3
私が清々しい気持ちで後にした陛下の執務室では、バールケ男爵令嬢が自分はヒロインのはずなのに等等ますます不穏なワードを口走ったらしい。さっさと退場していて正解だった。しかし、あの人、実は前世で読んだざまぁされるヒロインみたいな人だったのか。
が、それも私には本当にどうでもいいことだ。王妃の引継ぎも終わり、あとはヴュルツナー公爵の正式な戴冠式を待つだけになったところで、私はお父様の助言もあって、何かと騒がしい王都を離れて、我が実家の領地で、静かに過ごすことにした。
ヴュルツナー公爵から、新しい侯爵家と、本来は聖女と(まだ)陛下が興す公爵家に与える予定だった領地の半分をくれる内定のお知らせをもらっていて、それが我が実家の領地に近かったし。
あのわけのわからない断罪もどきには、私もヴォーヴェライト公爵とヴュルツナー公爵も多少イラつかされたが、聖女と(辛うじてまだ)陛下に与える領地から私への領地をやりくりすることができ、それが我が実家のご近所とは、3人とも今となってはあの断罪もどきに感謝している。聖女と(辛うじてまだ)陛下がどう思っているかは知らない。
「グレーテ様、お客様がいらしています」
領地の館でのんびりと過ごしていると、領地の家令が取り次いできた。珍しい。領地に引っ込んでからはお客様なんて来なかったけれど。
「どなた?」
「アーベントロート卿がいらっしゃいました」
「ユストゥスが?」
意外な名前に驚く。
「サロンにお通ししてちょうだい。すぐ行きます」
「かしこまりました」
ユストゥスとは、王妃となって以来会っていなかったが、商才に富む家として有名な実家のアーベントロート侯爵家の隣国での事業の総括責任者となって活躍していると聞いている。……そして誰かと結婚して幸せになっているだろうか。
そんなことを思いついてちくりとした胸の痛みには気づかぬふりで、私はサロンへ向かった。
「久しぶりだな、グレーテ」
「元気そうね、ユストゥス」
遠い昔のようにざっくばらんに私を迎えてくれるユストゥスにあの日に戻ったように感じた。
「帰ってきていたのね」
「ああ。グレーテが王妃を降りることになりそうだと聞いて、グレーテに会うために帰ってきたんだ」
ユストゥスから意外な言葉を聞いた。
「私に会うために?」
「グレーテは自由になったんだろう。それに新しく侯爵家を興すことになったと聞いた」
「ええ、そうよ」
「配偶者を探すことになるから、どうせ独り身だろうから戻ってこいと、御父上にご連絡をもらったのだ」
お父様ったらいつのまに。というかその連絡で戻ってきたなどと聞いたら期待してしまう。
とその前に、
「独り身なの?」
とっさに漏れた質問に、
「もちろんだ」
ユストゥスは当たり前のように頷いた。
「それで幼い日の約束を果たしてくれるだろうか?」
「覚えていたのね……」
私は王太子の婚約者に決まる前の、遠い日の幼い約束を。
「もちろんだ。今こそあの約束を果たそう」
幼い日、私とユストゥスは、結婚しようと約束した。
その約束は私が王家の肝いりで王太子の婚約者となったことで打ち砕かれてしまったけれど、
「ええ。あの約束を叶えましょう」
今なら叶えられる、あの日の約束を。
こうして、私の悪役令嬢、婚姻後は悪役王妃ではないかと怯える日々は、完全に終わりを告げた。その後の元陛下と聖女?聖女は結界をはる訓練がとっても大変らしく、荒れ狂って元陛下に八つ当たりしていると噂になっているが、元陛下にはぜひ真実の愛で乗り越えてほしい。私も真実の愛を手に入れたので広い心で願うことができる。ざまぁなどとは思っていない。本当だ。
「少し休んだら?」
朝から書類仕事に没頭してきたら、ユストゥスが声をかけてくれた。
ああ、本当にざまぁなどと思う必要なんてないのね。手に手を取り合っていたつもりでもあの人は私を気遣ってくれたことなどなかった。
「ええ。一緒にお茶でもしましょう」
私の誘いの言葉にユストゥスが満面の笑みになった。
……私は、ヒロインにとっては悪役令嬢で悪役王妃だったのかもしれないけど、それでも確かにハッピーエンドを手に入れたのだ。そう思って私も心からの笑顔で応えた。
ブックマーク登録や下の☆をクリックしていただけたら大変励みになります。