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17.三すくみ

 ペーターゼン子爵領は高い山に囲まれた扇形の小さな領地である。馬を使えば三日もあれば領内を廻ることができるだろう。そんな領内には一万人ほどが暮らす町が一つと、人口数百人の村が二つ。町は小高い丘に建つ代官邸から見渡すことができる。

 将軍であるディルクは、掃討作戦が済んでから休む間もなく、最強部隊の内三十名を連れて領内の視察に出発していった。カラタユート兵の生き残りや元々居着いていた山賊などを討伐し、町長や村長に領主が変わったことを告げ、食糧事情や病人の有無を調査するためである。ディルクがこれほど急ぐのは、もちろん愛しのリーナの元へ早く帰りたいからだ。



 代官邸に残された騎士の内、十名は二人の侍女を手伝い、掃除や食事の準備をしていた。残りは捕まえたカラタユートの脱走兵を監視したり、邸内の警備を担当している。

 まだ全ての部屋の掃除が済んでいないため、領主夫妻であるマリオンとエルゼ、ディルクが指揮を執れない事態となった時には指揮官代理となるヴァルター、軍医のゲルティ、そして、ゲルティの妹であるニコラとその義父を名乗るブルーノが、掃除が済んだ大広間で一堂に会していた。


 大広間には何脚かの机と椅子が持ち込まれている。

 マリオンとエルゼは代官邸の資料室に残されていた地図や過去の税の記録を調べ、ゲルティは逃走の旅に必要だと思い森で採取しておいた薬草から薬を作っていた。

 ブルーノは聞き取り調査したカラタユート兵たちの班分けを考えている。五人ほどの班に分けて、班員に連帯責任を負わすことにより相互に監視させようという腹積もりだ。領内の労働力の足りていない場所へ彼らを派遣できるようにブルーノは組織づくりを急いでいた。



「ニコラ嬢、本当に申し訳なかった」

 ゲルティを手伝おうとしていたニコラに近づいたヴァルターは、深々と頭を下げた。

「妹に気軽に近づかないでくれ。ヴァルター殿が馬からニコラを放り投げたことは許さないからな」

 乳棒で薬草をすり潰していた手を止め、ゲルティーがヴァルターを睨む。

「そうだ、そうだ。将軍閣下が受け止めてくれなければ、ニコラは確実に怪我をしていた。本当に許せない」

 ブルーノもヴァルターを睨みつける。


「そうは言うけど、ゲルティ殿だって、ニコラ嬢が着ているワンピースのボタンを引きちぎったではないか! あれの方が女性には失礼だぞ。それに、五歳のニコラ嬢を誘拐したブルーノに私を責める資格があるとでも思っているのか!」

 ニコラに責められるのならともかく、あのような行いをしたゲルティや誘拐犯のブルーノには非難されたくないとヴァルターは思う。

「そうよね。あれは本当に怖かったわ。ヴァルターさんがマントを貸してくれなかったら、私は皆さんに肌をさらすところだった」

 あの時のニコラは、無理やりワンピースのボタンを引きちぎったゲルティより、女性を辱めてはいけないと彼を止めて、マントを貸してくれたヴァルターの方が好ましかった。


「兄のくせにニコラに何ててことしやがる! それ以上絶対に近寄るな」

 ブルーノは吠えるようにゲルティに怒鳴った。

「ご、誤解だ! あれはニコラの痣を確認したかっただけだったんだ。ブルーノ、誘拐犯のお前にだけは責められたくはない。ニコラ、本当のごめん。酷いことをした」

 ゲルティはブルーノを睨んだ後ニコラに頭を下げた。それに倣いヴァルターも再び頭を下げる。

「俺も謝っとくか。ニコラ、本当に悪かった。五歳のニコラを連れ去るなんて、謝って許されることではないが」

 ブルーノも謝罪に加わり、ニコラの周りで三人の男が頭を下げている。


「あの……、ヴァルターさんは騎士として当然なことをしたと思いますし、マントを貸してくれて嬉しかったので」

「ヴァルター殿はニコラを怪我させようとした。簡単に許しては駄目だ」

「そうだ。ニコラを手酷く扱ったのは忘れないぞ。許すことない」

 ヴァルターを許そうとしたニコラをゲルティとブルーノが止めた。


「それに、お兄様の気持ちもわからないではありませんし」

「いや、どんな理由があろうとも、同意なしに女性の服を脱がそうとするなどありえない。ニコラ嬢はもっと怒っていい」

「そうだ。あんな酷い兄なんて忘れてしまえばいいんだ」

 今度はヴァルターとブルーノがニコラを止める。


「お父さんは私を育ててくれた大切な人だと思っています」

「それこそありえないだろう。ニコラを誘拐したんだぞ。普通なら死をもって償ってもらうところだ」

「誘拐犯が父親気取りとは本当に呆れ果てる。恥を知れ。ニコラ嬢はこんな男を本当に許すつもりですか?」

 ゲルティとヴァルターはここぞとばかりにブルーノを責める。二人は一番ニコラの評価が良かったブルーノが気に入らない。

 

 背の低いニコラの頭上で三人の男たちが睨み合っていた。



「気持ちはわかるけど、仕事をしてもらえないですか。ヴァルター兄様は僕と一緒に書類を調べて欲しい」

 睨み合っている三人に、天使のようなマリオンの叱咤が飛ぶ。顔には微笑みが浮かんでいるが、声には怒気をはらんでいた。


「済まない。手が止まっていた。領民が薬を待っているかもしれないから頑張って作るよ。ニコラも手伝ってくれ」

 慌てて乳棒を動かすゲルティ。ニコラは手に持っていたエプロンをかけた。

「俺はあいつらの中で比較的従順そうな男たちを連れて、森へ狩りに行ってくる。釣りや採取も任しておけ」

 ブルーノは慌てて大広間を出ていこうとする。

「逃げたらわかっているな」

 マリオンが睨んだ。

「わかっているって。青碧の闘神を敵に回すほど馬鹿じゃないさ」

 片手を上げてブルーノは出ていった。


 エルゼはそんなマリオンを見て、本当に頼もしいと惚れ直していた。

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