PW01-刀と鬼の世界④
鬼は木の間から、覗く様にこちらを見ている。
警戒していると言うよりは、獲物を物色していると言う感じだ。
少なくとも三体は確認できる。
鬼は群れで行動しないと言う。
鬼来香が呼び寄せたのは明らかだ。
鬼の皮膚は硬化して、ひび割れている。
ひびの入り方は規則的で、大小の長く伸びた六角形が並ぶ。
関節付近は、ひび割れが細かくなっていて、関節の可動を邪魔しない様になっている、
皮膚の硬化に伴い、体毛はない。
外見からは雄と雌の区別はつかない。
雄の生殖器は、交尾や排尿の時以外体内に収められている。
雌も人間の女性の様な胸の膨らみは見られない。
妊娠すると膨らみだし、授乳期が終わるとしぼむ。
どちらも交戦の際に、邪魔にならない様になっているのだろう。と言うのが、調査班の結論だ。
鬼は、カイたちと老婆を見比べている。
どちらを襲い易いかは明らかだ。
一体の鬼が老婆に向けて走り出す。
老婆は短刀を胸元からとりだした。
ジパングでは女性の帯刀も認められている。
しかし、この短刀の意味合いは違う。
衰え、鬼と戦う体力が無くなった者は、打刀と脇差しを子や弟子に譲る。
かわりにに短刀を一振持つのが習わしだった。
鬼に殺されると魂は極楽に行けず、地獄に行く事ができない。自ら命を断つ事で、誇りある死を選び、極楽へと向かう事ができる。
ジパングの人々に根付く、八百万信仰の考え方である。
短刀は自害する為の物だった。
「ダメだ!」
吉本が老婆の方走る。
それをきっかけに残りの二体の鬼も飛び出した。
まだ間に合う。
自分なら、鬼を倒す事ができる。
自害なんてする必要がない。
脳裏にジパングでの記憶が、走馬燈の様に流れる。
あの日は雪が降っていた。
吉本は家督を継ぎ幕府の警備の仕事にあたる『徒士』の職に就いていた。
主な仕事は京の都の巡邏だ。
吉本の生家は都の外れにあり、通勤には片道3時間はかかる。その為、寄宿舎に下宿をしていた。
正月、藩主たちが将軍に新年の挨拶に、各地から訪れる。吉本達、徒士は警備の仕事にあたる。
藩主の挨拶が落ち着くのが1月の終わり。
そこから、位の高い武士から順に休みを取る為、吉本がまとまった休みを取れたのは2月の中頃だった。
吉本は、遅れながら新年の挨拶をする為に実家に帰ら事にした。
父は吉本が12才の頃に鬼狩りで命をおとした。
その後、兄が家督を継ぎ、家を守ってくれていたのだが、吉本が23才の頃に流行病のコロリで他界した。
次男である吉本が家督を継ぐことになったのが、十年前の事である。
その日は2月だが、寒の戻りのせいで朝から冷え込み、夕方には雪が降り始めていた。
寄宿舎の仲間や、世話になっている町の人達に挨拶をしていた事もあり、吉本が実家に着いたのは夕方になる頃だった。
土産に母の好きな桜餅を買ってある。
夕食の後にでも二人で食べよう。
母ももう歳なので、そろそろ今後の事を真剣に考えないといけない。
子供の頃の見慣れた景色と、寒さが濃くなるにつれて、吉本の郷愁を誘う。
雪のせいで歩みも遅く、すっかり暗くなった頃に吉本は実家に着いた。
どうも様子がおかしい。
家の明かりがついておらず、夕方や風呂を炊いている筈の煙も上がっていない。
ザラっとした嫌な感覚が胸を撫でる。
玄関をあけ「お袋!」と叫ぶが返事がない。
下駄を揃えることもせず、室内へ駆け込む。
客間、仏間、寝室、どこにも居ない。
ただ、そこに母が暮らしたいた生活の匂いだけはあった。その匂いに鉄の臭いが混ざり込む。
台所の方からだ。
この廊下の先の引き戸を開ければ台所だ。
先までの勢いはなくなり、引き戸が鉄の様に冷たく重い。
覚悟を決めて戸を引く。
首から血を流した母が台所の土間に横たわっている。
血は黒く変色し、固まりはじめていた。
人参と牛蒡、土のついた生姜、桶に漬けた棒鱈が目に入る。
棒鱈の煮付けを作るつもりだったのだろう。
吉本の好物だ。
冷たくなった母の手元に短刀が転がっていた。
老婆と鬼の間に割って入ると、宮本は重心を低く構える。
打刀はまだ抜かず、柄に右手を添え、左手で鞘をを握り親指で鍔を少し押し出す。
鬼が間合いに入った瞬間、素早く抜刀する。
斬撃が鬼を捉えた。
ガキッンっと金属がぶつかる様な音が響く。
吉本の渾身の居合い抜きは鬼の右腕を切り飛ばしたが、左手で刀身を受け止められてしまった。
鬼は腕を切り落とされたにも関わらず、声ひとつあげない。
残りの二体が宮本に飛びかかる。
その二体を、カイと山田がそれぞれ受け止めた。
山田は鬼の勢いに押し負け、田圃の中に鬼と共に落ちた。
稲穂の背が高く、山田と鬼の姿を見失う。
カイは鬼の両手を刀身で受けとめ、腹を蹴り間合いを取る。
目の前の鬼を睨みつけた。




