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21.子猫ちゃんたちは、ハッピーエンドを見届ける!【完】

「レイラせんせ~~~っ!」


 うにゃーっ! と突撃したディディを先生は受け止め……きれず、巻き込まれたまま、休日仕様のラフな服を着たメイブル兄に受け止められた。

 後ろから「あ! お兄様!」と、ブラコン・メイブルの声が響いた。……が、ただの騒音なので無視でOK。


 というか、それよりも?


 抱き着いた先生は、昨日ディディがプロデュースしたドレスを着ていない。

 お化粧も落ちていて、まっさらなスッピン。髪もふわふわで、いつもより数段幼く見える。

 はっきり言って、超超超可愛い。


 でも、一体どこで着替えたの!?


「せんせえ、ドレス嫌だったの……?」


 ディディの涙がぽろりとこぼれると、すかさず「馬鹿ねえ」と意地悪な声が聞こえてきた。

 声の正体はもちろんメイブルである。


「ばかってなに!? ばかって言ったほうが、ばかなんだからね!」


 ディディが言い返すと「ふんっ」と鼻を鳴らしたメイブルが「お子様なんだから」と言い、耳を貸せと言いやがる。

 ディディは、まったく何なんだ、と思いつつもメイブルの口元に自身の耳を寄せる。


「お兄様と先生は、ヤっちゃったのよ。だから、ドレスが違うし、お化粧もしていないの」

「えっ、『ヤっちゃった』って何を?」


 ディディは首をかしげ、大きな声で質問する。

 分からないことは、大きな声で聞く。これは鉄則である。

 一瞬、ぶわっと寒気を感じたが、これは多分気のせいなので無視。


「もう、ほんっとディディってばお子様よね。大人の事情ってやつよ! ディディにはまだ早いから知らなくていいわよ。……ねえ、お兄様、先生。私はちゃあんと分かってるからね、二人のこと」


 前者の言葉に、ムッカァ……! としていると、メイブルのイケメン兄こと先生の旦那様(確定)のエリックが、きょとん顔の先生の両耳を左右の手で押さえ、青筋を立てながらも笑顔という器用な芸当をしていた。


「メイ、余計なことを吹き込むのはやめなさい」


 注意するイケメンの声は、なんだか焦っているように聞こえる。


「え~、だって事実じゃない。お兄様、なんだか浮かれてるし……顔だってツヤツヤしてるわよ?」


 メイブルは意地悪な笑みを浮かべながら、自身の兄をからかうように言う。

 その様子に、エリックはさすがに顔を赤くし、無言で妹の腰を掴んで小脇に抱え、「ちょっと失礼する」と言い、メイブルを小脇に抱えたままスタスタと廊下の端へと向かっていった。


「ちょっとお話しようか、メイ」

「お、お兄様! 降ろしてえ~!」


 その後ろ姿には、普段の堂々とした近衛騎士の風格はなく、ただの『お兄ちゃん』がいた。


「エリック様って……こんな一面もあるんですね」


 ぽつりと呟く先生を、ディディはキラキラした目で見上げ、無邪気に尋ねる。


「ねえ、せんせえ? メイブルのおにいさまと『ヤっちゃった』の?」

「えっ」


 予想外の質問に、先生は顔を真っ赤にしてしどろもどろ。


「……ねえ、せんせえ? わたしに昨日のことをじっくり聞かせて?」


 先生がまごついているのをこれ幸いとばかりに、ディディは私室でじっくり話を聞くことにした。


 途中で邪魔されたくないので、部屋への立ち入りは制限済み。許可した人以外、立ち入り禁止!それに、今日はメイブル兄妹と話す気分じゃないもので。

 なのでお二人とも、お帰りくださいませ。さよなら~。



 ◇



「しゅてき」


 ディディはうっとりと呟いた。


 ディディ(のお祖父ちゃま)が企画した舞踏会で出会った二人は、そこでお互いに一目で恋に落ち、結婚の約束をしたのだそう。

 恥ずかしがり屋な先生の口から上記のことが語られたわけではないのだが、ローバック家の名探偵(自称)であるディディには、まるっとお見通しなのである。


『赤薔薇の広間』の真ん中で、キラキラと光るシャンデリアの下、二人が踊る姿はまさに絵画のようだったに違いない。

 人々の視線を一身に集め、その優雅な動きと華やかな雰囲気が、広間全体に魔法のような瞬間をもたらし、まさに時間が止まったかのような……そんな美しい光景が浮かぶようだ。


(見たかったなあ)


 ディディは、ふう、と息を吐き、自分付きのメイド・ジュリエットが淹れたお茶を飲む。


 今日のお茶は、先生の好きな花茶だ。

 さすが、ジュリエット。気が利くねえ、と思っていると、カサリと手に紙の感触。


「……? え?」


(にゃ! にゃんだって〜!?)


