第32話:胸が苦しい~ルーカス視点~
「先ほどお嬢様の精密検査を行いました。その結果、危機的な状況は既に脱しています。今少しずつですが、魔力も生成されておりますので、問題ないでしょう。後1週間~10日程度で、目覚められるかと」
「それは本当か?よかった。ルーカス、よかったな。サリーはもう大丈夫だ」
医者の言葉に、叔父上が嬉しそうに僕の肩を叩いている。
「ルーカス、サリーはもう大丈夫よ。本当にこの子は、誰に似たのだか。こんな無理をして…とはいえ、サリーのお陰でルーカスを失わなくて済んだのだから、サリーには感謝しないとね」
叔母上もにっこり笑って、僕の肩に手を置いている。
そんな2人からすっと離れると、サリーが眠るベッドへと近づいた。無表情で眠るサリーを見ていると、言いようのない不安が襲う。
「本当にサリーは、大丈夫なのですか?顔色も悪いし、びくとも動かない。このまま命を落としてしまうなんてことは、ないのですよね」
こんなにも青白い顔をしているのに、本当に大丈夫なのか?もしこのまま息を引き取ったら…
「お坊ちゃま、そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。魔力提供者は魔力提供直後に命を落とすことがほとんどです。お嬢様はお坊ちゃまに魔力を提供してしばらくたっておりますが、まだ生きておられます。
その時点でもう、危機は脱出していたのですよ。今は顔色が悪いですが、これから少しずつ魔力が生成されるとともに、顔色も良くなっていきますし、意識も戻ります。ですので、どうかご安心ください」
「ルーカス、お医者様の言う通り、サリーはもう大丈夫よ。どうか安心して。あなたも体調が戻ったばかりでしょう?もう今日は、休みなさい」
叔母上が僕に優しく語り掛けてくる。この人はどこまでも優しい、血のつながりのない僕を、とても大切にしてくれている。僕のせいで、血のつながった姪を失うかもしれなかったのに…
「叔母上、僕はもう平気です。サリーが魔力を提供してくれたお陰で、すっかり良くなりました。ただ、そのせいでサリーは…叔母上、お願いします。もう少しサリーの傍にいさせていただけませんか?サリーの傍に、今はいたいのです」
叔母上に頭を下げた。なぜだか分からない、だが今は、サリーの傍にいたい。僕の為に命を懸けて魔力を提供してくれたサリー。僕の様な男を信じ、慕ってくれたサリーから離れたくないのだ。
「ルーカスがそんな風に私に何かをお願いしてくるのは、初めてね。分かったわ、あなたの気が済むまで、サリーの傍にいたらいいわ。それじゃあ、私たちはもう行くわね」
「ありがとうございます、叔母上」
叔父上と一緒に部屋から出ていく叔母上に、頭を下げた。すぐに使用人が、サリーのベッドの傍にイスを置いてくれる。
その椅子に、ゆっくり腰かけた。そしてそっとサリーの手を握る。
温かくて僕よりも小さな手。
「サリー、どうして君は、僕なんかを助けたのだい?出会ってまだ1ヶ月しか経っていない赤の他人の僕を…僕は君に、命を懸けられるような事など、何一つしてないのに…どうして君は、こんなに強くて優しいのだい?どうして…」
そっとサリーに話しかけるが、もちろん返事はない。サリーの手を両手で握りながら、目を閉じた。するとサリーが意識を失う寸前、口から血を流しながらもにっこりと僕にほほ笑む姿が浮かんだ。
そうだ…この子は意識を飛ばす寸前、僕にほほ笑んだのだ。きっと想像を絶する激痛の中、それでも僕にほほ笑んでくれたサリー。どうして君は、そこまで僕に尽くしてくれるのだい?
ふと昔の事を思い出す。
僕は叔父上の姉の子、侯爵令息としてこの世に生まれた。母は僕を立派な侯爵にするため、毎日勉強漬けにした。少しでも僕がミスをすると、癇癪を起し、時には暴力をふるう事もあった。
父は僕や母には無関心で、正直父がどんな顔をしていたか、どんな声だったか覚えていない。とにかく母を怒らせない様に、必死に勉強をした。僕が泣くと、癇癪を起し怒り狂う母を見ていたせいか、いつしか作り笑いをする事が当たり前になっていた。
常に母の顔色を伺い、生活する日々。そんな中、珍しく夫婦二人で外出した両親が、事故に遭い命を落とした。
正直癇癪もちの母親と、顔や声すらあまり覚えていない父が亡くなったところで、悲しいなんていう気持ちはなかった。
ただ、当時の僕はまだ6歳だ。これからどうやって生きていくのだろう、また別の大人に取り入って生きていくのかな?なんて事を考えていた。
そして引き取られた先が、グラッサム公爵家。母の弟の家だった。




