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大賢者の秘書官イシュタル  作者: ふるみ あまた
1章 エルフの章
4/4

4 はげまし

 

 集落の人たちとの親睦を深めながらの豚フェスは、とても楽しい雰囲気で執り行われた。シングルマザーのイルゼさんとの再会も果たすことができ、彼女の息子であるツィーオン君の隣には人の良さそうな男性の姿があった。あれから順調に愛が育まれたようで何よりだった。


 カールおじいさんも元気だった。奥さんはもっと元気で自分の言いたいこと、目に映ったもの、すべてをノンストップで喋くったかと思えば、日が暮れると寒くなるからと言って、ほとんど引っ張るようにしてカールおじいさんを連れて帰ってしまった。


 大賢者が何度か話題にしたことのある、ヒルダおばあさんにも初めてお会いすることができた。終始ニコニコとした穏やかな人で、確かに豊満なバストをお持ちになられている御方だった。


 丸々三頭の豚が綺麗さっぱり消え去った頃には夜の八時になっていた。お祭りはそこで終了となり、私たちはその晩、城に招かれて宿泊することになった。





 私にはピィちゃんと同じ部屋が割り当てられた。外観的には様々な建築様式が取り入れられたアレキサンダー城だったが、内装は品があってボタニカルな装飾が多く採用されていた。


「うちの母親でも孫には甘くなるんだな!! いや~、参っちゃうよ、ホント!!」


 声の大きい男が私のベッドの布団にもぐり込みながら、当たり前のようにくつろいでいた。私は早くも痛み始めた頭を抱えながら、その男の相手をする他なかった。


「それはこっちのセリフです。自室に戻られないんですか?」

「自室ぅ? そんなものは存在しない!! 俺の生家は跡形もなくなっちまった。せっかく実家に帰ってきても、思い出に浸ることのできない哀れな大賢者様を慰めてくれよ」

「またそんなこと言って。いいんですか? ソフィーさんを一人きりにして」

「いいんだよ、アイツは。暇になったら向こうから勝手にやってくるし、サラマンダー君だってついてるんだから」


 言われてみれば、ソフィーさんとサラマンダー君は前回の旅の途中で、何の前触れもなくいきなり合流してきた。ちなみにあの時、彼女たちが大賢者に放置されていた期間は、なんと二ヶ月間にも及んでいた。色々とツッコミたいところはあるけれど、そのあたりの価値観は普通の人間じゃない者にしかわからないのだろう。私はそれ以上深く考えるのをやめた。


「それにしても豪華絢爛な城って、なんか元気出ないわ。生きる気力を奪うというか。気晴らしに何かないか? 世間話とか」


 大賢者の生まれ育った家は、この城が建てられる前まで同じ場所に存在していた古めかしい洋館だった。現在こそ彼の両親は億万長者として何不自由のない生活を送っているが、当時はとても厳しい経済状況の中にあったと大賢者本人が話してくれたことがあった。いわゆる貧乏貴族出身の大賢者は躾だけは最上級、その他一切のものは庶民以下という、一風変わった環境で幼少期を過ごしたという。ゆえにレオナルド・セプティム・アレキサンダーという男は、こういった残念な仕上がりになってしまったのかもしれない。


 はっきり言って、大賢者に対して同情は覚えない。しかしながら私は彼に仕える者として、労りと奉仕の心をもって悲しきモンスターを励ますことにした。


「お父様については残念でしたね? お祭りに参加できなくて」


 大賢者の父であり、魔法界の発明王として世間一般に知られているエドガン氏。あまりにも忙しいのか、一度も実物を見たことはない。私が知っているのは氏が非魔法族出身であるということだけで、どんな人物なのか未知の存在であった。


「それはそうね……あ、そうだ!! 瓶詰のソーセージ食う?」


 せっかく相手をしてあげても、この調子である。もっとも、これぐらいのことは日常茶飯事だ。彼の提案に私はもちろん賛成した。あれだけたらふく食べたはずなのに、なぜかお腹には余裕があったからだった。


