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44話-1 戦場にて、向き合うのは

 野戦病院の方へ行くのに森を突っ切る必要があって、暗い森を前にしてどうしようか迷う。


「どうやったって、ここは抜けないとだよね」


 一か八かその暗闇に飛び込んで、早く2人の元へ行きたい一心で無我夢中で走った。すると不思議なことに、そんなに走った気もしないうちに森の向こうが明るくなってきた。


(なんか、意外に夢の中を歩くコツが分かってきたって感じ‥‥?)


 そんな自覚はないしどうしたらこうなるのか分からないけど、今なら私にも花とか出せるのだろうか。


「うぇっ」


 森を抜けると、熱風が巻き上がった。赤黒い空と立ち上る黒煙にまかれる。


 何もしていないのに揚げ物をしたかのように肌がべたつき、口の中が乾いていく。据えたような臭いに咽る。


「おぇぇ‥‥。うがいしたい‥‥」


 煙を避けると少しはマシになるから、歩く場所を選びながら進んだ。


 2人を探して目を向けた焼け野原の真ん中に、黒い塊が見える。


「なにあれ」


 在るというかなんというか、そこだけぽっかりと黒く抜けているようにも見えた。遮蔽物のない周囲をどれだけ見渡しても他に気になるものもなく、更にはリュカたちの姿さえ見当たらない。


 皆とはぐれた上、見るからに怪しい物体に近づくなんて、普通なら絶対にしない。スルーしようかとも思ったけれど、この状況下で完全に無視するのもどうだろうか。


(あんなの前回はなかったし。今ここ、おかしいことしか起きてないんだから、調べた方がいい‥‥よね?)


 近くで見るくらいは大丈夫だろうか、とその黒丸を目指すことにした。


 それにしてもそれ以外本当に何もない。最初の夢の時もこうだっただろうか。球体以外はこうだったような気がしてくる。


(というか、あの黒さってどこかでみたことがある気が‥‥。なんだったかな)


 物体と足元を交互に見ながらえっちらおっちら瓦礫の上を行く。黒焦げの人体っぽいものが目に映る度、口の中が酸っぱくなる。こんなとこで一人立ち止まりたくはないから、できるだけ考えないようにした。


「あっ。あれ、ルクスナじゃないかな」


 ほぼ直感だが、あながち間違いではないんじゃないかと思う。


 夢が繰り返す直前、闇の精霊が暗く光った時に現れた黒。あの球体はそれと同じ色をしている‥‥気がする。


「なんだ。じゃあ、あそこに皆いるんだ」


 ルクスナがいるならエルダーがいる。エルダーがいるならリュカもいる。


 そう思ったらようやく合流できる安心感で、足が止まらなくなった。


(リュカ、エルダーさんを説得できたかな。レコメラももしかして、あそこにいたりして‥‥)


 もし私を置いて行ったレコメラが先にみんなと合流していたら、いくらなんでもそれはひどすぎる。それはさすがに怒ってもいいだろうか。


(何も言わずいなくなるんだもん。レコメラめ‥‥。いないって言ったら、偽エルダーさんたちも‥‥)


 刺し殺したファリーの死体も、敵陣営の兵士たちもみんないなくなってしまった。


「っひ!」


 不気味なことを考えたせいか、背筋がぞわりと震える。辺りを見渡すがひと気はまるでない。


 振り返った向こう側では風が下から上に向かって煤を運んでいる。


「呪いたちは‥‥ここにはいないよね。うん」


 暫定ルクスナのすぐそばまで来た私は、巨大なそれを仰ぎ見た。なんだかこういうモニュメントみたいに見える。


 修学旅行で行ったUSJの入り口に、こんな大きさの地球があった。


「みんな、中にいるとか‥‥? どこかに入り口があるのかな」


 黒い物体が置いてあるというよりは、空間そのものが黒いって感じだ。


 触れるのはこわいからひとまず外観を確認をしようとその外周をぐるりと回ってみることにする。すると、向こう側には人がいた。リュカではない。


 地獄絵巻みたいな色の視界に突然現れた眩しいほどの白さ。誰もいないと思っていたのもあって、一瞬体が動かなくなる。


「おや、チトセ様?」

「え、‥‥エルダー、さん?」


 反対側にいたのは、白いローブに身を包んだエルダーだった。


 一瞬、場所的に本物の彼だと思ってしまった。だが違う。その恰好で私の事を覚えているのは、呪いが作り出した偽物の方だ。


(やばい)


 私は驚きを隠しきれず彼を凝視してしまったが、彼もまた驚いたように目を丸くしていた。けどすぐにいつものように穏やかな表情で笑いかけてくる。


 彼が軽く腕を上げた途端、背景が一斉に動いた。足踏みのような音も聞こえる。


(やばい‥‥!)


