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プロローグ 雪の降る山で、天才は嗤った

毎週月曜日20:50に、10話ずつ一気更新予定です。

— 十三年前、人喰い峠 —


雪が降っていた。


人呼んで「人喰い峠」——その名の通り、一度足を踏み入れれば二度と帰れないと言われる禁忌の山道を、一人の青年が登っていた。


焔城陽太


仙門百家が「史上最凶の鬼道士」と畏怖した少年は、十九歳にして既に伝説だった。


彼の前で膝をついた名家の術師は数知れず。 彼の鬼道に焼かれた霊獣は百を超える。 彼の名を囁くだけで、大人たちは顔を青ざめた。


——そんな彼が、今、自らの死に場所を探している。


(静雅は来るだろうか)


陽太は嗤う。


(来るなよ。お前まで巻き込みたくない)


だが、その願いも虚しく——足音が近づく。


振り返った陽太の視界に、白い衣をはためかせて駆けてくる影が映る。


青柳静雅


青蘭一族の次期当主。仙門百家が送り込んだ追跡者の一人。 しかし——他の追手とは決定的に違っていた。


「陽太ッ!」


静雅の声は、切実だった。 任務のためではない。命令でもない。 ただ一人の人間として、彼は陽太を追ってきたのだ。


「なぜ来た」


陽太の声は冷たかった。嵐の前の静けさをはらんで。


「なぜ——って……」


静雅は息を切らせながら、一歩、また一歩と近づく。


「決まっている。俺は——お前だけを追ってきた。 他の誰でもない。お前の"本物"を知りたかった。 お前がなぜ鬼道を選んだのか、なぜ人を傷つける道に進んだのか——」


陽太は嗤う。


——ああ、この人は、最後までそういう人だ。


「知ったところで、どうなるわけでもないのに」


「知りたいんだ。俺は——」


静雅の声が震える。


「お前を理解したい。お前が何を考えて、何に苦しんで、何を守ろうとしているのか——全部、知りたい」


陽太の嗤いが、少しだけ優しくなった。


(そういうところだよ、青柳さん。 お前がそういう人だから——俺はお前だけは巻き込みたくなかった)


「遅かったな、青柳さん」


陽太は振り返り、静雅に向き直る。その瞳に、もはや生の輝きはなかった。


「お前のその真っ直ぐさは——いつも、俺の心を乱す。 だが、それも今日で終わりだ」


「何を言って——」


陽太の右手が、ゆっくりと掲げられる。 指の間に、黒い光が集まり始める。


禁術の予兆。


「待て、陽太! そんなことをすれば——!」


「俺は——もう決めたんだ」


陽太の声が、静かに、しかし確かに響く。


「鬼道の極致に立った俺は、誰よりも自由でありたいと願った。 でも——その自由は、誰かを傷つけることと表裏だった。 俺の力は、誰かを守るためのものじゃなかった。 壊すためのものだった。 それを変えるには——一度、死ぬしかない」


「ふざけるなッ!」


静雅が駆け出そうとする。が、間に合わない。


陽太の足元の地面が、亀裂を走らせる。 白い光と黒い光が渦を巻き、彼の全身を包み始める。


「お前には——礼を言うつもりだ、青柳さん。 お前だけは、俺に"本当の自分"を見せようとしてくれた。 俺を化け物扱いせず、一人の人間として見ようとしてくれた。 だから——せめて最後くらいは、笑って終わりたい」


「やめろ! 陽太! 生きろ! 俺と一緒に——!」


その言葉を最後に、光が弾けた。


轟音。 閃光。 崩れる崖。 砕ける岩石。


そして——静寂。


雪が、静かに降り積もる。 人喰い峠に、陽太の姿はもうなかった。


ただ、焦げた地面と——一枚の木片だけが残されていた。


陽太が幼い頃から肌身離さず持っていた、護符の木片。 それはまだ、微かに温かかった。


静雅はその木片を拾い上げ、握りしめる。


手のひらに、血が滲む。


「——許さない」 彼の声は、雪に消えた。


「俺が必ず——お前を見つけ出す。 何度生まれ変わっても、必ず—— 必ず見つけ出して、今度こそ——」


彼は何を言いかけて、飲み込んだ。


「——生きろ、陽太」


それは、死者への願いなどではなかった。 十三年後に——確かな現実となる、予言だった。


───


十三後——蓮華の里、外れの離れ


薄暗い部屋の中で、一人の少年が目を覚ました。


白雪空羽


黄金一族の落ちこぼれ——そう呼ばれる下級弟子の体に、彼は転生していた。


頭が割れるように痛む。 記憶が——断片的に、フラッシュバックする。


雪。峠。轟音。青い衣の男。


(誰だ——あの人は)


まだ、名前までは思い出せない。 だが——胸の奥深くで、何かが疼く。


「——行かなくちゃ」


彼は呟く。


わけもわからず、そう思った。


(あの峠に——あの場所に——答えがある)


鬼道の記憶は、まだ半分も戻っていない。 しかし——確かに、焔城陽太としての魂が、動き始めている。


空羽は立ち上がる。 よろめきながらも、窓の外を見る。 遠く、雪を戴いた山々が見える。


その中に——忌まわしき峠があった。


人喰い峠


すべての始まりの場所。 すべての終わりの場所。


そして——彼の因縁が、今、静かに動き始める。

ここまで読んでくださりありがとうございます。

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