 ジュリエットより握らされた小さな紙には、先生がドレスを着ていない理由が書かれていた。


(せんせえは、キラキラな空間で物語のヒロインみたいに踊ってない!? しかもあのドレスでイケメンと出会ってない!?)


 バッと勢いよくジュリエットのほうに目をやると、彼女は残念そうに眉を下げこくんと頷くではないか……!


「うわ~~~んっ!!!!!」


 ディディはガチ泣きした。びいびい泣いた。なんなら、誘拐されたときよりも盛大に泣いた。

 だって、黙れって怒られないし、優しく背中を撫でられると泣いちゃうのがセオリーだから。


「まあまあまあまあ! お嬢様、泣かないでくださいまし! どうして泣いているのか、このジュリエットに話してくださいまし……っ!」


(さすが、ジュリエット!)


 この子の夏のボーナスは、色を付けるようお祖父ちゃまに言っておこう、と決めたディディである。


「せんせえ、ひどいよぉ! わたしの用意したドレスを他の人にあげちゃうなんて……!」


 涙は敢えて拭かないのがミソだ。罪悪感を植え付けるのである。


「お、お嬢様、ごめんなさい……本当に、申し訳ありません……」

「ひえっ! せんせえっ! ま、待って!?」


 ディディは、先生が床に頭を付けて謝ろうとするのを慌てて止め、再び椅子に座らせた。さらに、先生が再び席を立たないように、手をぎゅっと握って拘束することも忘れない。

 床に頭を付けて謝るのはアマンダだけでいい。


「せんせえ? ほんとに反省してるぅ?」

「……はい、本当に申し訳ございません」

「それ、証明できるぅ?」

「証明、ですか……? 何をすれば良いのでしょう? 私にできることなら、何でもさせてください」


「よし! 言質ゲット!」


 ディディの表情が一瞬で変わり、悲しげな顔から満面の笑顔へと転じる。


 先生の「えっ?」と戸惑う声が聞こえたが、こちらには言質があるのでもう遅い!


「せんせえと、メイブルのおにいさまの結婚式は、わたしにぜーんぶ任せてくれるって約束したら許してあげるっ!」





 ◇◇◇





 雲ひとつない澄み渡る青空の下、幸せの鐘が高らかに鳴り響く。


 今日は誰もが待ち望んだ結婚式の日だ。

 紆余曲折を経て実現した二人の結婚式。準備期間はたった半年だったが、それはもう盛大なものとなった。


 吃驚なのが参加者の面々。

 友人席に我が国の王子様がいたことも十分驚きなのだが、お忍びの王様を見つけたときは、驚きすぎて二メートルくらい浮いた(※浮いてない)。隣のメイブルなんて五メートルは浮いていた(※浮いてない)。


 会場はローバック大商会が誇る、グローヴァー大聖堂のチャペル。

 高くそびえるアーチ型の天井には、歴史あるフレスコ画が描かれ、訪れる人々を包み込むような威厳がある。

 ステンドグラスを通して差し込む陽の光がチャペル内を幻想的な光の海と化し、天使や聖人たちが七色に輝いて虹色の影を落とす。中央の祭壇には百合の花が飾られ、その香りがチャペル全体に漂っていた。


 普段、ここは開放していない。

 だが、ディディが()()()()頑張って交渉した結果、使えることになったのだ。


 そんな素敵な空間で、ディディはうっとりと新郎新婦を眺める。


 先生の装いは、クラシカルで上品な長袖のウェディングドレス。

 優雅さの中に控えめな可憐さが漂うそのドレスは、まさに先生のイメージそのもの。


 透け感のあるチュール素材で仕立てられた袖部分には、白い花々の刺繍が丁寧に施されている。

 実はこの刺繍、先生自らが一針一針縫い込んだものだ。

 刺繡の花は一体どんな種類か、見た者にははっきりとは分からないけれど、その繊細で愛らしいデザインは、先生の柔らかで控えめな魅力を引き立てるようで、思わず見惚れてしまう。


 ドレスのシルエットはAライン。裾に向かってふんわりと広がり、まるで花嫁自身が花開いているかのような優美さが漂う。


 背面のデザインには特にこだわりがあり、背中が大胆に開いた編み上げタイプ。繊細なリボンで編み上げられたそのデザインは、クラシックな気品の中にほんの少しの大人らしい艶やかさを忍ばせ、先生の意外な一面を感じさせる仕掛けだ。


(せんせえの背中、セクシー! ひゅー!)


