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ホエイルホエル  作者: たろ


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ホエイルホエル

ある日、鯨が空を泳いだ。


午後の晴れた空に何の前触れもなく現れた。もしかしたら気付いていなかっただけで、鯨はずっとそこにいたのかもしれない。

半透明のその巨体は午後の日差しを少し屈折させて、鯨がそこにいる事を地上にいる人々に伝えていた。


不思議な事に、鯨は世界中のどこからでも見られた。

同じ時刻に空を見上げれば鯨はどこからでも確認できるのだ。

東京からも、大阪からも、ニューヨークから、ロンドンからも…


ただ、人々は鯨が唯一であると知っていた。

どこからでも見えるこの鯨は、唯一体の鯨なのだと、誰もが本能的に理解していた。

それでも、やはり、この鯨が何なのか各国はこぞって調査に乗り出した。

空を泳ぐ半透明の鯨の正体を一番最初に突き止めた国がその鯨の所有権を主張できると信じていた。


鯨は確かに空にいて、そこに在るのに、そこに無かった。


ある国は学者団をのせた飛行機を、ある国は編隊を組んだ軍事機を、ある国はオカルトな呪術師による邪術をと、あらゆる方法で鯨への干渉を試みたが、それらは全て徒労に終わった。


鯨らは確かに空を泳いでいるのに、何者も鯨に触れる事ができなかった。

半透明な鯨の体は全てのものをすり抜ける。何度、誰が試みても、結果はいつも同じだった。


そして数ヶ月が過ぎた頃、現代科学で解明できない鯨が空を泳ぐ事が当たり前になり日常になった。


誰が言い始めたのか、空飛ぶ鯨は古い小説からその名をもらい『モビー・ディック』の愛称で人々の日常に溶け込んで行った。

その名には敬愛と畏怖が混在していた。



その日は突如として訪れた。

鯨が鳴いたのだ。


数年間、唯空を泳いでいただけの鯨は、その大きな口を開け、騒々しい鳴声をあげた。

その鳴声は低く地面を震わせ、高く人々の頭を揺さぶった。


どれぐらい続いたのか…

ほんの数秒だった筈のその鳴声を人々は数時間に感じていた。



鯨が鳴きやんだその後、世界はその在り方を変えた。




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