1話「ガニメデからの帰り道」
木星の衛星ガニメデで凍結野菜を納品した後、久しぶりに火星に帰る途中だった。磁気嵐が発生したと宇宙船のAIが言うので、近くのスペースダストに避難しようとしていたら、唐突にエネルギーがエンプティマークになった。
「おい、この前整備したばかりだろ。ガニメデの水分で錆びたか」
バッテリーを見に行く間も警報は鳴りっぱなしで、AIに消すよう言ったが、全然聞いてはくれない。
AIが動いているなら、電力はあるはずだ。別に予備電源にも移行していない。
「異常エネルギーを検出しました。操縦席に戻ってください」
「え、どうなってるんだ!?」
AIに言われるがまま、操縦席に戻りシートベルトを締めた。
直後、衝撃音とともに目の前のスクリーンが真っ白に変わる。外付けのカメラが吹っ飛ぶほどの隕石と当たったらしい。
「くそっ」
「システムオールクラッシュ……」
「冗談言ってる場合じゃないぞ」
別のカメラに切り替えると、近くに見えていたはずのスペースダストが消えていた。代わりに、青く緑のある惑星が見えた。
「地球に緊急ワープしたか」
「いえ、座標が違います。ただ、突如発生したワープホールに入ったことは確かなようです。バッテリーの電力が戻りました」
「周囲に他の惑星はあるか」
「いえ、あの青い星の衛星が一つあるくらいで、別の惑星まで二週間ほど掛かりますね。太陽系に似ていますが、別の銀河のようです」
この時点で、俺は一生かけても太陽系に帰れないことを悟った。
「あの惑星の文明レベルが分かるか」
「近づいてみないことにはわかりませんが、雲の比率から産業革命以前に近い気候なのではないかと思います」
「行ってみるしかないか」
「行ってみるしかないと言うよりも、現状で電力はフルですが、航行能力基盤が失われました」
「え、じゃあ宇宙を漂うだけ」
「いえ、惑星に引き寄せられています。直ちに、安全姿勢のまま海に落ちることを祈ることしかできないのか」
「その通りです。墜落直前に逆噴射を使う緊急処置は行いますか」
「もちろんだ。ここからオートパイロットでいい。怪我くらいならいいが、死なないようにだけ頼む」
「50パーセントといったところです」
全身から汗を噴き出しながら、惑星の大気圏に突入。
「驚異的です。酸素と窒素、二酸化炭素量は地球と同程度で安定してます。地球にはないエネルギーも検出しました」
AIは勝手に興奮しているようだが、船体は大きく揺れ続けていて返事はできない。
モニターが床に落ち、浮いていたはずの照明が落下してバリバリと割れていく。重力が強い。
ふいに逆噴射で浮き上がり、地面に不時着したらしい。
「全船70パーセント以上破損。操縦室のみ活動可能のため、操縦者ソウヘイの心拍と呼吸を確認。バッテリー切れのため、これにて……」
AIが切れた。俺はどうやら無事らしい。重い身体からベルトを外して、操縦席を離れ、後ろのドアを開ける。
むせ返るような緑の臭いと空気に押しつぶされそうになった。気圧に襲われているような感覚だ。本当に操縦室と、バッテリーと制御基盤が残っているぐらいで、ほとんど破損している。商品もなく空輸送だったことが救いか。
「文明はあるのか」
それにしても宇宙生活をしていた人間にはこの惑星の重力はキツい。酸素濃度はちょうどいいようだ。手首につけているヘルスパッドでも危険水域には達していない。別に放射能などもなさそうだ。
俺は森に落ちたらしい。それほど植物も地球のものと変わらない。動物もいるようだが、小型が多いのだろうか。
そう思ったら、重低音の鳴き声が森の奥のほうから聞こえてきた。当然、空からこんな大きな物が落ちてくれば警戒して当たり前か。近くに水源があり、水質検査をすると驚くほどきれいな硬水だった。
「とりあえず生きていけるか」
そう思ったが、森の奥から低い獣の鳴き声が聞こえてきた。武器なんてない。あったとしてもどこかに飛ばされているだろう。
俺は逃げるように、その場から離れた。
川を下り、橋を見つけた時は興奮した。
「人工物だ。車輪も発明されているみたいだな」
ぬかるみに轍ができている。ただ、車輪の幅がかなり細い。ゴム製のタイヤではなさそうだ。
とりあえず車輪の痕跡を追えば、街にたどり着くと期待して行くと、爬虫類の顔をした人型のモンスターが荷物を背負って歩いていた。遠くを見れば、頭の上に兎耳を付けた者もいる。
「獣人か」
驚いている俺に、トカゲ頭の男が話しかけてきたが、何を喋っているのかわからない。とりあえず、手首のデバイスで喋っている言語を収集する。お礼を言って、兎耳の中年女性にも喋ってもらった。そこから解読して、脳の言語野にインストールした。
「話せていますか」
「え、わかるの?」
「よかった。街は向こうですか」
「そう。変な格好のお兄さん、あんまり慌てなくても、まだ日は高いよ」
日が落ちると城壁が閉まるらしい。中世か近世あたりの文明度だろうか。
「森にモンスターのような怪物は出ますか」
「魔物が出るよ。どうした? 会ったのかい?」
「ええ、声を聞いて慌てて逃げてきました」
「そうか。まぁ、でも、こんな辺鄙なところには大した魔物は出ないよ」
「場所によって違うんですかね」
「そうさ。魔王城の周辺や魔女の森なんかは多いみたいだよ」
この世界には魔王がいるのか。そう言えば、AIが地球にはないエネルギーがあると言っていた。
「あなたは魔法使いかなにか。珍しい服よね」
「いえ、魔法の適性がなかったので錬金術の実験を繰り返していたら、こんな風になってしまいました」
俺が着ているのは、防水性と通気性を兼ね備えた宇宙の引きこもりにはピッタリの服だ。
「あら、そう。随分苦労したのね」
「長く森に籠もっていたら、すっかり変わってしまい混乱しているところです」
「気の毒に。街に行けば、薬草を回復薬にするような仕事が見つかると良いわね」
草食系の獣人だからか親切だ。いや、俺が荷物を何も持っていないからか。しかも、この星の重力で疲れ切っている。運動はしておいたほうがいいな。
「ええ、仕事があるといいんですけど」
「あ、ほら、街が見えてきた」
街の周囲に城壁があり、物見塔がいくつかある。敵がいるのか、それとも魔物の被害が多いのだろうか。
門に兵士が立っている。自動ではないセキュリティは人生で始めてみたかも知れない。歴史が好きでよかった。
「仕事を探している錬金術師です。この街の医療にお役に立てるかと思います」
「わかったから、早く行け」
門兵には怒られてしまった。




