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60話 残ったのは、私と‥‥

 リュカも精霊たちも、力尽きている。残るは、私と偽物だけ。


「貴方だけが残っちゃいましたね。どうします? その剣で私と戦ってみますか? そんな度胸があれば、ですけど」


 嫌なことを言うなと思う。リュカの言った通り、偽物は意地悪だ。それに、上から目線。


「‥‥‥‥」


 大岩の影に入ったローブの裾が、白く光って見える。


「‥‥戦わないよ。そっちも戦う気がないじゃない」

「そう見えますか?」


 言いながら彼が手にしたのは、身長ほどもある大きな杖。それをこれ見よがしに近づけてくるので、鬱陶しくなってつい押しのけた。


 怒るかと思ったけど、偽物は笑みを崩さず「あはは」と笑うだけ。


「威勢がいいですね。私がこわくないのですか」

「‥‥こわいよ」


 嘘だった。


 すぐにばれると思ったけれど、偽物は目を細めてだんまり。私の様子を静かに窺う。


「嘘、ですか?」

「‥‥分かるでしょ」

「どうでしょう」


 そんなわけがないのに、と思う。もしくは、私の勘違いか。


 勘違いならその方がいい。


「できないの?」

「できないも何も‥‥。言いたいことがあるのなら、口に出してくださいませんか」

「‥‥‥‥」


 勘違いじゃ、なさそうだ。


 顔も声も違う。なのに、その態度に見覚えがある。その言葉に聞き覚えがある。


 隣に下がるローブの端を握りしめ、見上げた。


「こんな恰好で、こんなとこで、なにしてるのよ。‥‥レコメラ」

「‥‥ふふふっ」


 何がおかしいのか、精霊は小さく笑って杖を消す。それから「あーあ」とやる気のない声を出した。


「まさか貴方にバレるとは思いませんでした」

「隠す気があったの?」

「いいえ? けど、貴方頭が悪いから、気付かないと思って」

「‥‥‥‥」


 掴んだ布をぐっと引き、睨みつけると「冗談ですよ。拗ねないでください」と。


「だってもう、ここまで来たら隠す必要ないじゃないですか。帰れって言ったのに、もう。‥‥あ、見てください。あそこにエルダーがいますよ。もうすぐここへ来てしまいますね」


