第4章 — 不思議な夢
SE - こちらが新しい話です!公開が遅れてしまったことを、あらかじめお詫び申し上げます。試験勉強に多くの時間を取られてしまっています。
どうぞお楽しみください!そして、私たちが心を込めてお届けするこの作品を、皆さんにシェアしていただけると大変励みになります。
家に帰り、最悪の事態はもう過ぎ去ったのだと感じながら、僕はダイアナがテーブルを整え、皿を並べるのを手伝った。誰も何も話さなかった。エラリオンが語っていた話も、まるでこの場には存在しないかのようだった。
それでも、ほんの数時間前に起きた出来事を忘れることはできなかった。家具の装飾品は床に散らばったままで、エラリオンの身体にあるあざも消えていなかった。しかし、夕食の席では誰もそのことに触れなかった。
「ねえ、あなた。午後はずっとどこに行っていたの?」
ダイアナは、運んでいく皿を整えながら尋ねた。
「あ、ああ……その……マックスの家に……行ってたんだ……はは……」
僕は彼女の視線を避けながら答えた。
ダイアナは僕から目をそらさなかった。僕が嘘をついていることに気づいていたのだ。それでも、内心では怒りを抱えながら、表面上は輝くような笑顔を浮かべていた。
「あら……本当? なるほどね……。そこで何か問題が起きていなければいいのだけれど。わざわざ私が直接謝りに行かなければならないようなことがね」
そう言うと、彼女はテーブルから離れていった。
不安を感じながら、僕はこの間ずっと一言も話さなかったエラリオンを見つめた。
彼の痛みは消えていた。しかし、その身体にはまだ恐怖が刻み込まれているようだった。
「父さん……何があったの……?」
僕の言葉は途中で遮られた。
「今日は話したくないんだ。おやすみ、息子よ」
そう答えると、父さんは立ち上がり、足を引きずりながらテーブルから離れていった。
「おやすみなさい、父さん……」
(うーん……裏切られたと感じているのかな? 結局、僕は母さんと一緒に父さんを置き去りにしてしまったんだから……)
僕はあくびをした。
(……慌ただしい午前と午後を過ごしたせいで、もう疲れた。そろそろ寝よう)
僕は席を立ち、ダイアナのいる台所へ向かった。
「母さん、もう寝るね」
「いいわよ、行っても。でも、その前に……服の間に何を隠しているの?」
ダイアナは真剣な眼差しで尋ねた。
(えっ!? バレた!? 考えろ……何か嘘を……そうだ!)
「えっ……? ああ……これは父さんがプレゼントに買ってくれた物語の本だよ……」
僕は笑顔を浮かべながら、本を取り出して彼女に見せた。
その瞬間、床が揺れ、皿がガタガタと震え始めた。
ダイアナの怒りが、今にも解き放たれようとしていた。
「……そう。父さんがプレゼントとして買ってくれたのね。気に入るといいわね」
彼女はため息をつきながら言った。
「え、えっと……じゃあ、おやすみ、母さん……」
僕は近づいて、彼女を抱きしめようとした。
台所を出て、数歩進んだところで、何かが壊れる音が聞こえた。
何が起きたのか知りたかった。けれど……。
この日、僕が学んだことが一つあるとすれば、それは好奇心が必ずしも良いものではないということだ。
自分の身の安全のため、僕はそれ以上詮索するのをやめた。
自分の部屋に入り、扉を閉めると、僕はベッドに飛び込んだ。
靴を脱ぎ、言葉では説明できないほどの幸福感に包まれながら横になった。
……しかし。
毛布はまだ濡れたままだった。朝、乾かすために外へ出しておくのを忘れていたのだ。
仕方なく、僕はクローゼットから冬に使う厚手の毛布を取り出した。子供の身体には少々重すぎる代物だったが、ほかに選択肢はなかった。
残された力を振り絞り、毛布をベッドの上に投げ出すと、両側へ広げて整えた。
すっかり疲れ果てた僕は、寝間着に着替えることさえ全力で行い、ようやくベッドに横になった。
最初は問題なかった。
しかし、時間が経つにつれて、不快感が増していった。
暑さを避けようとベッドの上で何度も寝返りを打ったが、努力は無駄だった。それどころか、身体を動かすたびに摩擦が生じ、余計に暑くなってしまった。
とうとう我慢できなくなった僕は、毛布を脇へ放り投げた。
すると、少しずつ暑さが和らいでいった。
身体が再び呼吸を取り戻すような感覚。まるで、冷たい毛布に優しく包み込まれているかのようだった。
(ああ……気持ちいい……。どんなことがあっても、人間はいつだって喜んでベッドに迎え入れられるものなんだな)
僕は、この素晴らしいひとときに笑みを浮かべた。
時間が過ぎていった。
心地よさに浸っているうちに、いつの間にか眠りに落ちていた。
服以外、身体を覆うものが何もなかったことなど、特に気にも留めなかった。
やがて、僕の視界は暗闇の中をさまよい始めた。
回転し、上昇し、そして下降する。
時間が過ぎても、僕は終わりのない暗闇の道を進み続けていた。
(ここは……どこだ?)
