射撃の腕
草原は結構広い。
多分、この城下町をスタート地点として、各々が好きな方角に進んでいくのだろう。いわばこの草原は分岐点だ。
俺たち三人は草原に出ると、すぐに魔物を探した。
少し歩くと、すぐに見たことのない……いや、見慣れた魔物に遭遇した。
一見、巨大な雨粒のような見た目の魔物。丸しか使ってないんじゃないかというほどの単調な顔。そして、ぷるぷると揺れる体。
これはあれだ。スライムだ。
「これはまたベタな魔物が出てきましたね」
「気付いてるか?嘉浩、俊平」
「おう、そりゃ気付くだろ」
スライムの頭上に表示されるアイコンと文字。
魔物の名前と属性が表示されている。スライムは無属性。属性がないということだろう。
「どうするこのスライム。誰が倒す?」
「まずは僕でしょう」
そう言うと、俊平は弓を構えた。背中には矢筒があり、矢が何本か入っていた。
その一本を抜き取り、弓に番える。
「なんでしょう。なんだかしっくりきますね」
俊平の放った矢は、スライムの体の中心を貫いた。
てっきり穴が開くだけだと思ったが、ちゃんと倒せたようだ。
「おっ!やはり魔物を倒すと経験値が得られるようですね。視界にEXP1と表示されましたね」
「やはりゲームだな。次は俺がやろう」
おいおいなんだこいつら。またテンションが上がったぞ。
経験値が得られることなんて最初から予想がついていただろうに、そんなに舞い上がらなくていいだろうが。
俺たち三人は少し歩みを進めた。再びスライムの登場だ。
葵が背中の双剣を抜き、容赦なくスライムを斬る。
これまたあっさりとスライムは倒される。
「ふむ。俺にも経験値が入ったな」
となると、次は俺か。
運よくもう一匹のスライムがこちらへ近づいてきた。愛嬌のある動きだが、別に情けを掛ける必要もないだろう。
俺は銃を構える。俺の攻撃は一回の戦闘で一発しか使えない。しかし、一回の戦闘とはどこからどこまでのことを言うのであろうか。
「とりあえず…」
勢いよく引き金を引く。しかし、固くて引けない。なんでだ?
すると、俺の目の前に何やら文字が表示された。黒い背景に赤文字だ。
『技名を声に出すことで、攻撃が可能になります』
技名…?技名なんてあるのか?それとも俺が勝手に命名してしまっていいということなのだろうか。
そうこうしているうちに、スライムが俺に突進をかましてきた。
「うおっ!」
思ったよりも衝撃が来るものだ。胸のあたりが少し痛い。
やばい、技名ってなんだ!?
葵が隙をついて、スライムを切り捨てた。
「おぉ、すまん」
「あり得ねえぞ嘉浩。お前、スライム如きに何狼狽えてんだよ」
「別に狼狽えてねえよ。ただ技名が―――――――」
「あれで狼狽えてないとは…君は不思議なことを言いますね」
なんだこいつら。なぜ俺をここで煽る必要がある?
曲がりなりにも仲間だぞ?そこはフォローしろよ。
「急に不安になりましたね。嘉浩くん。足を引っ張らないで下さいよ?」
「うるせえな。技名確認するから待ってろ!」
俺は歩きながらアイコンをいじくった。
武器のところを見ると、習得技という欄があり、その中に、『シルバーブレッド』という文字があった。直訳で銀色の弾丸。
これが技名ということか。まったく、分かりづらいシステムだ。
変にゲームチックなところがある所為で、普通の認識とは少しかけ離れた部分があるのだろう。そこは慣れていくしかないな。
再び二匹のスライムに遭遇。今度は違う魔物もついている。ウサギと犬を足して二で割ったような小さな魔物だ。
名前をブルピョン。属性は獣属性。獣は属性に入るのか?
「おい嘉浩!次はいけるんだろうな!」
「ったりめえだ!」
「では二人はスライムを。僕はブルピョンを倒します!」
馬鹿かこのメガネ野郎。
こういう時は普通、飛び道具二人がスライムを倒している隙に、葵がブルピョンに接近するだろう?
まあ、目先の欲に目が眩んだんだろう。このブルピョンとかいう魔物は、どう考えてもスライムよりは経験値の多く貰える魔物だ。
「ちっ!」
葵の奴、何も言わずにさっさとスライムを片付けようとしてやがる。
なぜこいつらはこうも考えが及ばないんだ?
そんなことを考えていると、スライムが俺目がけて再び体当たりをかましてきた。
二度も食らうかそんな攻撃!うまくスライムの体当たりを躱し、銃を構える。そして、叫ぶ。
「シルバーブレッド!」
引き金が急に軽くなった。凄まじい銃声と同時に、銃口から弾丸が飛び出た。目で追えない程のスピードで弾丸はスライムの体にめり込んだ。
よし、命中だ!
