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大賢者の秘書官イシュタル ~何者でもない魔女の一生……になるはずだった~  作者: ふるみ あまた
3章 あやかし大国の章

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62 餅つき

 

 十二月二十八日、空は白焼け――。


「このおにぎり……お前が握っただろ!?」


 早朝の庭に大賢者の声が響いた。彼が食事中の手をわざわざ止めてまで送った視線は、縁側に座るソフィーさんへと向けられていた。


「わかった?」


 夫であっても、否、夫であるがゆえに彼女は興味がなさそうな声色で返した。


「ああ、ばあちゃんの味がする」


 ごすっ、という鈍い音が大賢者の頭部から聞こえた。脳天を直撃したのはカチカチになった雪塊。デリカシーのない発言をした男に天罰が下された瞬間であった。


「痛いけど? 朝から」

「フンっ、バカ」


 この日の朝食は、蒸したてのもち米で作られたシンプルな塩おにぎりだった。実に痛々しいやり取りではあったが、作り手を言い当てられたのは大賢者ただ一人。その事実に、私は二人の間に流れる理屈を超えた絆を感じずにはいられなかった。


 居間を通り越え、キッチンからは何やら子供たちの盛り上がる声が漏れ聞こえていた。庭の隅にはクリスマスに降った雪がかき集められ、氷のように固まっていた。朝晩の冷え込みが格段に厳しくなったアシハラ邸の片隅で、私だけは暖を取る恩恵を受けていた。野外に設置された大型のストーブ。中にはサラマンダー君。その熱を活かし、私は鍋一杯のピーナツを煎る作業に没頭していた。そばのテーブルの上では、先ほどまで煎っていた冷えて乾燥した豆たちがパチパチと音を鳴らしていた。


「ピィッ!?」


 大きなすり鉢を両手に抱え、居間から顔を出したのはピィちゃんだった。彼も私と同様、この辺りで食べられているという郷土料理の豆餅をこしらえる手伝いをしていた。庭で餅をこねる役をしていたアシハラは、縁側に立つピィちゃんのもとへ歩み寄り、すり鉢の中身を覗き込んだ。


「オッケーです。これで胡麻は全部かな?」

「ピィッ!!」


 勇ましい返事をしたピィちゃんはそのまま庭に出て、アシハラと大賢者がコンビを組む、高速餅つき野郎どものチームに加わった。すでに一升分の伸し餅を山ほど作っていたチームは、次なる豆餅づくりへと作業を移そうとした。


「ダメだ!! 米が足りなぁい!!」


 それまでキッチンにいたはずのキラが縁側で両手を広げて、威勢よく知らせてきた。


「お前、食ったろ?」

「ど、どうしてわかるんだ!?」


 大賢者の追及はもっともだった。今日は長い金髪を後ろで結び、やる気満々なのはいいが、キラの顔のそこかしこにはもち米がついていた。


「はいはいはい、お茶が入りましたよ~。皆さん、きゅうけいしてくださ~い」


 キラの後ろからポコポコと足音を立てて姿をあらわしたのは、お盆に湯呑みを乗せた二足歩行の化け狸だった。この家の管理人として任命されたばかりのポコ蔵は、私たちの生活にすっかり馴染んでいた。全員が作業の手を一旦休めて、縁側に集合した。


「お前も、食ったろ?」

「ど、どうしてわかるんですか!?」


 ポコ蔵の方は顔だけでなく、手にまでべったりと米粒がくっついていた。


「素手でいくんじゃねぇ!! このバカ吉ィ!! 毛が入るだろうがぁ!!」

「ポコ蔵ですぅ!! ごめんなさぁい!!」

「ほらほらほら。次のはオジサンが準備するから、二人はお湯でもち米を落としてから休憩にしなさい」

「はーい」


 六人と一匹、プラス妖怪。私たちが一団となると、餅つきひとつスムーズにいかなかった。





 豆餅用のもち米も蒸し終わり、いよいよ作業も再開されるかと思った矢先の出来事である。


「私がやる!!」

「いえいえ、ここはわたくしが!!」

「ピィッ!!」


 高速餅つき野郎チームでは、パワーがありすぎて豆が潰れすぎるという理由で起きた、杵争奪戦。餅をこねる役に抜擢された私は、しゃがんだ状態でその不毛な争いを見守っていた。


「ほらほら、おめでたい席なんだから喧嘩なんかしないで。ひとりずつ、やったらいいじゃないの」


 平和の使者アシハラは、さすがのお母さん力で子供たちをたしなめた。一番手のキラを先頭に、子供たちは行儀よく列を作った。ポコ蔵が普通に加わっているのが、なんとも我が家らしかった。