夢の中の景色はぼんやりとしていた。
周囲のものも曖昧だったが、冷たさだけははっきりと感じられた。
僕はあらゆる方向を見渡し、動き始めた。
近づくたびに、蜃気楼のようなものが実体を持ち始め、そばにいる間だけ、その姿がはっきりと見えるようになった。
(いったい、どんな夢なんだ? 明晰夢ではないはずなのに、自由に動ける……)
僕は道らしき場所を歩いていた。
蜃気楼のような景色は次第に細長くなり、両方向へと続く道を形作っていた。
歩き続けるうちに、目を覚ましたいという気持ちが湧き上がってきた。そして、不安も少しずつ大きくなっていった。
(この道はいったいどこまで続くんだ? 同じ場所をぐるぐる回っているような気がする……)
苛立ちながら、僕は左右を見渡した。
そこには何度も見た、同じ輪郭の影が並んでいた。
僕は立ち止まった。
どこにも進めていなかった。
歩いていた道は、結局、出発地点へと戻ってしまう。そして、周囲の影も何ひとつ変わらなかった。
(どうすればいい? しっかり考えろ、チャールズ……うーん……)
そのとき、僕は何かを思いついた。
頭の中で電球が灯ったように、答えはすぐに出た。
その考えは一瞬のものだったが、ほかに選択肢はなかった。
僕は歪んだ影へと近づき、手を伸ばして目を閉じた。
すると突然、暗闇が晴れ始め、周囲の景色が次々と見えるようになった。
それまで影だったものが、少しずつ形を持ち始めた。
空には星々が輝き、壮大な月が昇っていた。
地面から植物が伸び、道全体を覆っていく。
家々が現れ、人々の姿も見えるようになった。
よく言われることだが、十五回の夢のうち一回は明晰夢なのだという。
では、明晰夢はどのようにして起こるのだろうか?
僕たちは一日の間に、仕事や運動、旅行などを通じて、あらゆるエネルギーを消費する。
すると、脳は疲れた身体を回復させるためにホルモンを分泌する。
明晰夢の中では、自分の意思で動いたり、選択したりすることができる。
何でも好きなことができるのだ。そして、夢から目覚めると、エネルギーに満ちあふれた状態になり、夢の中で何をしたのかという記憶は曖昧になっていく。
(よし、思ったとおりだ。結局、これは夢なんだ。想像したことは、実行すれば現実になる!)
嬉しくなった僕は、町らしき場所を歩き始めた。
そこはクラモよりも小さく、通りには人影が少なく、建物もそれほど大きくなかった。
道ですれ違う人々は、まるで僕が旅人か、あるいはこの町によく来る人間であるかのように挨拶をしてきた。
そして、どこから聞こえてくるのかわからない、チクタクという音が一秒ごとに僕についてきていた。
(疲れすぎているのか、それともこの世界の夢はもっと奇妙なのか……)
僕は人々を眺めながら考えた。
歩き続けていると、やがて足を止めた。
道の先には、金床と剣が置かれた店があった。
(鍛冶屋かな)
看板を見て、僕はそう推測した。
特に気に留めることもなく、僕は向きを変え、そのまま続く道を歩いていった。
今度は農地へとたどり着いた。
作物は豊かに実り、月の光は、まるで太陽そのもののように明るく輝いていた。
(ここからの景色は、なんて美しいんだろう)
再び歩き始めると、周囲の人々は少しずつ姿を消していった。
この場所で僕に付きまとっていたのは、チクタクという音だけだった。
夜は永遠に続くかのようだった。
暗闇が少しずつ通りを覆い、松明の明かりだけが、僕の視界を保ってくれていた。
(夜が明けているところを想像すれば、うまくいくかな?)
