホ、様々なことをナアマさんの口から聞いた。父だったら貴族を騙すための虚言だと一蹴するだろう。
だが彼女が嘘をついている様子はなかった。心の底から真実だと信じている顔だった。あの様な必死な顔が男性には受けがいいのだろう。真似しようとは思わないが。
彼女の語る異世界の技術は魅力的だ。特に空を飛ぶ移動手段。そんな常識をナアマさんは覆す発想を持っている。空を移動できる様になれば、どんなことができる?移動手段だけでも多くの恩恵を得ることだろう。
彼女の語った全てが真実かどうか、それを確かめねば。そのためにもナアマさんの持っている知識を絞り上げなくては。
次の日、再びナアマさんの所へハガルを連れて赴いた。
「おはようございます、ナアマ様。早速ですが昨日のお話の続きをいたしましょう」
「お、おはよぅ……なんかすごい食い気味だな……」
若干ナアマさんに妙なものを見る目を向けられた。
「ナアマ様、貴女が本当にテンセイシャだと仮定して、空を飛ぶ乗り物の作り方をお教えください」
「え、知らないけど……」
「…………」
……自分が言い放ったことを知らないと言うのか。どうやら彼女はテンセイシャではなく、ただの異常者だった。だとすれば異世界などの発言は、全て虚言だった訳だ。既に当初の目的の誘惑の手法は調べ終わっている。であるならば、彼女の存在はもう用済みだ。いつまでも屋敷に置いておくのも面倒だ。処分の方法を検討しなくては。
「ハガル、この女の処分方法をいくつか考えておいて」
「かしこまりました、お嬢様」
ハガルに指示を出すと、短くもはっきりとした声色で返事が返って来た。
「え……し、処分って……ど……どういうこと?」
ナアマさんは狼狽えている。
まさかいつまでもここで生活ができると思っていたのだろうか?だとしたら考えが甘いとしか言いようがない。牢から彼女を出したが、結局のところ何も変わっていない。行動を制限され、自身の生命を誰かに握られている。そんなことに気付かないほどとは思っていなかった。
「どうも何も、用が済んだので処分を行います。世間では死人の貴女が本当に死人になるだけです。そう焦らないでくださいまし」
「ち、ちょっと待ってよ!命の補償するって条件だった筈じゃ!」
「弱者から出す条件を何故飲む必要が?」
もうこの部屋に用はない。入り口へ歩を進める。さて今日の予定は何かあっただろうか。
「待って!待って!」
時間に余裕ができたので、紅茶でも飲みながら、次の婚約の計画を立てなくては。
「飛行機はわからないけどっ、他のものならダメ!?」
茶葉には何があっただろうか?良い条件の子息はまだ残っているのでしょうか?
「ぅ〜……飛行機はわかんないし……空を飛ぶ……?飛ぶ、飛ぶ、ぁ〜……ぇ〜と、っあ!そうだ気球気球!気球とかならわかる!わかるから殺さないで!」
突然の大声に思考が中断する。首だけを動かし、彼女を視界の端に収める。
「ひぅっ……」
肩を大きく跳ね上げ、怯えているナアマさん
何かを叫んでいた。確か、キキュウでしたか?それは空を飛ぶのだろうか。それともただ死から逃れるために発した、苦し紛れの虚言か。
無言で見つめているとようやくナアマさんは口を開き始めた。
「飛行機の作り方はわからないけど……気球、なら何となく知ってる……から、教える、アタシが分かる範囲で」
ヒコウキ、とやらの作り方はわからないがキキュウの作り方はわかると。果たして私が傾聴するに相応しいかどうか、確かめさせて頂こう。
「ではそのキキュウとやらの作り方を話しなさい」
「気球は火と大きな布で空を飛ぶ乗り物だけど、その……移動手段っていう感じじゃないんだけど、ダメ……?」
……まあこの際、移動手段かどうかは置いておこう。それに火と布だけで空を飛ぶのか。重要なことだけを抜き出すなら、人が空を飛ぶ。それさえ知ることができれば良い。
「では火と布でどうやって飛ぶのか説明してください」
「……紙でできた袋を火で温める飛ぶの」
紙でできた袋?温めると飛ぶ?随分と突拍子もない話だ。それにどうやって飛ぶのか想像がつかない。口頭だけの説明ではわからないので、簡単な絵を描かせる。ハガルがナアマさんへ紙とペンを渡す。
