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29話 エルダーの夢に到着

 あれからどのくらい進んだかわからない。一瞬だったような気もするし、長かったような気もする。


 辺りを見渡すと、あんなに沢山あった木馬はいつの間にか私たちだけになっていた。電飾の数も明らかに減って、そうやって視界が段々と静かになっていくと、やがて暗闇の向こうに電飾以外の光が見えてくる。


 木々のざわめきのようなものが聞こえてくる頃、跨る木馬もスピードを緩やかにしていき、そっと止まった。


「着いたみたい」


 先に降りたリュカの手を借りて木馬から飛び降りる。残る電飾に照らされ、辺りには沢山の木が見えた。どうやらここは森の中らしい。


 微かに残るカラフルな光も電池が切れたように点滅しはじめ消えてしまった。辺りは真っ暗になる。

 乗って来た木馬もそれに合わせて姿を消した。


 真っ暗な森の中を目印になるものはないかと探す。さっきの空間よりは明るいけれど、影を作る草木のせいでほとんど見えないも同然の視界。


 この暗がりの中ではリュカの姿すら私には見えない。けど木馬を降りた時手を繋いでそのままだから、見失うことはなかった。


 しかしこの先どちらへ進めばいいのか、どこへ行けばいいのかは見当もつかない。


「リュカには何か見える? 私には全然」

「ちょっとだけ見えるよ。うんと、エルダーはあっち‥‥かな。大丈夫、ゆっくり歩けば木にぶつかったりしないから。手を離さないで」

「うん、お願い」


 リュカは私の手をしっかり握って暗い森の中をどこかへ向かって歩き出した。


 枝を踏む感触、乾いた音。たまに草木が体をかすめるが何かに躓いたりすることはない。暗くても案外歩けるものだ。


 ただ、視界は本当に真っ黒で、それなりの時間経ったというのに全く目が慣れる気配がない。


 たまに木々の隙間から小さな明かりが漏れるけど、それも長くは続かない。普段ならこんな何も見えない暗い森はこわいと思うところ、繋いだ手が頼りになることを知っているからか、不安に思うことはなかった。


「今って夜なのかな」

「どっちだろ」

「リュカでも朝とか夜とかは変えられないの?」

「変えれるよ。‥‥うーん。でもここ、なんだか難しいみたい。エルダーの夢だからかな? それともエルダーとまだ遠いからかなぁ‥‥」

「そっか、そういうこともあるよね」


 それからまた歩く。繋いだ手が熱い気がする。


 リュカはいつも私の名前を呼んでは甘えて引っ付いてきて、悲鳴も女の子みたいだし、私よりもずっと可愛いって形容詞が似合う性格だと思う。

 なのにこういう時は頼りになるし、そういう時ちょっとかっこいいって思っちゃうのが、少しだけ悔しかったりする。


 なんだか私、おかしいのかもしれない。木馬に乗る前から変にリュカを意識してる気がする。


 友達に、男の子だからとか女の子だからとか思いたくない。友達なのに、変に異性として意識したくない。そういうのは嫌だ。


 なのに私はその嫌なことを感じてしまう。リュカはきっとそういうのないのに、私は勝手にそういう風に思ってしまう。

 それは今じゃなくてもたまにあって、そんな時私は自分がたまらなく嫌で仕方なくなる。


 リュカとスキンシップをとっても変に意識したりしないよう、私も男の子だったらよかったのに。


 ‥‥男の子同士で手を繋いだり抱きしめあったりってのも、あんまり見たことないしそれはそれで変なのかもしれないけど。


 なんて思春期的思考に頭を悩ませていると、リュカが立ち止まった。手を繋いでいるから、引っ張られて私も止まる。


「あ、ちょっと待って。えと、呪術 かくれんぼ」


 それから、いつものように呪術を掛けてくれた。


 夢の中は便利で、人形がなくてもなんでもできて、花束だってメリーゴーランドだってぽんと出せる。今は難しいらしいけど、朝も夜も自由に変えられる。


 なのに、なぜだろうと単純な疑問が浮かんだ。


「それ言うんだね、夢の中でも」


 きっと夢の中では口に出して言わなくても呪術が使えるんだろうなと思うのに、わざわざ言うんだなって。


「だって、言った方がチトセは分かりやすいでしょ?」


 暗闇の中で見えないのに、リュカが首を傾げているのは声の感じで分かった。


「どういうこと?」

「んと‥‥想像しやすいかなって。言わなくても、ここでは思えばそうなるけど、チトセはきっとそうじゃない‥‥から?」

「あー‥‥なるほど」


 よく分からないけど、プラシーボ効果ってことだろうか。それなら確かにその通りだ。


 リュカに呪術を掛けてもらったって認識がない限り、きっと私には自分の姿を透明にすることはできない。空も飛べなかったし。


 こわいことを考えたらそれが本当になり、楽しいことを考えればそれも本当になる。私が花束から蜘蛛を出したのも、さっきのメリーゴーランドもまさに想像の産物だ。


「想像力の問題ってことね」


 夢の中では人形を出さなくても呪術が使え、なんでもできるというのは、リュカの想像力の強さゆえ。


 だとしたら、私にはそういう想像力が足りないんだろう。なぜならソフトクリームが食べたいと願ってみても、いつまでたっても手の中にソフトクリームが出てこないから。蜘蛛は一瞬で出てきたのに。