僕は立ち止まり、もう一度目を閉じた。
周囲の景色を変えようとしたのだ。
しかし、うまくいかなかった。
どれほど想像しても、周囲のものは変化しなかった。
変わったのは、炎が放つ光だけだった。
突然、足音が急速に近づいてきた。
壁に反響する足音が、はっきりと聞こえてくる。
僕が目を開けると、小さな人影が目の前に立っていた。
その影は、時間が過ぎるごとに僕をじっと見つめていた。
(どうして、はっきりと姿が見えないんだ?)
「#@! #%#、や……やっと見つけた。君を連れ戻すように頼まれたんだ」
その影は、疲れた様子で言った。
(僕を探していた? それに、最初になんて言ったんだ?)
疑問が頭に浮かんだ。
「ほら、行こう、#@! #%#。こんな時間の通りは危険だし、酔っ払いも多いんだから」
ほかに選択肢もなかったので、僕はその影についていくことにした。
道中、会話はなかった。
聞こえるのは、僕たちの足音だけだった。
数分後、目的地へと到着した。
そこで僕は驚いた。
そこは、最初に見かけたあの鍛冶屋だったのだ。
(皮肉なものだな。戻ってきた場所が、最初に見た場所だなんて)
僕は笑った。
影は扉を開けると、口を開いた。
「戻りました。#@! #%#を見つけました。西側の農地の近くを歩いていましたよ」
中へ入ると、僕は店内を見回した。
壁には武器や鎧、さまざまな道具が掛けられていた。そして、部屋の奥にはカウンターがあった。
そこには誰もいなかった。
いるのは、影と僕だけだった。
「うーん……奥にいるみたいだな。数日前に頼まれた注文品を作っているんだろう。様子を見に行こう」
影はそう言うと、僕のほうを振り返った。
(本当に奇妙な夢だ。自分がどこにいるのかもわからないし、想像したものを自由に作り出すこともできない。それどころか……目を覚ますことすらできないなんて)
僕たちは扉をくぐった。
すると、鋼を叩く音、息苦しいほどの熱気、そして汗の臭いが一気に押し寄せてきた。
部屋はかなり広かったが、換気は十分ではなかった。
鍛冶場の炎はあまりにも激しく、強烈な火が顔のすぐ近くにあるかのように感じられた。
金床に鋼を打ちつける音は凄まじく、その振動が身体の奥まで伝わってきた。
さらに、強烈な臭いが充満しており、息苦しさで気絶しそうになるほどだった。
(うっ……なんて場所だ。ここにいたら、本当に気を失いそうだ。早く新鮮な空気を吸わないと、それとも……)
めまいがし始め、視界がぼやけていった。
「まだ慣れていないようだな、#@! #%#? その薬草入りの水を飲んで、こっちへ来て手伝ってくれ」
金床のそばにいた男の声が聞こえた。
めまいを感じながらも、僕は残されたわずかな抵抗力で水を飲んだ。
すると、めまいと息苦しさが少しずつ和らぎ、視界も安定してきた。
(うぇ……まずい。朝、母親たちが作る変なジュースみたいだ……)
僕は吐き気をこらえながら思った。
「いつまでも変な顔をしていないで、さっさとこっちへ来い」
鍛冶師はそう言うと笑った。その笑い声は、鍛冶場の音にかき消されていった。
「それでは、私の役目は果たしましたので、これで失礼します」
隣にいた小さな存在が言った。
「はいはい……またな、小僧。助けが必要になったら、また呼ぶよ」
鍛冶師はそう答えた。
体調が戻った僕は、男のもとへ近づいた。
しかし、その姿は完全には見えなかった。
はっきりとわかったのは、白髪だらけの髪、熱で乾燥した唇、そして火傷や切り傷の跡が残る手足だけだった。
「お前には、これを使って……おい! ここにいるときは、それをしまっておけと何度も言っただろう!」
鍛冶師は僕の右手を指さしながら叫んだ。
「溶けた金属が上から落ちてきて、壊れちまったらどうするんだ!」
(何をしまえって? そもそも、最初から何も持っていなかったはずなのに……)
困惑しながら、僕は自分の手を見た。
そこには、小さな円形の何かが握られていた。
肌に触れている表面は少しざらざらしていた。まるで羊毛を持ち上げているような感触だったが、それは鋼でできているようだった。
僕は手のひらを開いた。
そこにあったのは、古びてはいるものの、今も独特の音を刻みながら動き続ける懐中時計だった。
(さっきから聞こえていた音は、これだったのか! でも……いつからこんなものを持っていたんだ? それに、どうして最初から手に何かを持っていることに気づかなかったんだ!?)