 ……と、ここでふと思い出す。

 新郎からは『露出は控えめに! うんたらかんたら~(略)』という、長ったらしい嘆願書が届いていたとかいなかったとか……いや、届いてないことにしよう。

 うん、届いてない。届いてないったら、届いてないのだ。そう、そんなものはなかった。


 さて、気を取り直して。


 ベールとトレーンはとにかく長ぁくした。

 理由は、お金がかかった感じがしていいからだが、それは話さないほうがいいとメイブルにアドバイスを受けたので、ここだけの話にしてもらえると大変助かる。


「はあ、綺麗だねえ」

「本当にね。お兄様も格好良いわ」


 ディディはメイブルと共に、うっとりと新郎新婦に見とれた。



「新郎、エリック。あなたはここにいるレイラを悲しみ深いときも、喜びに充ちたときも、共に過ごし、愛をもって互いに支えあうことを誓いますか?」

「誓います」


「新婦、レイラ。あなたもまたここにいるエリックを悲しみ深いときも、喜びに充ちたときも、共に過ごし、愛をもって互いに支えあうことを誓いますか?」

「はい、誓います」


 誓いの言葉が終わり、会場に一瞬の静寂が訪れる。


 次は、指輪の交換だ。


 メイブルの兄──新郎・エリックが緩やかな動作で銀の指輪を取り出すのが見える。

 その指先が微かに震えているのは、彼もまた緊張している証なのかもしれない。

 先生──新婦・レイラも同じだ。緊張で手を小さく震わせている。指輪を持つ手に視線を落とす表情は少し硬く、唇をきゅっと引き結んでいる。


 遠くからでは二人の会話は聞こえない。

 けれど、新郎が新婦にそっと優しい言葉をかけている様子が見て取れた。


 新郎の口元には微かな笑みが浮かび、目を細めての不安を解きほぐすように、低く囁いている。

 新婦が少しずつ肩の力を抜き、新郎の視線に安心を見出していくのが分かる。

 会場全体が、二人の柔らかな空気に包まれていくようだ。


 指輪の交換が無事に終わり、次に行われるのは新婦のベールアップ。

 新郎がゆっくりとベールに手をかけ、繊細な手つきでそっと持ち上げる。

 顔を覆っていた薄絹が取り払われ、新婦の顔がはっきりと露わになると、会場からは抑えきれない感嘆のため息が漏れた。

 新婦の頬に赤みが差し、緊張と感動で潤んだ瞳が美しく輝いていた。


 ディディは思わず息を呑んだ。


 だって、この瞬間を待っていたのだもの!


 ディディの胸が高鳴り、手のひらに汗が滲むのを感じる。


 ──そう、いよいよ誓いのキスである!


 新郎がそっと新婦に近づく。

 新婦は視線を揺らしながら彼を見上げ、唇が微かに震えていた。

 会場が静まり返る中、新郎は彼女の頬に優しく手を添え、そして唇を重ねた。

 瞬間、会場に歓声と拍手が響き渡る。


 ディディは両手が痛くなるほどの拍手を贈り、鼻息の荒いメイブルとにゃあにゃあ騒ぐ。



 ──……が、どうにも長い。……いや、かなり長い。


 キスが、長すぎる。


 会場がざわつき始め、神父が咳払いをするも、二人はまったく気づかない。


「ねえ。誓いのキスってこんなに長くするものなの?」

 ディディは、隣にいるメイブルに耳打ちをした。

「いえ? 上の兄たちはもっと短かったわ。……ていうか、本当に長い……もう三分以上経ってるのに」

 さらに三分後。

「……………まだしてるよ」

「……そうね」


 二人が小声でにゃあにゃあしている間にも、新郎と新婦はお互いの世界にどっぷり浸かっており、二人の距離は、まるで磁石のように引き合ったまま離れない。

 神父がもう一度咳払いをしたが、二人は依然として無反応。

 新郎の片手は優しく新婦の頬に添えられ、もう片方の手は彼女の腰に回っていて、完全に周囲の存在を忘れている様子だ。


「……メイブル?」

「……何よ」

「止めに行く?」

「……そ、それは……だめよ」

「え~、でもぉ」

「わかった。あと一分……いや、二分……ううん、三分だけ待ちましょ」


 ディディはメイブルの言葉に、「う~ん」と悩ましげに唸り、心の中でギルの言葉を思いだし、反省する。


 どうやら、この夫婦には『会えない時間で愛を育てる』なんてスパイスはまったくの無意味だったらしい。

 彼らの愛は、常に一緒にいることでさらに深まるものだったのだ。



 やがて、会場のざわめきがピークに達した頃、ついに新郎がゆっくりと顔を離し、新婦とお互いに照れ笑いを浮かべた。


「なんだかとんでもない夫婦になりそうね」

 メイブルが呆れたような声を漏らす。


「でも、あの二人ならきっと大丈夫!」


 ディディは満足げに大きく頷いた。




 ステンドグラス窓の外では、春の気配が静かに満ちていた。


 柔らかな風が木々を揺らし、膨らみ始めた蕾が陽の光を受けてほのかに色づく。

 まるで、新しい未来を迎える二人を祝福するように──




【完】

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― 新着の感想 ―
最後までとても楽しかったです。 前半、アイラの苦悩が切なく哀しく、父親の悪事の証拠を探すところはハラハラしてしまいました。 後半は子猫ちゃんたちのおかげで可愛らしくも勢いのあるお話になって(^^) …
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