ep.7『緑のカリスマ』
寒い冬が終わったと思えば、もう汗ばむ季節の到来。ちょうど良く過ごしやすいシーズンはあっという間。ホントにあっという間ですね!
こんなことがありました。
お風呂に入って、しっかりと体を温めました。汗ばむシーズンとはいえ、まだエアコンに頼る程ではない。日中は暑くても夜は窓を開ければ、まだまだ涼しい風が入る。多少、部屋が暑くても扇風機で事足りる。こんな時期からエアコンに頼るのは愚の骨頂だ。エアコンは、夏まで我慢してこそ快適な幸福感を得られるもの。私は、そんな愚か者になるつもりはない!
ホカホカさっぱりの湯上がり。さぁ、扇風機で涼みながら、お気に入りのルイボスティーでも飲んでリラックスタイム、などと考えながらリビングへ。
──何事……
私がお風呂からあがるのを、待ち構えていたかのように息子がリビングで立ちつくしている。息子は、鼻の頭に汗をかいて、やや興奮している様子。
「なんしよん?」
「30分ぐらい一人で格闘しよる」
「誰と?」
「ヤツが窓から入ってきやがった」
そう言って天井の方を見上げた。うちはロフトがあるので、天井は高い位置にある。私も見上げるが、なにも見当たらない。
「電気の所におる。あれのどっかに隠れとる」
「ゴキブリ?」
「いや、カメムシ」
「カメムシ…… 別にいいっちゃない」
この時点の私は面倒くさいが勝っていたが……
「匂いを出したら?」
──刺激せんとげばいいやん
「寝とる所にとんできたら?」
──別に噛んだり刺したりせんやろ
「寝とる時に、体を這い回られたら?」
──…………嫌かも
「口に入ったら? 匂い攻撃してきたら?」
──…………
「嫌やろ…… めっちゃ」
「嫌やね…… めっちゃ」
と、いうことで。
うちのリビングの照明は、シーリングファンの下に電球が4つある。その4つの電球のどこかに隠れているらしい。
改めて下から見上げるが、姿は確認できない。椅子に登って見回してみるが、ヤツはいない。
──そうだ!
私は閃いた。息子に「まかせとけ!」と告げ、颯爽とロフトの階段を駆け登った。そうです。そうなんです。ロフトに上がると、天井の照明器具と同等の高さになるのです。
「おった!!」
「どこ!?」
「ファンにくっついとる」
ヤツは4枚あるシーリングファンの羽根に、へばりついて動かずじっとしている。悪いことにヤツは、こちら側から一番遠い羽根にいる。
いざ対峙してみると緊張する。虫は飛ぶ。這い回る。すばしっこい。それだけならまだいいのだ。ヤツは…… カメムシは、『激臭』という強力な武器を持っていやがる! その武器を纏って飛んでこられたら、そう思うと凄〜く嫌だ。鮮やかな緑色。圧倒的なカリスマ性を感じる。でも私は戦う! だって安眠を確保せんといかんもん! 速やかにこの部屋から出ていってもらおう!
さて…… どうしたものか? 届かない。高さはいいが、ヤツがへばりついたファンの羽根まで2メートル程ある。私はヤツを見据える。『緑のカリスマ』はまるで嘲笑うかのように、知らん顔でじっとしている。あの野郎め……
──そうだ!!
私は閃いた。息子に「ゴムだ! ゴムをとって」と告げ、片足をロフトの柵にかけて臨戦態勢に入る。息子から輪ゴムを受け取り、
「そこのメモ紙とって」
「メモ紙?」
「そうメモ紙! 1枚で充分だ!」
息子は1枚ずつ剥がせるタイプのメモ紙を、ペリっと剥いで差し出す。不思議顔の息子に「メモ紙をこう使うのさ」と、ニヤリと笑ってそれを受け取る。
メモ紙を受け取り小さく折って、くの字型にする。そう、弾丸の出来上がりだ。親指と中指に輪ゴムをかける。弾丸をゴムに引っかけ、手前に引っ張る。カリスマに照準を合わせ、息を殺して発射……
ぱすっ……
弾丸はへなへな〜と、リビングに落ちた。
「なんしよん」と息子。
「いや、電球に当たったらって思うたら…… ビビった」
「どうするん」
「…… 弾とって、今度は仕留める!」
不発弾を受け取る。再びゴムにかける。引き絞る。今度こそ。
「行けー!」
ヒュンッ!! バチコン!! ゴトッ!