困惑したまま、僕は時計の針が一秒ごとに動いていく様子を見つめた。
「早くしろ、#@! #%#! 一晩中あるわけじゃないんだぞ!」
鍛冶師は時計を取り上げ、僕のポケットにしまった。
「今すぐ手伝ってもらう必要があるんだ!」
僕の身体が反応した。
まるで本能に従うかのように、僕の動作は勝手に進んでいった。
自分の意思では制御できなかった。
そして、懐かしい感覚が身体の隅々を駆け巡った。
「よし。今度はふいごを使って、しばらくの間、一定の空気を送り続けてくれ。鋼が真っ赤に熱せられるまでだ」
僕は素早く動いた。
しかし、僕の意思が身体を動かしているわけではなかった。
木製の取っ手を握り、鍛冶場の火を煽り始めた。
不思議なことに、それほど疲れを感じなかった。
まるで、この作業に慣れているかのようだった。
何度も何度も繰り返してきた日課であるかのように。
しばらくすると、鍛冶師は真っ赤に熱した鋼を炉から取り出し、さらに鍛えるために金床へ運んだ。
赤熱した金属をハンマーで叩く轟音が部屋中に響き渡り、一打一打の衝撃とともに、小さな火花が雨のように飛び散った。
「ふう……まだ……先は長いな」
鍛冶師は息を吐いた。
「もし、@&! #%#の鉱石を使えという注文さえなければ、数時間前には終わっていたんだが……。だが……同時に……芸術家としての本能が、この仕事に胸を躍らせているんだ。ハンマーを振るうたび、音を響かせるたび……そのすべてが、何度でも俺を夢中にさせる!」
(確かに、燃えるような情熱が伝わってくる……。でも、さっきから何を言っているのか、よく聞き取れない。いったい、僕はどんな夢に入り込んでしまったんだ?)
剣の形ができあがると、鍛冶師は素早く移動した。
彼が向かった先には、水のようなものがあった。
……しかし、その液体はかなり暗い色をしていた。
僕の身体は考える間もなく彼についていき、その隣で彼の動きを観察していた。
鍛冶師は、まだ赤みを帯びている剣をその液体の中へ入れた。
すると、液体に火がつき、周囲へ激しく飛び散り始めた。
あまりにも近くにいたため、液体が僕の肌に触れた。
焼けつくような痛みと、秒を追うごとに強くなるかゆみが襲ってきた。
僕は、全身を襲う痛みに叫び声を上げそうになった。
これ以上火傷を負わないよう、すぐにその場から離れようとした。
しかし……。
「ああ……痛かった。もう火傷しないように、エプロンを着けないとな」
僕は自分の肌にできた火傷を見つめた。
「#@! #%#さん、エプロンを取りに行ってきます。すぐに戻ります」
僕は工房を出て、何事もなかったかのように歩き始めた。
(えっ……今、何が起きたんだ? 僕はいったい何を言った!? 自分の意思で動いたわけじゃない……。そもそも、どこへ向かっているんだ!?)
階段を上った。
どうやら、小さな部屋へ向かっているらしい。
扉を開けると、狭いながらも居心地のよさそうな空間が広がっていた。
床に置かれた木箱に近づき、蓋を開けた。
中を探り、あちこちに穴が開き、使い古されてぼろぼろになったエプロンを取り出した。
(これ……一応、僕のものなのか?)
