31話-2 妙な既視感、妙な違和感
この夢の中では、リュカの方が身長が高い。私が彼に対して妙な気持ちを抱えてしまっていたのはこのせいに違いない。
最初の暗闇の中ではリュカが体を丸めていたのと下から見上げてくることが多かったから気が付かなかった。
森の中も暗くて姿が見えなかったし、そのあとは這って進んだから分からなかった。キャンプに着いてからは怒涛のあれやこれやだったし。
だからここに至るまでリュカの姿がいつもと違うことに気が付かなった。顔つきは同じ年くらいに大人びてるし、手とかいつもより骨ばってるのにもかかわらずだ。
いや、気が付かないなんておかしいのに。最初に子犬の耳をつけてしまって、可愛いと思い込んだ先入観のせいだろうか。
木馬に乗った時、耳元で声が聞こえたのがそもそもおかしかったんだ。私より身長が低い彼が背後からああやって抱きしめてきたら、身長差であの位置に顔が来ることはないはず。
それが今はリュカの方が少しだけ身長が高いから、だから。
だから私、あんな余計なことを考えちゃったんだ!
ドキドキしたり、意識したり、すごく大変だった。それがたったこれだけの事が原因だったなんて。
‥‥そんなの、ひどい!
「リュカのばかっ!」
「ふぇっ!? えっと、んぇ‥‥ええっ!?」
素っ頓狂な声を上げて肩をすくめる。その仕草はいつもと同じなのに、やっぱりいつものリュカと違う。
「どうしてそんなことするのよっ!」
「ん、ぇえっ! わ、わかんないっ。チトセ、なんで怒ってるの‥‥!」
恥ずかしい思いをしたことが許せないからだとは言えない。それはリュカのせいじゃないし。
怒る理由にならないのは分かってるのに、八つ当たりだって分かってるのに、止まらない。
「わかんないよ! そんなのっ!」
「うぇっ? え、えぇえ‥‥」
こういうとこ、私の悪いとこだって自覚はあるけど、なんでだかこうしないと気が収まらない。全身がかゆいような熱いような恥ずかしさが絶え間なく襲い掛かってくる。
友達の姿がちょびっと違うだけ。そんな些細なことであんな事を考えてしまう自分が許せない。
今はこんな事気にしている場合じゃないのに。エルダーの事を考えないといけないのに。
分かっているのに気持ちの切り替えがうまくできなかった。
私が落ち着いたのは、彼の言い分を聞き終えた後。
話を要約すると、リュカは夢の中で自分の姿を特に意識しておらず、自分が今どんな姿でいるのか分からないのだそうだ。
現実と同じ時もあれば、夢の国にいた時の姿の時もあって、不便だと思ったら姿を変えることはあるが、今の見た目は特になにもしていない夢に入った時の姿のままだそう。
つまりリュカは私を驚かそうとしたわけでもドキドキさせようとしたわけでもないってこと。悪く言えば何も考えていなかっただけだ。
それを私が勝手に彼の見た目に反応して、勝手にどきどきしていたということ。
馬鹿なのは私の方だ。恥ずかしすぎて、顔が上げられない。こんなことしてる場合じゃないのはわかってるのに、気持ちがここから動けない。
ほんと、嫌になる。
「えっと‥‥小さい僕の方が、チトセは、好き?」
「そっ、‥‥そういうんじゃ、ない‥‥」
小さい方が好きだとか、大きい方が好きだとかいう話じゃない。ただ、身長が高いと意識してしまうっていうなら、低い方がいいとは思うけど。
でもそれは私の我儘でしかなくて、そんなことでリュカを振り回したくはない。現状、振り回したばかりだけど。
穴があったら入りたい。
「なら、このままでも‥‥いい?」
「う‥‥、ん‥‥」
即答できないのがつらい。私より身長が高くても低くても、リュカはリュカなのに。お城の時、こんなことでこんな風にならなかったのに。
夢の中では素直になるって、こういうのもそうなのだろうか。馬鹿な私が更に馬鹿になっただけで余計恥ずかしい。リュカにあたってばっかりな自分がみっともなくて恥ずかしい。
「えと‥‥チトセ、怒ってる?」
「怒ってない‥‥。変なことで、怒鳴って、ごめん。こんな時に‥‥」
「ううん。いいの」
私の意味不明で理不尽な怒りを許してくれた心優しい友人は、小さく「でもそっか、チトセは小さい僕の方がいいの‥‥」と呟いた。
そんなことないと言おうとして顔を上げると、そこにはいつものサイズのリュカがいて、私と目が合うと嬉しそうにはにかんだ。
「ご、ごめん‥‥。気を遣わせて。別に、身長高くたって嫌だってわけじゃないんだよ」
「えへ。でも、僕、チトセに少しでも好きって思ってもらえるほうがいいもん」
ついさっき反省したばかりだというのに、そういうことを言われると勘違いしそうになる自分が心底憎い。
