30話-1 戦争の夢
戦争だ。もしくは戦国時代とかで言う、合戦か。
なんであれ目の前の光景は人と人との殺し合いのほかなく、私とリュカは森の中に潜んだまま動けなくなった。
森の中にいた時には聞こえてこなかった人の声、剣のぶつかり合う音、銃や魔法が爆ぜる音があちこちから聞こえてくる。走る誰かが吹っ飛ぶのが遠くで見えたが、地雷か魔法かわからない。
先ほど受けた爆風が魔法だったのか爆弾だったのかも分からないが、似たような爆発ならそこかしこで起きている。
だからだろうか。さっきまでうっすら漂っていただけの火薬の臭いは確実に濃く感じられた。それに交じって焦げたような、鉄臭い刺激臭までする。
ゾンビ達とは方向性が異なる不快な臭い。
この異臭はどこからだろうと草影のすぐ向こうにある地面の窪みに目をやる。明らかに周りの地面とは異なる高低差が乱暴に作られている。
おそらくさっきの爆発はそこで起きたのだろう。
その黒い凹みを覗き込んで息を飲む。そこには、人型に見えなくもない黒い塊が横たわっていた。
臭いの正体を想像した途端、異臭は悪臭に変わる。鼻の奥がツンとして、喉の奥から何かがこみあげてきた。
吐きそうになったところでリュカに肩を掴まれる。
「ここっ、離れよう! チトセ!」
「うっ、うん‥‥っ」
視界から死体が消えると、吐き気は少し収まってくれた。
しかし激しい音と悲鳴がずっと聞こえているからか落ち着きはしない。
「チトセ大丈夫? なんだか、具合悪そう」
「だ、大丈夫‥‥。ちょっと、臭いが‥‥。あと、音も」
「臭い? 音? んと‥‥」
リュカが軽く地面を叩く。すると、私たちの下に小さな草花が咲き始めた。小さな白い花が密集していく。
「アリッサム‥‥」
「ありっさむ?」
「この花の名前だよ。‥‥甘くて、いい匂い」
「そうなの。これ、すごく匂うから」
リュカの言う通り、ドーム型に盛り上がる花の強い香りのおかげで鉄臭さも焦げ臭さもあまり気にならなくなった。
視覚の効果か、音も遠くなった気がする。
花はリュカの向こう、森の脇を沿うように戦場のずっと向こうまで続いていた。
「ありがとう。ちょっとマシになったかも」
「うふ。この花の上を行けばきっと良くなるよ」
「うん」
そのまま四つん這いになって茂みの中に身を隠し、這いずるように森の中を迂回することにした。進むたび音が遠く、臭いも花の香りだけになっていく。
しかし多少遠くなったとはいえ未だここは戦場の中。爆発音が轟くと体がびくつく。
爆風や地面の揺れは大したことないが、大きな音がするたびに足が止まりかける。
戦争なんて初めて見た。
「エルダーさん、本当にこんなところにいるの‥‥?」
「いるよ。だってここはエルダーの夢の中だもん」
「‥‥夢の中って、広いんだね。この中からどうやって見つければいいの。リュカには分かるんだっけ」
「分かるよ。けど、さっきからエルダーあっちこっちに移動してて、止まってくれないから、どこに行けばいいのかよく分かんない。多分、こっちが近いと思うんだけど‥‥」
リュカを追って花の束を踏みつけた時。後ろか横か、とにかく近くで叫び声が上がった。
思わず向けた視線の先。何十メートルか離れた場所で人が斬られ倒れるのがちょうど見えてしまった。
立っている人‥‥今しがた人を切り殺した人と目が合った気がして、急いで隠れる。
心臓が重たく振動する。
花の咲き乱れる真下へ向いて姿勢を低くしながら、そうだ大丈夫なんだと思った。今は呪術で姿が見えないんだから。
おそるおそる起き上がり再度戦場を見てみると、さっきまで立っていたはずの人がいなくなっている。その人がいた場所に横たわる人の数が2人になっているだけ。
嫌だと思って視線を逸らした。
似たような光景はスケルトン戦でもゾンビ戦でも見てきたが、あれは魔物で、人じゃない。夢の中であっても人間が人間を殺す瞬間なんて見たくなかった。
緊張からか手が震えてきた。
一刻も早くここから離れたいがそれには進むしかない。深くゆっくりと鼻から息を吸って、口からはく。くせのあるアリッサムの甘い香りが私をゆっくりと落ち着けてくれた。
震える手足に力をこめ、進む。
どのくらい花の上を行ったか‥‥しばらくしてリュカが止まった。
「チトセ、着いたよ。この辺りは大丈夫そうだね」
言われて草木の影から見た先には、騎士団のキャンプ地で見たような光景が広がっていた。
屋根だけの簡易テントからしっかりした箱型テントまで大小幅広く設置されたキャンプ地。そこを行きかう人数だってフェグラスが率いていたのよりずっと多い。
「大丈夫って‥‥ここ、どっちかの陣営のキャンプじゃない? あ、でもここにエルダーさんがいるなら、エルダーさんの陣営ってことか」
振り返っても荒野は見えない。夢あるあるで、知らないうちに大分遠くに来てしまったようだ。