僕は眉をひそめ、エプロンを調べた。
自分の行動に困惑していると、再び口が勝手に動き始めた。
「ちっ……鍛冶師の修行の進み具合を考えると、くそっ。高度な冶金技術を身につけるには、あと数年はかかりそうだ。それも、運がよければの話だな」
僕は木箱を閉じた。
「今は、とにかく魔法の訓練をもっとしなければ……」
(どうして、みんなそんなに急いで魔法を上達させようとするんだ? 最初はあの女の子で、今度はこの奇妙な夢か……まるで……いや、魔法なんだから当然か。誰だって使い方を知りたいに決まっている……)
自分の言葉に疑問を抱きながら、僕は工房へ戻った。
扉を開けると、部屋の中で最初に目を引いたのは、巨大な燃えさしでも、すでに鍛えられた鋼でもなかった。
それは、今まで想像したことすらなかったものだった。
淡い水色の光を放つ、輝く石。
(すごい……あっ!)
その瞬間、身体の中を何かが駆け抜けた。
ほんのわずかな時間、その石を見ただけで、身体のあらゆる部分が恐怖を叫んでいた。
僕は震え始め、冷たい汗が額に浮かんだ。
(いったい、あの石は何なんだ? どうして、あれを見るだけでこんなにも恐怖を感じるんだ!?)
驚いた僕の身体は、半歩後ずさった。
「戻ったか、#@! #%#。こっちへ来い。武器の刃と硬度を仕上げるために、最後の調整を手伝ってくれ。そこの容器が見えるだろう?」
鍛冶師はそう言って容器を指さした。
「触媒石を使って、あれを起動させるんだ」
僕の身体は動こうとしていた。
しかし、僕は近づきたくなかった。
何かに突き動かされるように、身体が勝手に前へ進もうとする。
僕は逃げようと振り返った。
だが、扉は開かなかった。
逃げ場など、どこにもなかった。
絶望の中、声が響いた。
「石はどこにあった?」
背後から声がした。
「炉の近くか、それとも道具の置いてある場所か?」
「炉の近くだ。使うには、ある程度温めておく必要があるからな」
鍛冶師が答えた。
(誰が話しているんだ? 僕はまだ何も言っていないのに……)
振り返ると、今まで見たことのない影が目の前に立っていた。
僕と同じくらいの背丈だった。
それなのに、僕の知っているどの存在とも異なる、冷たく奇妙な雰囲気をまとっていた。
影は部屋の中を動き始め、何かを探すように炉へ近づいた。そして、部屋の反対側にある容器へと向かった。
「おい、じいさん。この石、まだかなり冷たいぞ……。まだ使える状態じゃないじゃないか……」
影は石を手に取りながら言った。
「今すぐ起動させる必要があるんだ……なぜなら……」
鍛冶師は振り返った。
「誰に向かってじいさんと言っているんだ、この小僧!?」
彼はハンマーを突きつけて怒鳴った。
「お前は基本的なことすら知らないくせに……!」
「イグニ」
突然、影の手から小さな炎が生まれた。
炎は大きくなかったが、容器に火をつけるには十分だった。
その光は、まるで太陽の光を再現するかのように、周囲を明るく照らした。
「これで火はついた。今回は、もっと近くで見せてもらってもいいか?」
影が尋ねた。
「ははは……この小悪党め! もう鍛冶に使う火魔法を覚えたのか! その調子だ。さあ、すごいものを見せてやるぞ!」
鍛冶師は驚きに満ちた笑顔で答えた。
何が起きているのかわからず、僕の恐怖は少しずつ薄れていった。
僕はゆっくりと、つい先ほど現れた影に近づき、その隣に立った。
まるで自分の鏡像を見ているようだった。
それなのに、同時に見知らぬ他人を見ているようでもあった。
「さあ、始めるぞ。よく見ていろよ、小僧。一瞬たりとも目を離すな」
鍛冶師は火ばさみで輝く石をつかみ、鍛えていた剣と一緒に容器の中へ入れ、しっかりと蓋を閉めた。
しばらくすると、熱が弱まり、代わりに猛烈な冷気が広がり始めた。
自分の吐く息が見えるほどだった。
容器から強烈な水色の光が放たれ、昼間のように部屋全体を照らした。
床は激しい地震のように揺れ始めた。
道具が次々と落下し、鍛冶場の炎も消えてしまった。
(いったい何が起きているんだ!? あの光は何なんだ……)
僕は容器の小窓から、数秒間その様子を見つめた。
剣と石が、ひとつに融合していくのが見えた。
やがて光が消えた。
それと同時に揺れも止まった。
しかし、冷気だけは残っていた。
「どうだった、小僧? すごかっただろう?」
鍛冶師は壁に向かって話しかけた。
「じいさん、眼鏡をかけ忘れているぞ……壁に話しかけているじゃないか……」
影は反対側から答えた。
(ああっ! 目が……! こんな光で、あと何回目がくらめばいいんだ!?)