「よっしゃ!! 行くぞぉ!!」


 元気いっぱいの掛け声と共に両手を振り上げたキラ。


「あれ? これ……意外と重いかも」


 身長145cm体重34kgの華奢な少女は二回ほど振るったところで、あれほど欲しがっていた杵を次のポコ蔵に手渡した。


「はっはっは! 根性なしだな!」

「うるさいっ!」


 近くで見ていた大賢者にからかわれて悪態を返しつつも、キラは頼もしい父親の隣に立った。


 余談ではあるが、一家の身長体重などについては、前日に行われた『健康王は誰だ!? 艶めけ!! 第一回健康診断選手権大会!!』によって、全員分のデータが私の脳にインプットされている。ちなみに優勝は、肥満体型と診断されたポコ蔵すら含めた全員だった。


「いきまーす!!」


 いけ、おデブちゃん。心の中で、私がそう応援してしまうほど平和的な姿かたちをしたポコ蔵もまた、キラと同じように非力な杵使いを見せた。


「よいしょー! おっとっと?」


 なんかもう……背が低い。杵を振っているのではなく、杵に振り回されている。コントロールも定まっていないために、一歩間違えれば私の頭がかち割られることになりそうだった。


「ピッ!」


 危なっかしくて見ていられなかったのか、割って入ってきたピィちゃんがポコ蔵の手を止めた。


「おぉ……なんという、てぢから!」


 実際のところ、子供の姿のピィちゃんに怪力は備わっていない。ただ、人間の手のように見える器官には目に見えないほどの小さな吸盤が無数にあって、それがポコ蔵の感じた手力の正体であった。


 ピィちゃんはポコ蔵の手から杵を奪い取ると、私と目を合わせてからゆっくりと両手を振りかぶった。


「ピィッ!」


 ペタン。


「ピィッ!」


 ペタン。


「ピッ、ピッ、ピィ!」


 リズムが素晴らしい。こねる私の手もピィちゃんの掛け声に合わせればいいだけなので、断然やりやすかった。ピーナッツと胡麻、そして青のりの香りが合わさった、素晴らしい豆餅があっという間に出来上がっていった。


「餅つきはゼノだな」

「そのようですね」


 キラとポコ蔵の言葉は、負け惜しみでもなんでもなく、大変な作業を他人に押し付けるための(おだ)てだった。二人とも、少し早い大人の階段を上った瞬間であった。


「……嫌よ」

「まぁ、そう言うなって。一年に一回の行事なんだし、お前もたまにはこういうのに参加してもいいんじゃないか?」


 すぐそばで見ていたはずの大賢者が、いつの間にか縁側へと移動して孤立していたソフィーさんに話しかけていた。


「ゼノ、スタァァップ!!」

「……ピッ?」


 大賢者から中止の言葉がかけられ、餅の上で杵がペチッと止まった。ソフィーさんは大賢者に手首を掴まれて、無理やりこちらへと連れてこられていた。


「こういうお祝いごとは、家族全員に参加してもらいたいと常々俺は思っている。ゼノは?」

「ピィッ!!」

「だよな?」


 ピィちゃんから差し出された杵を、大賢者は強引にソフィーさんに押し付けた。ソフィーさんは、なんともいえない美しい拒絶の色をその顔に浮かべていた。


「心配なら、片手でやれば?」


 何を心配するのやら。私は安全確保のため、下から夫婦の会話に参加しようとした。


「それだと、逆に危な……」


 スパァァァン!!!!


 音が遅れて聞こえた。彼女が切り裂いたのは空気と私の前髪、それと――


「すっげぇ!! 臼が割れてる!!」


 キラが喜びの声を上げていた。この状況で笑っているのは大賢者だけだった。


「し、知ってたんですか?」

「ちょっと考えればわかるだろ? いくらこの見た目でも、あのオヤジの娘だぞ?」


 そりゃ、そうだけど……そりゃ、そうだけど……そりゃあ、そうだけど!!


 出会ってからほぼ一年。まったく気づかなかった。まさか、ソフィーさんがこんなに怪力だったなんて。


「……だから、嫌って言ったじゃない」


 完成された豆餅が丸ごとへばりついた杵を担ぎながら、髪をかきあげて私を見下ろす彼女の背中には後光が差していた。以前から疑っていたことだが、それは確信に変わった。この人こそがファミリー最強。魔法も物理も、すべてにおいて右に出る者なし。絶対君主はこんなにも近くにいたのだ。

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