勢いよく飛んだ弾丸は、ターゲットから外れ、テレビ台の上に飾ってあった海賊漫画のフィギュアに命中。海賊一味のコックが、黒スーツにくわえタバコでポーズを決めたまま、床に転がった。
「怖い怖い! ゴムはやっぱり危ない」
「どうするん」
「…………」
──そうだ!!!
私は閃いた。手前のファンの羽根には、ぎりぎり手が届く。そうです。そうなんですよ。私は手前の羽根に手を伸ばし、ゆっくり回す。ファンが回転する。奥の羽根が近づいてくる。当然、カリスマも羽根の上に乗って、為す術もなくこちらに近づいてくる。ついさっきまで、カリスマの威光を放っていたが、今はとても間抜けに見える。滑稽だ! 私は微笑む。人間をなめるな!!
──この距離なら…… あっ!!
カリスマはカサカサと動き出し、羽根の下側に移動した。
──しまった!
カリスマの動きに反応して、息子はビビって避ける格好をする。私も、逃がしてしまったと一瞬考えた。しかし、羽根の下に移動したということは、リビング側から丸見えということになる。愚か者め! 人間をなめるな!!
私は閃いた。息子に「紙コップの用意だ!」と告げ、ロフトからリビングへ颯爽と階段を駆け降りた。シーリングファンを見上げる。ヤツはいる。椅子に登る。丸見えだ。息子から紙コップを受け取る。椅子の上からなら、手を伸ばせば届く距離。この紙コップの中に落として、捕獲してやる。なにが緑のカリスマだ! 人間をなめるな!!
そ〜っと紙コップを近づけ、ヤツをコップの縁に引っ掛ける。「それ!」コップをカスっとずらして、ヤツをコップの中に……
「うわっ!」
コップの中に落ちてない! コップの外側をカサカサと這っている。咄嗟にカリスマがくっついたコップを、息子に渡そうとすると、
「いらん! いらん!」息子、全力拒否。
「おいおい! 嘘やろ」
「いらんて! 怖い! 気持ち悪い」
「ちょっと、嘘やん!」
私は椅子の上でバランスを崩しそうになる。
カリスマは、コップの外側をカサカサカサっと這い回る。このまま、コップから手に、腕に、さらに体に、首から顔に…… 走馬灯のように、ピンチに陥った私の脳裏を、最悪の妄想が駆け巡る。
──やめて! 嫌だ! 怖い!!
私は腕をピ〜ンと伸ばして、出来る限りカリスマコップを体から離し、椅子から飛び降りる。
「窓を! 網戸を開けて!」
さすがに、これには迅速に対応する息子。
「開けた!」
「どいてどいて!!」
私はカリスマコップに勢いよく「ふぅぅっーーっ」と息を吹きかけ、コップからカリスマを吹き飛ばした。ヤツは夜の闇に吸い込まれていった。
──人間をなめるな!!!
息子は流れるような動きで、網戸を閉め、窓を閉めて施錠した。そして、ほくそ笑んでいる。
──さっきは、裏切りやがって……
なにを最後だけスムーズに動いとん。「封印したぞー」みたいな顔しやがって。勝ち誇った権力者みたいに…… まぁ、いいや。
こうして、カリスマの最強の武器を発動させることも、無駄な殺生をすることもなく、平穏を取り戻すことが出来た。
──せーの! 人間をなめ……
「汗だくやん(笑)」息子が笑う。
「……」
「またシャワー浴びてくれば(笑)」
「…………」
「…………エアコンつけとって!」
おしまい 原口 モでした。