 偽エルダーの遥か後方、背景と化していた瓦礫の景色。そこに、横一列に並んだ兵士の姿が見えた。


 彼らの後ろにも兵は並んでいるようで、もしかしたらあのキャンプにいた全員がここに来たのかと想像する。敵陣営はもぬけの殻だったから、あり得る。


 偽物が腕を下ろす。


「ああ、すみません。大丈夫です。武器を下ろさせただけですから」

「へっ!? ええ‥‥。えっ!?」


 ということはさっきまで狙われていたということだ。今更心臓がどきどきしてきた。


 なにか話さなければやばい。そう思った私は、今一番知りたいことを口にした。


「ぇえエルダーさん。どうしてここに、いるんですか‥‥?」

「チトセ様こそ、どうしてこんな場所に?」


 返事の代わりに訝し気に問われ、返答に迷う。どう答えたらいいのか考えながら、私の視線は球体と偽物、そして兵士たちの間を忙しく動き回った。


(とうとう、直接本物を殺しに来たんだ‥‥。でも、今まで魔法を使ってたのに、どうして急に‥‥)


 偽物は近づいてくるわけでもなく、なにかするでもなく首を傾げる。


「もしや、迷われました?」

「えっ!? えっと‥‥」


 正直に言うわけにはいかないと思い頷くと、偽物は「危ないですよ」と信じてくれた。


「こんな戦場にお一人で。‥‥お友達はどうされたんです」

「レコメラとは、その‥‥はぐれてしまって」


 答えながら考える。このエルダーもやはり、前回の記憶があるのだと。


 それから、今の質問には答えない方がよかったんじゃないかという気がしてくる。なんとなくだが、偽エルダーからは怒りのようなものを感じるから。


 笑っているし、穏やかに話をしてくれているのになぜそう思うのだろう。


(あ‥‥。あの顔は、お祖母ちゃんに似てるんだ)


 お母さんと仲の悪かった祖母が、母のことを聞いてくる時に浮かべていた笑顔。それに似ていると気がした。


「では、リュカ様はどちらへ」

「‥‥‥‥」


 答えたくなかった。


 さっきは本物のエルダーを殺しに来たんだと思った。けれど、うその笑顔で語る今の問いからは、妙な予感がする。


(リュカを殺しに来た‥‥気がする‥‥)


 そんなことをしてどうなるかはわからない。私たちは繰り返せる。

 自分に敵意を持った者を殺しに来ただけなら、むしろ傍にいる本物を殺した方がいいはず。呪いはそもそも、それを目的にしていたわけだし。


 もやっとする。


(エルダーさんが死んでも、私とリュカは死なない。夢から覚めるだけ‥‥)


 それでもこの偽物は殺しに来た。確実に、リュカを殺したいとすると。


(わからないけど、それなら私は絶対に引くわけにはいかない)


 誤魔化すわけにもいかなくなった。きっとリュカはこの黒い物体の中にいるのだから。


 何もできないのは分かっているのに、私は彼に一歩近づいていた。


「あの、エルダーさん‥‥。ファリーさんはどこですか」

「ファリー? どうして」

「いいから答えてください。‥‥どこですか」


 前回の記憶があるからこそ偽物はリュカを狙っている。なら、私が殺し損ねたファリー、彼女も私を狙っているはずだ。


 どうにか狙いを私に逸らせないだろうか。


(おかしい‥‥)


 ファリーがいるなら、彼女から私のことを聞いているはずだ。聞いていれば真っ先に私を襲うはず。なのになぜ、偽エルダーはまだ私を生かしているのだろう。

 熱の精霊は、姿も見せない。


 それとも、やはり彼女は殺せていたのだろうか。殺せているから、偽エルダーは私を殺さず未だ生かしているのだろうか。


 だとしたら私が彼を殺せるチャンスがまだ残されているかもしれない。


 空っぽの両手を握りしめる。手ぶらだ。武器は何もない。


 それでも、チャンスがあるのならとじりじり偽物に近づいてく。彼の腰には小さな剣がさしてある。


「ファリーさんも、来ているんですよね‥‥? どこに、いるんですか」


 偽物はふっと息をついて、振り返った。無防備な背後を見せつけられ、私はどうしてかそれ以上進めなくなった。剣を取るなら今なのに、体は動かない。


「‥‥そこにおりますよ。ファリー」


 彼が背後の兵士たちに向かって声をかけると、その群れの中から白いローブに花飾りをつけた人物がゆっくりと姿を現した。


(やっぱり! 生きてた!)


 彼女は一人で歩いている。残骸で散らかり、足場が悪いためか躓きながらも、確実にこちらへやってくる。


(けど、おかしい‥‥)


 彼女の足取りには迷いがない。迷いなく、平気で残骸に躓いている。


(赤い‥‥)


 白いローブの胸元は、裏側から沁みたような不規則な赤い柄がついていた。そんな柄、前みた時はなかったはずだ。


(なら、彼女は‥‥)


 よたよたと進んでいたファリーが偽エルダーの横に到着する。


「う‥‥っ」


 風向きのせいか、私が自覚したからか。この場に充満する焼けた臭いではない、新鮮な血の臭いが漂ってきた。思わず鼻を塞ぐ。


 ローブの奥に見える生気のない肌。口から溢れた血で首元が真っ赤に染まっている。


(違う、違う! やっぱり私はできてたんだ! 私、ちゃんと、殺せてた)


 生きている人間の雰囲気じゃない。これ以上もう見たくない。なのに偽エルダーはファリーの肩を掴んで突き出すようにこちらへ向けてきた。


 乱暴な仕草。

 けどそんなことよりも。


 私は自分の罪とまっ正面に向き合った罪悪感で、胸がいっぱいになった。


「さぁファリー、死に顔を見せて差し上げなさい。貴方を殺した張本人に」


 穏やかな声。敵意を感じない笑顔。分かっているのに。


 私が彼女を殺したことを。

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