第3章 約束は、あの日の空の下で
アリシアが八歳になった年は、よく晴れた日が多かった。
朝は鳥の声で目を覚まし、昼は城下町の通りを走り回り、夜は疲れて布団に倒れ込む。
そんな毎日が、当たり前のように続いていた。
「アリシア、今日も城に行くの?」
そう聞いてきたのは、リオだった。
年は同じ。
背は少しだけ、リオのほうが高い。
「うん! お掃除のお手伝いだよ!」
アリシアは元気よく答える。
「リオもでしょ?」
「……うん」
小さく頷くリオ。
二人は同じ使用人の子どもで、親の仕事を手伝うため、よく一緒に城へ行っていた。
城の中は広くて、少しだけ緊張する。
でも、二人でいれば怖くなかった。
「ねえリオ、今日のお昼なに?」
「パン……と、スープ」
「またそれ?」
アリシアが笑うと、リオは少し困った顔をする。
「……だめ?」
「だめじゃないよ!」
慌てて首を振る。
「おいしいもんね」
そう言って笑うと、リオはほっとしたように表情を緩めた。
(ほんと、リオってすぐ不安そうな顔するんだよなぁ)
アリシアは無意識に、頬をかく。
昔からの癖だ。
◆
仕事が終わったあとは、城の裏庭で遊ぶのが二人の定番だった。
人の少ない場所。
木陰。
柔らかい草。
「今日はなにして遊ぶ?」
「……かくれんぼ」
「いいね!」
アリシアはすぐに賛成する。
「じゃあ、リオが鬼ね!」
「えっ」
「だって私、さっき鬼やったもん!」
「……そうだっけ」
「そう!」
即答だった。
本当かどうかは、怪しい。
リオは少し考えたあと、仕方なさそうに頷いた。
「……わかった」
その様子が可笑しくて、アリシアはくすっと笑った。
遊び終わったあと、二人は並んで腰を下ろす。
空は、夕焼けに染まり始めていた。
「……ねえ、アリシア」
珍しく、リオのほうから声をかけてくる。
「なに?」
「……アリシアはさ」
リオは、言葉を探すように、少し黙った。
「……大きくなったら、なにになりたい?」
アリシアは首をかしげる。
「んー……よく分かんない」
少し考えてから、笑って言った。
「でもね、みんなが困ってたら、助けたい!」
「……そっか」
リオは、それを聞いて、なぜか嬉しそうに微笑んだ。
「リオは?」
「……ぼくは」
また、少し間が空く。
「……アリシアのそばに、いたい」
とても小さな声。
でも、はっきりとした言葉だった。
「そば?」
「……うん」
アリシアは一瞬きょとんとしたあと、ぱっと笑顔になる。
「じゃあさ!」
勢いよく立ち上がり、リオの前に立つ。
「それならさ、結婚しよ!」
「……え?」
リオの目が、まんまるになる。
「けっこん! したら、ずーっと一緒でしょ?」
アリシアは、何の迷いもなく言った。
深い意味なんて、なにもない。
ただ、今が楽しくて、この時間が続けばいいと思っただけ。
リオは、顔を真っ赤にして固まっていた。
「……え、えっと……」
しばらく黙り込んだあと、ぎゅっと拳を握る。
「……うん」
小さく、でも確かに頷いた。
「……ぼく、がんばる」
「なにを?」
「……いろいろ」
よく分からない答えだったけれど、アリシアは気にしなかった。
「じゃあ約束ね!」
そう言って、小指を差し出す。
リオは一瞬ためらってから、そっと小指を絡めた。
「……約束」
夕焼けの空の下。
二人の小さな指が、確かにつながった。
それは、子どもらしい、他愛のない約束。
――けれど。
この約束を、
アリシアはやがて忘れてしまう。
そして、リオだけが、ずっと覚えていることになる。
まだ、このときの二人は、そんな未来を知らなかった。
ただ、並んで帰る道が、いつもより少しだけ長く感じられた。




