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大賢者の秘書官イシュタル ~何者でもない魔女の一生……になるはずだった~  作者: ふるみ あまた
4章 森の錬金術師の章

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90 ヒントは足元に

 

 夜の静寂に包まれた天空の拠点は、魔力による灯りが暖かく照らしていた。


「おっしゃあ!! ただいまぁ!!」


 キラはすっかり眠気が覚めて、いつもの元気を取り戻していた。玄関の扉をくぐるなり、彼女はキッチン目がけてドタドタと駆けていった。


「ピィッ!!」


 ピィちゃんも負けじと、それについていく。


 玄関に残された私とアシハラは、二人が脱ぎ捨てていった靴を並べてから、静かにリビングへと向かった。





「やっぱり『粘り』と言ったら、これだな!!」


 冷蔵庫の前で三食入りの納豆パックを手にしたキラが、伝説のアイテムを見つけたかのように高々と掲げて、私たちに見せつけてきた。


「……物理的な、お話なのかなぁ?」


 隣に立つアシハラが渋いお茶の香りを漂わせながら、キラではなく、私に問いかける。答えに窮した私は、首を傾げることしかできなかった。


「ピィッ!?」


 キラの横で切り餅を両手に持ったピィちゃんが、戸惑いの声を上げた。彼もまた、錬金術に関しての知識は持ち合わせていなかったらしい。


『雨で流れないよう、黒土に粘りを足す』


 ファミリーの切り込み隊長であるキラのおかげで、帰還して早々、大賢者の課した課題に取り組む流れになった。


 それはいいのだが、問題は、その方法や仕組みが全く分からないことにあった。


 唯一、錬金術の知識を持つ大賢者が『アクセナ監視委員会』を自称して、今日も地上に残ったのが災いしていた。


「どうしたの?」


 キラの大きな足音に反応したのだろう。自室にこもっていたソフィーさんがキッチンへと合流してきた。傍らには、もちろんサラマンダー君の姿もあった。


「サラマンダー君!! 薪をやる!! レオからのお土産だ!!」


 驚くべきことに、キラは大賢者からのお使いを忘れることなく、ポーチから薪を取り出した。


「キュオーン!!」


 サラマンダー君は尻尾を振りながら大口を開け、約束通りのご褒美を待ち構えた。


「ちょっと! 危ないからデッキでやって!」


 私の注意喚起が、薪を持ったキラの手とサラマンダー君の尻尾を止めた。


「わーかってるって。行くぞ、サラマンダー君!!」


 サラマンダー君と連れ立って外に向かったキラだったが、私は念を入れて、次に何を起こすかわからない姉貴分の子守をピィちゃんに頼んだ。


「……お願い」

「ピ!」


 ピィちゃんは嫌な顔ひとつせず、てちてちと玄関へ向かっていった。私はため息をつきながら、キッチンカウンターに置かれた納豆パックと切り餅に視線を落とした。


「……それで、何の騒ぎだったの? アシハラさん、私、巻き寿司が食べたいわ」

「あ、はい。かしこまりました」


 ソフィーさんは疑問と食欲を器用に投げかけ、納豆パックを手にしたアシハラは素早くキッチンへと回り込んだ。それからソフィーさんは、自分が立っていた場所から一つ離れたカウンター席に腰掛け、隣に座るよう私に笑いかけてきた。





 静かになったリビングに、米を研ぐ音が心地よく響く。趣味に没頭しすぎてお疲れ気味なのか、ソフィーさんは頬杖をついて黙っていた。


「実はあの後、問題がありまして……」


 異世界の姫君でもあるソフィーさんの場合、彼女から話さないのであれば、世間話はしない方がいい。私は早めに本題を切り出した。


「どうしたの?」


 わずかではあるが、あのソフィーさんが、こちらに体を向けてきた。


 ここで私はピンときた。


 大賢者が説明を省いたのは、自分の他に適任がいると知っていたからだ。自分の父親を頼らず、わざわざ錬金術師を求めて世界を回るような男のすることだ。確信に近い予感があった。


「……錬成した黒土が、雨に流されないようにする方法って、あります?」


 私はあえて説明を省き、本題だけを口にした。


 アシハラがザルを上げ、水の切れる音が響く。


 その様子を見つめたまま、ソフィーさんはゆっくりと頬杖を解いた。


「なんだ、そんなことがしたかったの」


 そら、見たことか!


 一人きりだったら、バンバンと、何度もテーブルを叩いて歓喜していたことだろう。私はカウンターの下で拳を握り込んだ。向こう側で、アシハラも勝利を確信した笑みを零していた。


「『性質』の話だったら、魔法で変えればいいじゃない」

「……へ?」


 その『答え』はあまりにも簡単すぎた。しかし、魔法で解決するならば、さらなる問題が生じてしまう。


 土の魔力操作というのは、デタラメな魔力量が要求される。それについては、大賢者なりアシハラなりに頼めば、実現はできる。だが、私たちは、村からいずれいなくなる存在。当事者たちの力だけで持続できないのであれば、それは解決とは呼べない。


「その……錬金というか、錬成で性質を変化させたい場合は?」

「素材を使う方法でも、魔力は必要ね。鉱物とか、生体とか」


 鉱物と聞きつけ、すぐさま大賢者のもとに転移したくなったが、グッと堪えた。それより、もっと良い素材になりそうなものはないかを考えるためだった。土鍋に火を入れたアシハラの手は止まっていた。


 何もかもが整った拠点内に、何かないかとあちこちに視線をやる。土鍋に納豆パック、そして切り餅。おおよそ話の流れとは関係のないものばかりが目についた。


「……魂石(ソウルジェム)とかなら、可能ってことですよね?」

「そうね。それがあれば、結構な量が作れるんじゃない?」


 人造魂石。真っ先に思い浮かんだ素材は、選手権大会の優勝賞品として大賢者が提示した、あの橙色の鉱物だった。


 元を辿れば、あの魂石はフェヴロティアの村人たちの魔力から造られている。村のために還元させるのが、筋というものだろう。


 頭の中をこねくり回したが、結局、凡人は体を使うしかない。完全なる答えを知るため、私は立ち上がった。


「……アシハラさん、私にはネギトロ巻きだけ、とっておいてください」

「あいよ。お気をつけて」

「だんだん、似てきたわね?」


 ソフィーさんの茶化すような言葉に、アシハラがニヤリと笑った。心外に思った私は口を開きかけたが、浮かび上がったデタラメ野郎の影を振り払い、言うべき言葉を変えた。


「……いってきます」


 声を揃えて笑う二人の声が、私の背中を押してくれた。

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