「ばかっ!嘉浩てめぇ!」
葵が叫んだとき、俺が狙ったスライムが、大きな光を上げて爆散した。
葵と俊平はぎりぎりのところで爆風を躱すが、その爆風で残りのスライムとブルピョンも倒される。
俺に、合計4のEXPが加算された。
「てっ、てめぇ!」
葵がお怒りのようだ。まあ待て、そう熱くなるな。
「ちょっと待てよ!俺だって何が起きたかわかんねえんだ!」
「凄まじい爆発でしたね。危うく僕たちも巻き添えを食らうところでした」
「てめぇ、俺たちごと巻き込むつもりだったのか?」
「はぁ?」
なんだこの男は。何を言っているんだ。
そんなわけがないだろう。少なくとも俺は、出会って数分の仲間の命を危険に晒すような真似は絶対にしない。
「僕にもそう見えましたね。君はスライムを避けたところで弾丸を放ったようですが、君の傍には僕らがいたんだ。少し考えれば巻き添えを食らうかもしれないことぐらい分かるはずです。どうもあなたは思慮が欠けているようですね」
それをお前が言うか?
だいたいこいつらには良心というものがないのか?
まるで俺が何も考えずに銃弾を放ったような言い方だ。そもそも、俊平が独断で戦略を立てたからこうなったのだ。
「俺が悪かったって!分かったから次に――――――――」
「話になんないな!」
葵のやつ、なぜこうも熱くなる。
「悪いが嘉浩。お前と行動することは出来ない」
「僕も同意です。どうやら僕たち、勇者に成れたとは言っても、仲良くは成れそうにないですね。ここからは三人別行動でいきましょう」
そう言って、葵と俊平はそれぞれどこかへと去って行ってしまった。
ふざけんな。子供かあいつらは。
まあいい。これでようやく一人になれた。
こうなったら俺一人でやってやろうじゃないか。
駄目だ。なぜ当たらない。
葵と俊平と別れて以降、俺は草原で魔物を狩り続けた。しかし、俺の銀色の弾丸は今のところ一発も当たっていない。
あれほどの爆風であれば、少し的を外してもダメージが与えられるとばかり思っていたが、どうやら魔物に命中して初めて爆破するようだ。
当てないことには始まらないというわけだ。
それに、一回の戦闘で一発しか使えないわけだから、外してしまえばそれまで。逃げて次の標的を探さなくてはならない。
まったく、不便だ。
そもそも拳銃など扱ったことのない俺にとって、こんなの無茶な話だ。
しかしそうも言いきれないのが辛いのだ。俊平の奴は、使い慣れていない、いや多分現実では使ったことのないであろう弓を使いこなしていた。
それは俊平が勇者だからだ。
俺だって勇者だ。なのになぜこうも拳銃を扱えないのだろうか。
自分にイライラする。
「くっそ!全然当たんねえ!」
俺は川を見つけた。一先ず休憩をしよう。まだ30分ほどしか動いていないが、色々あって疲れた。
川辺に腰を下ろし、俺は顔を洗った。冷たく澄んだ水が気持ち良い。
ふと顔を上げ、隣に目を移す。そこには、小動物の姿があった。
可愛らしい小動物だが、どこかで見たことがある。
「あっ!」
ブルピョンだ。頭上に表示されるブルピョンの文字。ブルピョンは至近距離で俺に牙を向ける。噛みつかれる前に撃たなければ…!
引き金を引くと飛び出す弾丸。弾丸はブルピョンの頭に命中するが、同時に激しい爆発を巻き起こした。
俺は両手で何とか顔を防いだが、爆風で激しく吹き飛ばされる。背中が痛い!
「くっそ…!」
俺を慰めるかの如く、視界にEXP2が表示される。
そして…
レベルアップ 1→2
攻撃+1 防御+0
やはりレベルアップ機能はあるようだ。それにしても攻撃+1か…。これは先が長そうだ…。
加えてこの世界、こんなに痛いとは…やはりゲームとは違う。
しかしこのままでは本当にまずい。まずは射撃センスを上げなければ…。
川辺で休みながらステータス等を見ていた俺は、この世界とゲームの大きな違いを発見した。
この世界にはHPという概念が存在しないのだ。
ステータスや武器装備など、これだけゲームに酷似したこの世界で、HPという概念が存在しないのだ。これは驚きだ。
これはつまり、命だとか体力だとかそういう類のものは、上げようがないということだ。
この点だけ妙に現実じみていて嫌だな。そのうち精神的に来そうだな。
それにしても、どうしたものか。
射撃の腕を上げたいところだが、この銃では練習することも出来ない。
かといってこのままの腕でこれから先乗り越えられるわけもない。
やはり一度、城下町に戻る必要がありそうだ。
軍資金としてもらった銀貨500枚がある。
俺が今着ている黒と緑を混ぜたような色をした勇者の服。これはなかなかの耐久性があるようで、今すぐに防具を買う必要はなさそうだ。
しかしそのうちボロが出そうだ。まずは武器屋でも探すか。そこで射撃のことを相談してみるのもいいだろう。
俺はとりあえず、城下町へ戻るために歩き始めた。