茨木童子
切り捨てた矢先から、次の鬼が飛びかかってくる。
右足を横に滑らせて左膝を曲げて姿勢を落とす。飛びかかってきた鬼をかわし、空中で切りつけた。傷が結晶化しとびちった。鬼結晶が光を反射してきらめいている。
鬼とカイ、死が交錯するこの場所に似つかわしくない美しい光景だ。
もう十数体は切り伏せただろうか。
それでも終わりが見えない。
カイに襲いかかる鬼達が眼前に群をなしていた。
鬼が切り捨てられるたびに他の鬼はケタケタと笑っている。なんとも悍ましい光景だった。
切り伏せた鬼からは黒いドロっとした液体が流れ出ている。
コールタールの様な、酸化した血液の様な液体は、鬼の体から出ると、まるで意思があるかのように一箇所へ向かってながれていった。
石畳の階段の下。鬼達の群れの奥に一際大きな鬼の元へと黒い液体は向かって流れていく。遠くてよく見えないが、大鬼は液体を飲んでいるようだった。
カイの使う打刀は刃こぼれを起こし、切れ味はどんどんと落ちている。
刀はそろそろ限界だった。
カイは刀を鞘に収め、シミターを取り出した。
大きな湖を望む山の麓から頂上に至るまで、石垣を積み、山一つを要塞と化したその城は『安土城』と呼ばれていた。
天守閣は金箔で煌びやかに装飾され、その下の五階にあたる階層は湖、宿場、京の都を一望できる様、八角形の作りとなっており、全て朱色に塗られている。
かつて乱世では難攻不落の城として名を馳せたが、平安が訪れた今では、将軍の避暑地の一つとして重用されていた。
城下にある町は、所々で煙を上げている。
鬼が群を成し、城下町を襲った。
その動きは統率が取られていた。
元々集団行動を取らない筈の鬼の異常な行動に町の人々は、一人また一人と蹂躙されていった。
安土城城主・信成は城門を開け城下町の人々を受け入れ、籠城した。
城門は山の麓に入門、中腹に中門、山頂に大手門の合計三つ設置されている。
鬼達は中門を突破し、山頂にある大手門まで迫ろうとしていた。
主攻は大鬼が率いるこの部隊だが、驚く事に鬼達は別働隊を作り、城の裏ての搦手門からも侵入しようとしていた。
安土城の裏門に当たる搦手門は逃走用の非常口と言う意味合いが多く、外からは分かりにくい造りになっている。
カイは将軍から搦手門への道を教えて貰っていた。
そこから城内へ入り、鬼との戦いに加勢する予定だった。
険しい獣道を搦手門向かい走る最中に、別働隊の鬼達と会敵した。数は多くなかったので、圧倒する事は容易だったが、今までの鬼の行動と明らかに違うその動きに、カイは言い知らない不安を覚えた。
カイは搦手門から入ると、急いで信成に搦手門にも守備を配置する様に助言し、中門を超えて進軍してくる鬼の群れへと向かった。
シミターを使うのには理由があった。
正しくは『ジュロンの打ったシミター』と言うべきだろうか。
カイはシミターに魔力を込める。
「灯れ」と呟くとシミターの刀身は炎を纏った。
ブラックホールを切り裂いた『次元断空』の要領で刀に魔法を纏わせる事が出来た。フォルの打った他のシミターやジパングの日本刀で試してみたが、上手くいったのはジュロンの打った剣だけだった。
昔、宏美としたゲームから拝借し『魔法剣』と名をつけた。
炎を纏った刃で鬼を切り抜く。
日本刀よりも抵抗なく鬼の体を切り裂ける。
炎で焼き切っているせいなのか、切り口は結晶化しなかった。
カイは魔力を更に込める。シミターの刀身を超えて炎刃が伸びていく。
カイは鬼の集団に向け炎の刃を振るう。
伸びた炎の刀身は数十体の鬼を一刀のものとに斬り伏せた。
次の瞬間、大鬼が雄叫びを上げる。
「ウォオオオオオオッ!!」
五月蝿くはあるが、鯨のそれ程では無い。
雄叫びを聞き、他の鬼達は大鬼の後ろへと下がる。
大鬼は石畳の階段を駆け上がり、カイに殴りかかってくる。
その拳は大きく五合ほどはあった。
どれほどの衝撃を受けるか分からない。カイは咄嗟に拳を避ける。
避けた拳は石垣を殴り飛ばし、30センチ程度の切石が5から6個砕け散った。
カイの間近に立つ大鬼は4メートルはあるかも知れない。
その巨体は陽の光を遮り、カイに影をおとす。
大きな丸い目が、ギョロっと動き、カイの事をねめつけた。
少ししゃくれた下顎から鋭い牙が見て取れる。
その周りには黒い液体がこびり付いていた。
「キサマ何者やぁ!」
鬼が喋る。その息は腐臭を帯びている。
やはり鬼が喋っている。
実際に目の当たりにすると、異様な光景だ。
「普通に死ねると思わんこっちゃで!
ワシは酒呑童子の一が子分、茨木童子やでの!」
鬼は両手を組み、カイに向かって振り下ろした。