しばらくして視界が正常に戻ると、鍛冶師は容器を開けた。
遠くからでも、内壁に霜がついているのがわかった。
彼は火ばさみで剣を取り出した。
剣は以前とは異なる色を帯び、周囲には冷たい空気が漂っていた。
(うわあ……これは本当にすごい。こんなもの、そうそう見られるものじゃない……今のところは、だけど……)
ここ数日の出来事を思い返すと、僕の以前の人生とは、もう何もかもが違ってしまったのだと感じずにはいられなかった。
「芸術家なら、自分の作品に名前をつけるものだ。こいつは……イスカルン(ISKARN)と名づけよう」
鍛冶師は誇らしげな声で言った。
「少なくとも、クチ・リート(KUCH-ILITO)よりはマシな名前だな」
影が小さな声で答えた。
「さあ、最後の仕上げだ。刃をしっかり研いで、完成させるぞ」
「砥石を持ってきた……ところで、君は誰だ……?」
……
「おい、何をそんなにじっと見ているんだ?」
鍛冶師が尋ねた。
影は振り返り、数秒間、僕を見つめた。
最初、僕は自分の後ろにある何かを見ているのだと思った。
だから、横へ移動してみた。
しかし、影の視線は僕の動きを追い続けていた。
「……いや、何でもない。ただ……何かがいるような気がしただけだ……」
影はそう言って、鍛冶師のほうを向いた。
「ふざけていないで、砥石を探してこい。さっさと完成させるぞ」
(もしかして、僕の存在を感じ取ったのか? でも……どうして? これは夢じゃなかったのか!?)
突然、夢の世界が歪み始めた。
周囲の景色が次々と消え去り、床は黒く染まって、少しずつ僕へと迫ってきた。
背後から聞こえる鋭い囁き声は、次第に激しさを増していった。
恐怖に駆られた僕は目を閉じた。
すると、すべてが静まった。
僕は目を覚ました。
肌に違和感を覚え、頭を動かして腕や脚を確認した。
そこには腫れやあざがあり、かゆくてたまらなかった。
それぞれの痕は、あの熱い液体が触れた場所にできていた。
「どうして、こんなことになったんだ? さっき体験したことは、全部夢だったはずだ。夢が現実の身体に傷を残すなんて、ありえないよな……?」
痕を見つめながら、僕の思考は混乱し、恐怖が膨らんでいった。
そのとき、原因となった存在が姿を現した。
人類への憎しみを感じさせる、聞き覚えのある鋭い音。
僕は顔を向けた。
そこにいた。
壁にとまっていたのは、夏や春の終わり頃になると、人類が心の底から憎み、忌み嫌う存在。
あらゆる生き物の中でも、最も忌まわしい種族。
命を吸い取る者として知られる存在。
そう、蚊だった。
僕はためらわなかった。
怒りと、身体中に広がる不快感を、すべて手のひらに集中させた。
そして、部屋中に響き渡るほどの勢いで壁を叩いた。
手の痛みなど気にしなかった。
叩いた衝撃で手が熱くなっても、構わなかった。
壁から手を離すと、そこには潰れた虫がついていた。
少しの同情も感じなかった。
ただ……安堵と幸福だけがあった。
落ち着きを取り戻した僕は、身体をすっぽりと覆うように布団をかぶった。
暑さで死にそうになろうとも、もう二度とあの吸血鬼のような蚊に刺されるくらいなら、何でもよかった。
……ただし、強烈な光で目がくらむことだけは、もう勘弁してほしかった。
完全に眠りに落ちる直前、再び揺れを感じた。
窓が動き、ベッドもわずかに震えた。
(また……地震……?)
