花言葉
昼食を終えた直人と葵衣は藤堂の指示でショッピングモールの2階を探索することにした。3人の足音だけがフロアに寂しく響いていた。静寂に包まれた空気を藤堂が切り裂くように口を開く。
「そういえば、君たちの名前と年齢は?」
「俺は隅田直人って言います。17歳の高校2年生です。」
直人に続けて葵衣も答える。
「私は橘葵衣。年齢は同じ17歳ですけど高3です。」
まさか年上だとは思わなかった。
「あ、俺よりも1つ先輩なんですね。」
直後に藤堂がゆっくりと口を開く。
「2人ともありがとう。ちなみに私は58歳で元の世界では三星レストランを経営していたんだ。」
なるほど。昼に食べた料理が今まで食べたことのないほど、おいしかったのも納得だ。しばらく歩いていると、トレンドの衣料品店や靴・バッグの専門店が立ち並ぶ通りへ出た。
葵衣は買いものカゴに次々と洋服を入れていく。意外とファッションにこだわりがあるようだ。その様子をただただ見つめる直人と、面白がるように眺める藤堂。その視線を感じ取った葵衣が少し強い口調で言葉を発する。
「なんですか。良いでしょう?この世界には、私たち3人しかいないんですから。」
悪かったと藤堂が軽く頭を下げた。直人もそれに続く。それにしても相変わらず人が見当たらない。
葵衣がたくさんの洋服を手に入れて満足したところで、3人は衣料品店を後にして歩きだす。買いものカゴを右手に下げた葵衣は、時々手が疲れたのか持つ手を変えながら歩いていくのだった。しばらくして、通りを抜けると少し先に落ち着いた雰囲気のカフェテリアが見えてきた。3人は歩き疲れたのでここで一休みすることにした。店内は先ほどのレストラン同様、音楽1つ流れずに静寂を保っていた。ただ、花瓶に飾られた一輪の白い鈴蘭が窓から吹き込んでくる隙間風に揺られていた。突然、葵衣が話し出す。
「鈴蘭、花言葉は純粋、謙虚、そして再び幸せが訪れる。ただ、植物全体には毒が含まれていますが。」
藤堂は感心したように言葉を返す。
「へぇ。為になるな。面白いじゃないか。」
一方、直人は心のなかで何を言ってるんだと思った。藤堂は店のカウンターキッチンへと足を踏み入れると、即席でコーヒーを作り始めた。3つの花柄のティーカップにそれが注がれると、たちまち店内は、淹れたてのコーヒーの香ばしい匂いで包まれた。葵衣は頂きますと小声で言って、少し冷ましてから口にする。直人もそれに続いてカップの取っ手を手にする。すごくおいしかったのだが、直人は藤堂のカップを見てみると、マシュマロやチョコレートがトッピングされていることに気づき、自分だけ贅沢をしている藤堂に少し腹を立てた。コーヒーを飲み終えて一休みした3人は、カフェテリアを後にして再び歩き出す。店内の机には1輪の鈴蘭と3つのティーカップが、窓から差し込む夕日で輝いていた。3人はカフェテリアを出てすぐのところにあった小さい本屋に寄ることにした。扉はなく広々とした入口から店内に入る。本棚には雑誌から漫画、小説、学術書など小さい本屋ながら幅広い種類の本がジャンルごとに綺麗に整頓され、木製の本棚に並べられていた。藤堂は本棚をしばらく見つめると急に立ち止まって、1冊の本を手に取る。表紙には色とりどりの花の写真に大きめの文字で「花言葉の考古学②」と書かれていた。直人が質問をする。
「さっき、橘さんが花言葉を言っていたからですか?」
「まぁ、そんなところだよ。」
直人は再び質問をする。
「なんで、1巻ではなくて2巻を読むんですか?」
「表紙が2巻の方が面白そうだったからな。」
花言葉の考古学は全部で3巻並べられていた。ただ、直人は3人だけしか存在しないにもかかわらず、藤堂が全ての巻を取らずに2巻だけを取ったことに、少し違和感を覚えたのだった。一方の葵衣は「全日本住宅詳細図翠川市」と金色の文字で書かれた百科事典のように分厚い冊子を、両手で抱えながら持ってきた。藤堂がひとり言を呟く。
「この辺りの地図か…」
カフェテリアの窓から差し込んだものと思われる光は、夕日でオレンジ色で光り輝やいていた。それを見て3人は本屋を後にして帰ることにする。直人は1冊も手に取らずに藤堂と葵衣の横を歩く。そして、エレベーターへ向かって歩き出す。ティーカップと花瓶が並べられているカフェテリア、高そうな靴・バッグの専門店、品揃いの豊富な衣料品店を横目にどんどん歩いていく。前方にエレベーターが見えた。3人は同時に乗り込むと、葵衣と直人は自分の家に向かうため1階のボタン、藤堂はレストランがある3階のボタンを順番に押した。エレベーターはまず、1階へ到着した。
「明日もここへ来なさい。朝ごはんを用意しておくから。」
藤堂はそう言って2人を見送ると扉が閉まり、エレベーターはどこか寂しげに3階へと上昇を始めた。
直人と葵衣は薄暗い夜道をぽつぽつと歩いて行く。
寂しさや恐怖を掻き消そうと、直人は
「そういえば──」と口を開く。
「橘さんの家はどこらへんなんですか?」
「翠川高校から徒歩で20分ほどの場所です。」
「結構かかるんですね。」
直人はそんな何気ない会話を交わすことで、なんとか恐怖を紛らせようとする。
今度は葵衣から直人に話しかける。
「怖いんですか?」
直人は少し口調が強くなる。
「逆に怖くないんですか?薄暗くなってきて街灯も他の家の電気もないし、いつ帰れるかもわからない。一生ここに閉じ込められるかもしれないんですよ?」
葵衣はしばらく黙り込んでから、少し進んだ十字路で歩みを止めると、
「そろそろ曲がります。」とだけ言って、十字路を右へ曲がろうとする。そこへ直人が言葉を発する。
「明日の7時半に、この十字路で集合しましょう。そうしてから、藤堂さんのいるレストランに行きませんか?」
「わかりました。やっぱり1人だと怖いんですね。」
葵衣はそう言って十字路を右へ曲がり、直人は黙って道を直進する。しばらくして、直人は家へ到着した。ポケットから鍵を取り出して、家のなかへと入るとため息をつきながらサムターンを回して鍵をかける。
鍵をかけようがかけまいが、この世界にはたった3人しかいないというのに──