 私にはこわいことは想像できても、夢のある想像はできないのかもしれない。


「ありがとう、リュカ。なんだか夢のルールがわかってきたかも。私が何もできそうにないことも」


 いくら念じてもソフトクリームは出てこない。


「大丈夫。みんなそうだよ。ここが夢の中って分からないうちはできても、夢ってわかるとできなくなるの。嫌なことは簡単に思い出すのに、楽しいことは分かんなくなるんだ。みーんな、そう」

「そっか。嫌な記憶って残るもんね。そういう感じかな」

「けどね、慣れたらできるようになるよ」

「そういうもの?」

「そういうもの!」


 そういえば、私はリュカの頭に犬耳を生やしたんだよね。あれは可愛かったから、楽しい想像だ。でもそれができたのは無意識だったから。


 夢だと認識したら妙に現実的になってしまって、空を飛んだりソフトクリームを出したりは願えても、本当に出たらいいなと思えても、頭のどこかでは出るわけがないと考えてしまう。だからできない。


 けど、できないと思えば思うほどやってみたいという気持ちは膨れてくるものだ。アイスがだめならポップコーンはどうだろうとダメもとで想像してみる。


「だめか‥‥」

「なにが?」

「なんでもない」


 空振りの片手で何度も空を握る。


「あ、待って。チトセ」


 そんなことをしていたら、いつのまにかリュカを追いこしてしまっていたらしい。手を引かれ、足を止める。


「そろそろ気を付けた方がいいかも。誰かがいるの。森の向こうに」

「エルダーさん?」

「エルダーもいるけど、もっとたくさんの人が集まってるみたい。なんだろう‥‥お祭りかなぁ?」

「お祭りなら気を付けなくても良くない?」

「うん、そうだけど‥‥でも、楽しい感じじゃないから」


 まだ遠いけど、森の終わりが近づいているのは視界に入る光の多さでわかってはいた。影絵のような木々のシルエットを目指しながらゆっくり進んでいく。


「楽しい感じじゃないのに、人が沢山いるんだ。お祭りみたいに。なんだろう」


 楽しくないのに人が集まるものと考えて、真っ先に思い浮かぶのは月曜日の朝礼だ。校庭に全校生徒が集まって校長先生の話を聞く、あれ。

 けど、そんなわけもない。


 森の終わりが近づいてきて、隣を歩くリュカの姿もちゃんと見えるくらい明るくなる。どうやらここは朝か昼間らしい。


 顔にかかりそうな蔓を避けて進む。もう少しで森を抜けるぞ、という時、ふっと煙のにおいが鼻をくすぐった。


 焚火とか、田んぼで草を燃す感じじゃない。運動会とかで鳴らす空砲とか、クラッカーみたいな‥‥多分、火薬の臭い。


 お祭りで火薬って言ったら、花火とかだろうか。花火の打ち上げ場所に近いところに出るなら、危険だから離れたい。


「なんか、臭いするね」

「そうだね、お肉でも焼いてるのかな。焦げてるみたい」


 私とリュカで感じてるものが全然違くてなにそれと笑ったその時、周囲に爆音が轟いた。


 地面が揺れ、同時に爆風が襲ってくる。


「ぅ、あっ!」

「きゃぁっ!」


 私達は手を繋いだまま吹き飛ばされ、その場に倒れた。


 目の前で何かが爆発したんじゃないかという音と衝撃だったが、思ったよりは体に響いていない。

 これなら巨大スケルトン戦の時の衝撃波の方がずっと強かった。これも、夢だからだろうか。


「リュカ、大丈夫?」

「うん、平気ぃ‥‥。チトセはぁ‥‥?」

「私も平気」


 いつも私よりずっと遠くに飛んでいくリュカも夢の中だからか今回は隣で倒れている。起き上がるけど、立ち上がるのはなんだか危険な気がしたのでしゃがんだまま森の出口に向かった。


 鬱蒼とした木々の隙間から森の外を確認して、私たちは言葉を失った。


 森の先には広大な荒野が広がっていた。


 かろうじてそこが草原だったんだろうことを想像させる程度には草木がまばらに残っているが、どれも枯れて朽ちてぼろぼろになっている。


 そんな景色の中でたくさんの人間が剣を手にし、銃を持ち、魔法を放ち‥‥殺し合っていた。

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