書き上げたものを見ると、丸い部分と四角の部分が線でつながっており、繋ぎ目の辺りに火の様な模様が描かれていた。
彼女の説明だと丸い部分が紙で、四角い部分が人間が乗る場所。火の模様の位置で火をつけると、丸い布部分が膨らみ、空へ飛ぶそう。
こんな単純な仕組みで、本当に空を飛ぶのか甚だ疑問だが、実際に試してみれば良い。
「では、実際に作ってみてくださいませ」
「つ、作るって……?気球を……?」
「ええ、仕組みがわかるなら作れるでしょう?必要なものはこちらで用意いたします。出来ないと言うのなら、もう貴女に用はありませんわ」
「わ、わきゃりまし、た……」
ナアマさんは紙、蝋燭、紐、糊を要求した。ハガルに用意する様に指示を出す。部屋の椅子に腰掛けながら、空しか見えない窓から外を仰ぎ見る。
部屋には静けさだけが存在していた。
ハガルがしばらくして、屋敷から必要な物品を籠に入れて持ってきた。籠には書き損じた紙、短くなった蝋燭、編み紐、彼女が調合した糊を入れた小瓶が乱雑に収まっていた。
ハガルは籠をナアマさんの目の前に置くと、すぐにいつもの定位置に戻ってきた。
「では、始めてください」
そう言うと彼女は飛びつく様に、籠に手を伸ばした。制作風景を見ていると、意外と手際よく進めている様子。独り言を絶え間なく、口にしているが聞き取れるものではなかった。
紙を2枚重ね、3辺を糊で接着して乾燥するのを待つ間に、蝋燭に紐を巻きつけていた。紐は一つではなく複数巻いており、蝋燭の芯がある方に4つ伸びていた。
今度は4つの紐を糊付けしていた紙の内部に、糊付けを行い乾燥するのを待つナアマさん。作業自体は終わったのか、糊が乾くのをただ待つだけの時間が過ぎていく。
時間が経ち、糊が乾いたのを確認したのか、仕上げに蝋燭に着火する様要求してきた。仕方がないので、指先に僅かに魔力を集め、指を振るい小さな灯火を蝋燭に向かって放つ。
ゆらゆらと蝋燭に向かってゆっくりと小さな灯火が進んでいく。蝋燭の芯に到達し、着火する。蝋燭に火が付いたのを確認して、ナアマさんは紙袋を蝋燭の上に持ち続ける。
「......飛びませんわね」
「待って待って!これには時間がかかんの!」
すぐに飛ぶのではないのか。ナアマさんの言う通りにしばらく待ち続けると、袋が独りでに膨らみ始めた。そしてナアマさんは袋に添えていた手の力を徐々に緩めると、袋はその場に留まり始めた。
「もっと火力ちょうだい!」
そう指図されたが、再び指先から灯火を放つ。今度は先程よりも強く。着弾した炎は先ほどよりも高い火柱を上げ、芯を燃え上がらせた。
そして床に置いていた蝋燭が紐に引かれ、宙へと浮き始めた。床との距離をさらに離し続け、浮かび続けた。
この時の私とハガルは間抜けな顔を晒していただろう。
しかし紙に蝋燭の火が引火してしまい、燃え上がりながら落下した。意識を切り替えてすぐに水魔法を放って消火する。
落ちた残骸をハガルと共に無言で眺める。おそらく私達の思考は一致していただろう。飛んだ、と。
「……飛びましたわね」
「え……ええ、お嬢様」
結果だけを見れば失敗とも言えそうだが、あれほど雑な作りで飛んだ。仕組みはわからなかったが、飛ぶという現象が起きた。これを大型化すれば、人は空へ飛ぶことができる。
「ナアマ様、驚きましたわ。貴女にはまだまだ、使い道があるようですね。処分と言ったのは撤回いたします」
(や、やばかった〜。小学生の時に自由研究やっててよかった〜)
ナアマさんは胸を撫で下ろしていた。
しかし今の状態のままではいけない。実際に人が乗り込んで、飛べるにはまだ遠いだろう。あまり外部にナアマさんを連れ出したくはないが、致し方がない。
「ナアマ様、人と会う用意をしておいて下さい。ハガル、明日の予定を全て変更よ」
「かしこまりました」
「え?え?会うってだ、誰に?」
キキュウを作れそうな人物。
「物好きな男爵を呼び出します」
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