特に気にすることもなく、僕は眠りについた。
翌朝、目を覚ますと、全身が汗でびっしょりだった。
まるで小さな噴水にでもなったかのようだったが、僕は気にしなかった。
着替えを済ませ、浴室で身体を洗った。
それから、エラリオンとダイアナと一緒に朝食をとるため、食堂へ向かった。
「おはよう、あなた。よく眠れた?」
ダイアナが尋ねた。
「おはよう、母さん。まあ、普通かな。寝ている途中で虫に邪魔されたけど」
「まあ、そうだったのね……。この時期になると虫が増えて、本当に厄介なのよ。昨夜も部屋に一匹いたわ。でも、幸い誰も刺されなかったみたいね」
(どうしてだろう……嘘をつかれているような気がする)
ダイアナと一緒にお茶を飲んでいたとき、その考えが頭をよぎった。
朝は穏やかだった。
窓から聞こえてくる鳥のさえずりと、温かいお茶のおかげで、僕は昨夜の夢を忘れかけていた。
「母さん、昨夜、すごく奇妙な夢を見たんだ」
「本当? どんな夢だったの?」
ダイアナは心配そうな声で尋ねた。
「夢の中で、僕は出口のない暗い場所にいたんだ。身体を動かそうとしても、どうしても動けなかった。それから、身体の中を何かが駆け巡るような感覚があって……」
僕は本能的に目を閉じた。
テーブルの上で、両手が震えていた。
「まるで……恐怖が身体だけじゃなく、魂まで支配してしまったみたいだった! 今でも、あの感覚が残っているんだ……!」
そのとき、何かが僕に触れた。
ダイアナが、僕の両手にそっと自分の手を重ねていたのだ。
「ねえ、かわいい子。今、何て言ったの?」
彼女は笑顔で尋ねた。
「身体が動かせなかったって……?」
「その前よ」
「暗い場所だったって……?」
「……もっと前」
そう言った彼女の笑顔は消え、僕の手からそっと手を離した。
「夢を見たってこと……?」
食堂に数秒間、沈黙が広がった。
空気は重く、息苦しいものへと変わっていった。
やがて、彼女は静かに息を吐き、再び僕の手を優しく握った。
その手には、限りない愛情が込められていた。
「あなたがまだ感じていると思っている恐怖も、不安も、ただの悪夢にすぎないのよ」
ダイアナは、再び温かな光を宿した表情で言った。
「誰にでも起こることだし、私たちにとっては普通のことなの。夢は心の中にしか存在しないのよ、愛しい子。あなたが感じた暗闇の世界は、本物ではなかったの。
本当の世界は、太陽が輝くこの場所。
あなたが今も抱えていると思っている、どんなに恐ろしい恐怖だって、目を開けて日の光を見れば、いつだって消えていくものなのよ……。
結局のところ……ただの夢だったのだから」
彼女の言葉には、母親が子供に注ぐ愛情と、母親だけが与えられる安心感が満ちていた。
彼女の手から伝わる温もり。
背後の窓から差し込む太陽の光。
そして、再び浮かべられた笑顔。
その姿は、大切な人々を守る天使のようだった。
僕は深く息を吸い込んだ。
お茶の香りが周囲を満たす中、肩に込められていた力が、少しずつ抜けていくのを感じた。
「うん、母さんの言うとおりだね」
僕は笑顔を返した。
ようやく、あの夢にまつわる恐怖が完全に消えていくのを感じた。
もしかしたら、結局のところ……ただ、嫌な夜を過ごしただけだったのかもしれない。
IM - 今回も読んでくださり、ありがとうございます!次の話も、できるだけ早く公開できるよう努めます。何事も問題なく進むことを願っています。
もし何か誤りを見つけた場合は……どうかお許しください!




