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31話-1 妙な既視感、妙な違和感

「あれ、ここは‥‥」


 気が付くと、私たちは森の中で立ち尽くしていた。電球がちかちかと瞬いている。


 はじめてここに来た時のような光景だなと振り返ると、確かに私たちが乗ってきたメリーゴーランドの木馬があった。だんだん薄れていく木馬。


 何が起こっているのかと急いでリュカへと視線を移す。電球に照らされた彼は真剣な顔をしていた。


「リュカ‥‥。ここ、最初の森の中だよね」

「うん」

「私達なんでここにいるの? さっきの、私の夢?」


 そうは思えないけど、そう思わないと説明がつかない。リュカは首を横に振る。


「夢じゃない。僕も見た。エルダーが、闇の精霊にお願いしてた‥‥。命をあげるって‥‥」

「だ‥‥よね」


 夢だけど、夢ではなかった。


「エルダーさん、死んで‥‥ない、よね?」


 声が震える。

 もしエルダーが死んでいたら、どうしよう。


「へーき。エルダーは生きてる。だってここはまだエルダーの夢の中だもん。夢を見てる人が死ぬと、夢も消えちゃって、追い出されちゃうから‥‥だからまだ平気」


 それを聞いてひとまず安心できた。力んでいた全身から力が抜ける。


「それもそっか‥‥。そうだよね。夢が続いてるなら、死んでない。じゃあ続きなの、これ‥‥」


 そうは言ったけど、あの夢の続きとは到底思えない。どちらかと言えば、スタート地点って感じだ。


「夢が戻ったんだと思う」


 言われ、見覚えのある森の中を見渡した。目印はないけど、確かにここは最初の場所だろうと思う。


 私とリュカがメリーゴーランドから降りたその地点。だから木馬があったんだ。


 夢の繰り返し。私たちがここにいる理由。わからないのは、なぜそんなことが起きているのか。誰がそれをしたのか。


 悪夢って繰り返し見るから、そういう感じだろうか。それなら、これを引き起こしたのはエルダーということになるが‥‥。


「エルダーさんが夢を繰り返してる?」

「かもしれない。でも多分、闇の精霊がエルダーの願いを嫌だって言って、だからだと思う」


 闇の精霊の言っていたこと、とは。


「闇の精霊が言ってた? ていうか、‥‥リュカにはなにか聞こえたの?」

「言ってたじゃない。何度も。チトセも聞いたでしょ」


 首を傾げる私をリュカは不思議そうに見つめるけど、私にはなんにも聞こえなかったんだから仕方がない。エルダーの周りを黒い光がずっと飛び回っていたのは見たけど、それだけだった。


「ううん、私には聞こえなかったよ」

「そうなの? ‥‥あんなに喋ってたのに。変なの」

「嫌だって言ってたの? 精霊‥‥」

「うん。エルダーが契約を終わらせるって言うたびに嫌だって。命をあげるって言った時も、要らないって。あの子、エルダーに生きててほしいみたい」

「そうなんだ‥‥。それなら、よかった‥‥」


 何が起きているのかはさっぱり分からないし、さっきはエルダーを説得する間もなかったけれど、それが知れただけでもここに来た価値が十分ある。


 精霊はエルダーの命を狙っているわけでも、エルダーを殺そうとしているわけでもない。


 精霊がエルダーの命を奪うことを拒んでいて、生きていて欲しいと言っているのなら、私たちがエルダーを起こしても精霊の怒りを買って呪われるようなことにはならないはずだ。


 残る問題は、どうやってエルダーを起こすかだけ。


「エルダーさんが起きないのは、夢が繰り返すせい。夢が繰り返すのは、エルダーさんが闇の精霊に契約の解除をお願いするせい‥‥ってことかな」

「多分‥‥?」

「それなら、契約の解除をお願いしないように私たちでエルダーさんを説得すればいいんじゃないかな」


 夢が繰り返している原因は闇の精霊自体じゃなくて、闇の精霊がエルダーの願いを拒絶しているせいだっていうなら、エルダーがそもそも拒絶されるようなことを願わなければいい。


 なんだ、意外と簡単に解決しそう。そう思ったけど、リュカの表情はどこか不安げだ。というか、しょんぼりしてる。


「リュカ、なにか‥‥心配事? やっぱだめかな、これだけじゃ」

「う、ん‥‥。えと‥‥いいと思う。けど、うまくいくかなって‥‥。だってエルダー、僕らの事知らないみたいだったし」


 言われてみれば、確かにそうだ。


 さっきの夢の中で、エルダーは大分絶望的状況にいた。影が二度目に濃くなった後、起き上がったあの場所には私達3人以外誰もいなかった。


 エルダーが助けようとした人たちも、一緒に働いていた仲間もみんな死んで、自身も光の精霊を失った。


 エルダーは私たちの事を知らない様子だった。あんな状況で、見知らぬ人間から唐突に「契約解除を願わないで」などと言われて、はいそうしますだなんて言うだろうか。


 そもそも信用されるだろうか。


「それにねエルダー、すごく暗い気持ちでいっぱいだった。治しても治しても誰も治らなくて、みんないなくなって、光の精霊も消えちゃった。エルダー、この悪夢が凄くつらいんだ」