 楽しみですねと言うその横顔は朗らかで、戦場よりずっと遠くを見ている気がした。


 だからか、胸がざわつく。


「ねぇ、これも作戦なんだよね?」


 口にすると、精霊は視線だけこちらに向けて、すぐまた遠くを見た。灰色の空は戦場を圧迫するように低く沈んでいる。


「作戦と言えば、そうです。でもあとはもう‥‥流れですかね」


 諦めたような口調。曖昧な答え。それでは、ざわつきは止んでくれない。


「‥‥私、レコメラを連れ帰るために来たんだよ。一緒に帰ってくれるよね。 ‥‥帰れる、よね?」

「‥‥さぁ、それはどうでしょう。チトセ、手を放してくれません?」


 大人しく、言う通りにする。レコメラはローブを引っ張り、広げてみせた。何もない白い生地の裏から、手品の鳩みたいに魔術師が現れる。


「ほら、今や私がこの悪夢のラスボスですよ。何もかも思うがままです」

「‥‥‥‥」

「帰れると思います?」


 レコメラはゆっくりとローブを振った。魔術師が1人、また1人と現れる。現れた彼らは、大岩の前に並ぶだけ。


「どうするの、それ」

「これですか? そりゃ、エルダー達がやってきたときに私1人では盛り上がらないでしょう。ただの賑やかしです」

「違う」


 目を回しているリュカをそっと下ろして、立ち上がる。


「じゃなくて、レコメラのこと。なんでそんなことになっちゃったの? エルダーさんたちここに来るんだよ? どうしたらいいの? どうするつもりなの‥‥」

「‥‥‥‥」


 エルダーの顔した精霊は、騎士の優しい顔のまま眉を寄せた。困ったように歪んだ口元だけが微かに動く。


「大丈夫。あなた方はちゃんと帰れますよ」


 そうじゃない。そんなこと聞いてない。


 なのにレコメラはそれっきり黙ってしまった。5人ばかり並んだ魔術師もまるでマネキンのように立ち尽くすだけ。下方から聞こえてくる敵兵の声が少なくなってきた。


 時間がない。


「何か‥‥方法を考えようよ。敵を乗っ取ったって事でしょ? それなら、何かやりようがあるはずだよ」

「うーん。どうでしょう。考えたんですが、なかなか難しそうですよ」

「何が難しいの」

「はぁ‥‥。いいですか? 呪いは今、私との融合を進めている最中なんです。完全に融合した時、意識がどっちかなんて分からないじゃないですか」


 レコメラのうっすら光る全身を見る。前回偽エルダーと会話した時にはこんな風に光ってなかった。


 発光して白く見える腕が伸び、私の肩を軽く叩く。そこで休んでいた精霊たちがのろのろと彼の手に移動した。


「この夢もエルダーの記憶から離れ、私の記憶になりつつある。この精霊たちはその副産物でしょうね」

「この子達、レコメラの知り合いだったんだ。だから、ここまで連れてきてくれたんだね」

「‥‥‥‥」


 精霊たちを眺める顔が、昔のアルバムを眺めでもしているかのように綻ぶ。


 諦めているようにも見えて、こわくなった。


「ねぇ、ルクスナに相談しよう。もしかしたら何か方法があるかもしれない」

「チトセ、そんな時間はないんですよ。融合はいつ終わるか分かりませんし、ルクスナの魔力だって‥‥もう次はないんです」

「でもそれじゃ、レコメラが死んじゃうじゃない」

「それが一番確実な方法ですから」

「‥‥レコメラは、それでいいの?」

「‥‥いいです」


 そう言うレコメラの視線は、私とも精霊たちともあっていない。


「私、疲れたって言ったでしょう。あれ、本当なんです。長く生きすぎたせいですかね。限界なんですよ。‥‥ここで終わったって、構わないんです」

「そ、そんなこと言わないでよ。そんなの、全然思ってないでしょ。ただ諦めてるだけでしょ? ねぇ、レコメラ」

「‥‥思ってます。もう十分なんですよ。私はレコメラを‥‥いえ、エルダーを見つけることができました。でも、会いたかった人たちはもう、会えないことが分かった。‥‥それを確かめることができた」

「レコメラ‥‥」


 それきり、彼は黙ってしまった。力を使い果たした精霊たち同様に、レコメラ自身もかなり憔悴しているのは明らかで、なんと言葉をかけていいのか分からない。


(私の言葉なんか、何の意味もない‥‥)


 私が声をかけてそれで何になるのか。無力なままの私に、なにもできない私に、いったい何が。


 俯いた視界の端がチカチカ瞬く。


 見れば、3つの光が微弱に点滅していた。私に宛てたものじゃない。レコメラに何か語り掛けるように、優しく、ゆっくりとしたシグナルを繰り返している。


 それを見て思う。私も同じ気持ちだと。そして、気付く。


(まだ、レコメラを説得できる。だってレコメラは‥‥生きたいって、思ってるんだもの)


 なぜなら、彼の作り出した精霊たちがそれを望んでいるから。


 なのに、必死に語り掛けてくる光を蔑むようにレコメラは鼻を鳴らした。


「たかだか記憶のくせに、よくできてますね。まるで本人たちに言われているかのようです。あ、私の記憶だからですかね? さすが、私」

「レコメラっ」


 軽く流していいことじゃない。そう思って手首を掴むと、揺れる瞳に私が映った。1人に怯えるその目は、よく知っている。


(なんだ。やっぱり、そうじゃない)


 払われないようにぎゅっと掴んだけど、振り払うそぶりはなかった。静かに、息を吸う。精霊の気持ちを想像すると、胸の奥がじんと重たくなった。


「だめだよ、レコメラ。そんな寂しい顔してそんな事言わないで」

「‥‥‥‥」

「‥‥最後まで、一緒に考えよう? わ、私、も‥‥」


 喉の奥が、焼けたように熱い。詰まって、言葉が上手く出て来ない。


「か、考えるから‥‥っ。だから‥‥っ」


 なんとか喋った途端、目からもっと熱いものがこぼれてきた。濁流のような感情が、涙と一緒に溢れだす。


「か、帰ろうよっ。レコメラ、帰ろうっ。わたし、レコメラがいなくなるの、嫌だよ‥‥!」


 ぼろりと涙が出てくる。


 涙でぼやけた世界が3色の光を反射してキラキラ輝く。


 引き寄せた手の上で、精霊たちも私と同じことを訴えているのが分かった。懸命に震え、光り、感情をぶつけ、レコメラを説得している。


 涙を制服に押し付け拭いて、歪んだ顔をまっすぐに見た。


「ねぇほら、みんなもそう言ってる」

「チトセ‥‥」

「来てよ、一緒に」


 レコメラだって、泣きそうだった。


「エルダーさんのとこに、帰ろう‥‥レコメラ」


 震え出した唇が、そっと開かれる。


「どうして、チトセ。‥‥私、意地悪だったでしょう? 大した力もないくせに、口うるさくて神経質で。正論しか言えなくて‥‥傷つけることしか、できなかったじゃないですか。どうして、そこまでしようとするんです」

「そんなの、理由にならないよレコメラ」


 意地悪なことは言われた。ムカついたし、ムカつかれたし、言い合ったりもした。


「それだけじゃなかった。それだけじゃ、なかったでしょ」


 沢山話をして、協力してここまで来た。


「心配だってしてくれた。‥‥というか、レコメラは嫌味なだけで意地悪じゃないよ。優しくて素直じゃないの。ただ、それだけ」


 そう言って無理やり笑うと、精霊は心底びっくりしたような顔をする。


 それを見て、ああ、やっぱり良い人だと思った。


(自分のことを嫌な人だっていう。そんなこと、全然ないのに)


 優しくて、寂しがり屋。助けてくれたのに、助けられないなんてそんなの嫌。


 貴方がいなくなるのは、嫌だ。


「私、レコメラがいないの寂しい」

「‥‥!」

「だから‥‥お願い、レコメラ。諦めないで」


 方法なら、考えるから。


 ルクスナにだって、頼み込むから。


 私にできることなら、なんだってする。


(だから‥‥!)


 掴んだ手首を両手で握る。逃げないように、捕まえる。レコメラは今にも叫び出しそうな顔をして私を見ていた。


 祈るような気持ちで、言葉を待つ。

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