88 缶パックン
ゴー、という低く唸るような音はどこかでストーブが動いているからだろうか。ガレージの中では温められた空気が、鉄とオイルの匂いをはっきりとさせていた。
室内の至る所に放置されていた廃棄物は綺麗さっぱり取り除かれ、吹き抜けになった室内は開放感あふれる空間に生まれ変わっていた。
「すごいですね……」
「だろう? 楽勝だよ、こんなん」
天井からガラス窓、そして床までがピカピカに磨き上げられたガレージは不思議な魅力を放っていた。物が少なくなった影響か、音の響きも美しく感じる。私が一歩、床を踏みしめただけで――。
「……ん?」
部屋の隅に置かれているソファに目が行った。
「ンゴォォ」
そこでは、温かそうな毛布にくるまったキラが横になって、豪快にイビキをかいていた。ストーブから出ていると思っていた音は、彼女が発していたものだった。
足音を響かせながら彼女のもとに向かう。キラのそばにはアクセナが立っていて、何やら心配そうに寝顔を覗き込んでいた。
「どうされました?」
「その……ポーチを取ってくれなくて。首が締まらないか、心配で……」
アクセナの優しい気遣いをよそに、私の後ろから、のしのしとついてきた大賢者が乱暴に毛布をまさぐり、キラの肩にかけられていたポーチを取り外した。
「えぇ?」
「あわわわわ……」
ハラハラを口にしたが、私とアクセナはその様子をただ眺めることしかできなかった。
「変身とゴーレムの召喚で疲れ切っている。ちょっとやそっとじゃ、目は覚めん」
ここでも洞察力を発揮してきた大賢者に圧倒された私は、アクセナと目を合わせることしかできなかった。
大賢者は構わずキラの足元に腰掛け、テーブルの上に置かれたチェリーコークの缶を開けて煽り始めた。
「くぅぅっ!! ビール飲みてぇ!!」
私は壁際に置かれていた折り畳み式の椅子の存在に気づき、アクセナの分も含めて椅子をその場に広げた。テーブルの上は、未開封のものと開封済みのもの、両方の缶でいっぱいだった。
「掃除しても、あんまり意味ないみたいですね……」
「そうとも言い切れんぞ? なぁ、アクセナぁ!?」
本人にそのつもりはないのだろうが、大賢者は恫喝するように名前を呼びかけた。アクセナは両膝に乗せていた手を伸ばし、キョロキョロと左右に視線を動かし始めた。
「えっと……えーっと?」
「お前の名作『缶パックン』の力、見せてやれい!」
「そんな名前じゃないですけど……わかりました、はぁい」
吐息のような返事をしたアクセナは、空き缶を両腕に抱えて立ち上がった。その後、何を思ったのか、彼女は部屋の反対側に向かってダッシュ。広すぎるガレージを横断しきると、彼女はそこに置いてあったゴミ箱にすべての空き缶を放り込んでいった。
「……あれが『缶パックン』?」
ただのごみ箱を見せつけられた私は反応に困った。
「先を急ぐんじゃない、お前は。まぁ、見てろって」
バタン、とゴミ箱の蓋が閉められた音が室内に響いた。間を置かず、ゴミ箱はガタガタと振動を始めた。
ようやく私はそれがゴミ箱ではなく、何かしらの錬金装置であるということに気づいた。一仕事終えたアクセナが、再び部屋を横切って戻ってきた。スタミナが持たなかったのか、行きと比べてその足取りは重たかった。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
アクセナはズレたメガネを指で引き上げ、椅子に腰かけ、下を向いて呼吸を整えることに集中してしまった。大賢者は、肩を震わせて笑った。
「フハハハハ!! よくやった、アクセナ!! あとは三日待つだけだな!!」
「話が全然見えてこないんですけど、あの装置は結局、何なんですか?」
置いてけぼりを食らって我慢できなかった私は、肩で息をするアクセナを横目に大賢者に尋ねた。
「あれは、だから、鉄の生成装置だよ。チェリーコークを飲めば飲むほど、装置を組み立てるのに必要な材料を生み出せるという、素晴らしい発明だ」
「へぇ……」
性質を変えるというのはよくあるのだが、物体そのものを他の物質に変えてしまう魔法というのは、私の知識の中には存在しない。普通に生きていて、空き缶を鉄に変えようという発想には至らないため、その凄さというのは、はっきり言ってよくわからない。ただ、魔法では出来ないことを錬金技術を用いて実現させたことについては、ぼんやりとではあるが、その価値を推し量ることはできた。
私は今一度、部屋の反対側を見た。装置は激しく振動しながら左右に揺さぶられていた。
「……三日? 三日もかかるんですか? その……鉄を手に入れるのに」
「先を急ぐんじゃない!! お前は!! まったくぅ……まぁ、この凄さは、お前にはわからんだろうなぁ。魔女っていうのは、これだから……」
「アシハラ、戻りましたぁ。わ、すっごい綺麗になってる」
「ピュピピィ!」
アシハラとピィちゃんが、謂れのない説教から私を救ってくれた。バラバラに活動していたメンバーが、生まれ変わったガレージに集まった瞬間だった。