「そうだ! ならリュカが変えてあげたらいいんだよ。できるって言ってたじゃない」


 リュカは夢の中ではなんでもできる。悪夢を楽しい夢に変えることも。

 私の不快感を花の匂いで変えてくれたように、この戦争の夢自体を変えることもできるはず。


「‥‥そうなの。ほんとは、そうしようと思ったの。でも、なんだかうまくできないの‥‥」


 そういえばリュカはこの夢の朝と夜は変えられないと言った。この夢の中では、いつものように力を出せないのだろうか。


「僕、何もできない。つらいの全部取ってあげたいのに、何かが邪魔してて僕、できなくて‥‥」

「何かが邪魔してるってなんで。さっきはできてたじゃない。花を出したりさ」

「そういうのはね‥‥できるよ、ほら」


 リュカは何もない場所から百合の花を取り出してみせた。


「なんだ、できるんじゃない」

「違うの。こういうのはできるけど、もっと大きいことをしようとすると、邪魔されるの」

「邪魔してるって、だからなにが‥‥?」


 邪魔をしているというなら、闇の精霊だろうか。だけど精霊はエルダーの味方のはずだ。なら精霊が邪魔をするわけがない。


 エルダー自身がこんな悪夢を望んでみているわけもないし、だとすると他の要因がある‥‥?


「わからないよ‥‥。多分ね、その邪魔してるのをどうにかしないとエルダーはずっとここで悲しい夢を見続けるんだ。‥‥そんなの嫌だ。けど、どうしたらいいの? 僕、なにもできない。僕、役立たずだ‥‥」


 リュカは声を震わせ鼻を啜りながら俯いてしまった。


 彼にとってエルダーの今の状況は見ていて非常につらいものだろう。私だって、もしリュカがこんな夢を見続けていたら心配になってどうにかしたいと思うもの。


 だけど、今の話でエルダーが起きれない原因のようなものが他にあることが分かった。


 悪夢に詳しいリュカが、夢の中なら何でもできると胸を張っていた彼が、どうにもできない何か。きっとそれがエルダーが起きない本当の理由‥‥根本的な原因なんじゃないだろうか。


「リュカ、しっかりして。リュカにしかわからないんだから、ちゃんと教えて。それで、一緒に考えようよ」

「うぅ‥‥」

「大丈夫。リュカは役立たずなんかじゃない。私にわからない事、わかってるんじゃない。エルダーさんを助けるには、リュカが必要なの。だから、一緒に頑張ろう?」

「チトセ‥‥」


 顔を上げ泣き止んでくれたのを見てほっとする。


 リュカが役に立たないなんてことない。実際のところ役立たずなのは私の方だ。精霊の声は聞こえないし、エルダーを説得できなかった。夢の異変1つ認識できないし、花1つ出せない。


 だけど、リュカの感じていることを整理するくらいはできるかもしれない。何もできない分、頭を使うくらいはしたい。


 前にもこういう気持ちになったのを思い出す。


「それで‥‥何かって、どんな感じなの?」

「わかんない‥‥。凄く強い、何か。エルダーを殺そうとしてるのは‥‥それだよ。それをどうにかしないと、エルダーこのまま目を覚まさないんだ」

「ならそれがなんなのか、調べないとね。でも、どうやって‥‥」


 暫く2人してうーんと悩む。しかしヒントもない状況では、悩んだところで何一ついい案は思い浮かばなかった。


 こんな場所で考えていないで、ひとまずエルダーに会いに行った方がいいんじゃないかと思いはじめた時、全く関係ないことが気になった。


 なんだか、リュカが気になる。違和感というか、なんというか。


「どうしたのチトセ。僕の顔何かついてる?」

「ううん、違くて。なんかこう、いつもと違う気がして」

「うん?」


 私にもわかった夢の中の違和感。異変。

 この夢がおかしいなら、こういうのも無視したりせずちゃんと確認しないと。


 そう思ってまじまじ見つめるリュカの顔は、いつもより高い位置にある気がする。それで、気づいた。


「あっ! リュカ、身長伸びてる!」

「えっ!」


 声の高さは現実のままだけど、身長だけお城で出会った時のように高い。と言っても私よりちょっと高いくらいなんだけど。


 でも、だからかと思った。

 私がこの夢の中で妙にリュカを意識してしまっていたのは、このせいなんだと。

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