「‥‥どっちのリュカも、好きだよ。リュカだもん」
「ほんと? んふふ‥‥っ! 僕もチトセだーい好き!」
「う‥‥はは‥‥」
これ以上なんの勘違いもしたくなくて、曖昧に受け取り曖昧に笑う。私もリュカくらい素直に純粋になれたらいいのに。
そしてまた首を傾げる。なんだか変だ。なにかまだ、違和感を感じる。だけどじっと見つめるリュカの顔はいつも通り。じゃあ、何が‥‥。
「どうしたの? やっぱり僕、まだ変?」
「ち、違うよ‥‥。そうじゃなくて。なんか‥‥なんだろ?」
リュカはなんにもおかしくない。身長も見た目も声も、いつも見てるリュカと同じ。でも、何かが引っかかる。
この違和感を無視してしまって良いものか分からなくなってきた。リュカの身長の違いなんか無視したって私のメンタル以外になんの影響もなかったわけだし。
もう少し考えて分からなかったら置いておこう、そう思った時閃いた。
「あっ! わかった。リュカの顔が見えてるのがおかしいんだ!」
「うぇっ‥‥どういうことぉ」
そう言って自分の顔をぺたぺた触るリュカ。そんな姿もしっかり見えている。それがおかしい。
さっきはメリーゴーランドの電球が全て消えたあと、リュカに手を引いてもらわないと歩けないくらい真っ暗になったのに、今は明るくてその必要がない。
それはなぜか。豆電球が一つまだこの場に残っているからだ。
木馬はもう消えている。なのにその電球は点滅することもなくその場で光り続けていた。いつまで経っても消える様子はない。
「どうしてこの電気だけ残ってるんだろ。リュカが出したの?」
「ううん。出してない。あ、これ‥‥精霊だよ」
「精霊!?」
「うん。‥‥たぶん」
だとしたら、一体なんの精霊だろう。
というか、精霊なんてものがなぜここにいるんだろうか。
2人で謎の精霊を見つめると、突然それは点滅し始めた。同時にリュカが「わっ」と声を上げる。
「リュカ!?」
「あっ、うあっ! なに、やめてよ!」
「どうしたの!?」
精霊から何か攻撃を受けているのか、リュカは頭を抱えながら虫を追い払うみたいに手を振り回して光を遠ざけようとする。
リュカが抵抗すればするほど、精霊の点滅が早くなる。点滅で目がチカチカし出した頃、とうとうリュカはしゃがみこんでしまった。
「んんぅー‥‥っ!」
「ねぇ大丈夫!? 何されてるの!? まさか‥‥攻撃!? それとも‥‥」
精霊に憑りつかれたらという魔人の言葉が思い浮かんで背中が震える。けど、リュカは首を振った。
「違うの‥‥大丈夫なんだけど、うるさくて。この精霊が頭の中、ずっと‥‥」
「ずっと‥‥?」
「んもぅ! やめてよ! 」
叫び、頭をぶんぶんと激しく振る。その度彼の帽子の飾りがぽこぽこと揺れた。
「なにしたらいいの! これにしたらいいのっ? えぇ‥‥っ? 難しいよぉ‥‥っ」
独り言のようにぶつぶつ呟きながら、リュカは頭を押さえてよろよろと立ち上がった。精霊はそんな彼の周りをハエのように飛び回る。
「ん、もう! わかったよっ!」
地団太を踏んだリュカは、とうとう怒ったように光を叩き落とした。
「ほらっ、これでいいでしょ!?」
虫のような動きは確かに振り払いたくなるほど鬱陶しかったが、精霊相手にそんなことして、機嫌を損ねないのだろうかと心配になる。
「リュカ‥‥そんなことして、平気なの?」
「だって、邪魔だったんだもん。うるさいし」
「そんな‥‥」
もしこれでリュカが精霊にどうにかされたらどうしようと不安に思っていると、それは唐突に聞こえて来た。
「そうですよ。土の上に落とすなんてあんまりです」
「え?」
「けど、まぁ、いいでしょう。おかげであなた方との意思疎通に困らなくなりましたから」
小さな子供の声だ。多分、今のリュカより小さな。
地面から聞こえて来たので視線を落とすと、そこには不機嫌そうな顔をした男の子が座っていた。魔法使いのローブのようなものを着ている。
その姿が見えるのは、その男の子の全身がうっすら光っているからだ。
声の通り幼い彼は、顔より大きな眼鏡を几帳面に掛けなおしながら立ち上がる。それからむっと唇を突き出したまま私達へ会釈をした。
「私の名前はレコメラ。記憶の精霊です。お二人はエルダーを救うのですよね?」
突然の事でうんともすんとも言えない私を見て、レコメラはふふっと鼻を鳴らす。
先ほどまでの不機嫌はどこへやら、今度は子供らしい人懐っこい笑顔を浮かべ、ズレた眼鏡を指先で整えた。
「それなら私、力になりますよ」
淡く光る精霊は、力強くそう告げた。