 大賢者は布団から抜け出し、意気揚々と私とピィちゃんが座っているテーブルにまでやってきた。その手には真っ白なお肉が詰められた瓶が握られていた。


「開けてみるか? ちと固いから、気をつけろよ?」


 私に瓶を放り投げてよこした大賢者は、何もない空間からキッチンナイフとお皿を取り出してテーブルの上に並べた。私は瓶を開けようとしたが、そのあまりの蓋の固さにすぐに諦めて、隣に座っていたピィちゃんに瓶を任せた。ピィちゃんは簡単に瓶の蓋を開けてくれた。


「あっ……なんだよ、そりゃあ。頑張って開けようとするお前の必死な顔が見たかったから、力いっぱい締めておいたのに」


 本当に面倒臭い男だ。だけど私はテーブルの上に置かれた琥珀色のボトルとグラスを見て、彼を許そうと思った。


「瓶詰のソーセージなんてあるんですね。このあたりではよく食べるんですか?」

「う~ん……知らん。オラ、口を開け。早く早く!!」


 そんなバカな話があるか、と反論する暇もなく大賢者の手によって厚めにスライスされたソーセージが口の中に捻じ込まれた。さながら雛鳥の餌付けのような構図だった。


「どうだ?」

「……パンチが効いてて、とっても美味しいです。だけど、なんというか、味付け自体はあっさりしてますね。いくらでも食べられそうです」


 口に入れた瞬間に豚の旨味が口の中に広がり、ニンニクの香りが鼻から抜けた。逆に言えばそれだけの、シンプルな味わいがした。私は大賢者からナイフを奪い取って自分好みの厚さに切ってから、もう一度そのソーセージを口にした。


「おっ、気に入ったか? いいよな。こういう、家庭の味というか。これ、ひと瓶食っちゃっていいから。ヒルダ婆さんに箱いっぱいに貰ったからさ。でも塩気が足りねぇよなぁ……ちょっと行ってきて、醤油と、ついでにアシハラも取ってくるわ」

「それじゃあ私はソフィーさんたちを呼んできます」

「……えぇ? まあ、いいや。勝手にしろ」


 祭りの後の夜はにぎやかに更けていった。次に目を覚ました頃には、汚いオジサンが床に寝転がっていて、ソファーには麗しの美女と大型犬がすやすやと寝息を立て、大賢者はちゃっかりベッドをひとつ使っていて、テーブルの上は醤油だのタバコの吸い殻だの飲みかけのグラスだのが散らかっていて、豪華だった寝室は酷い有様になっていた。祖母と一緒にいる時間を選んだ賢いキラだけは、その難を免れることが出来たのだった。





 迎えた翌朝。朝食に振舞われたカブのスープは絶品だった。アルコールで疲れ切った体に染み渡るその深い味わいは、雷の魔法で貫かれたかのような衝撃的な美味しさだった。ところがこの家の長男ときたら、そのスープには一切手をつけず、こんがりと焼かれたベーコンをつまらなそうにかじっているだけだった。


 見かねた母親は息子にスープを勧めた。ところが息子は頑として受け取らなかった。その光景を見た私は、息子というものはどう成長しても一生息子のままなのだなと、不思議な気持ちになった。親子はそのまま二言三言、言葉を交わした。その中には今回の旅の目的についてのものもあった。


「わざわざ錬金術師を探しに? レオナルド、あなた……正気ですか?」


 領主は頭痛を我慢しているかのような表情で大賢者を見た。使いの者を無制限に使える立場の彼女からすると、自分の手を煩わせるという行為が理解できなかったのかもしれない。


「おかげ様で」


 大賢者はギリギリのラインを攻めた。もしこの親子が喧嘩なんかを始めてしまったら、誰にも止めることはできない。始末の悪い最強の親子の日常会話は、何度でも私をヒヤヒヤさせた。


「……そうですか。どうしてもと言うのであれば、イージェプト、それからグリースを調べてみるといいかもしれません。どちらも錬金術の起源があるとされる国ですからね」


 エジプトとギリシャ。やたら発音の良い領主の言葉を聞いて、ピンとくるものがあった。大賢者がたまにみせるネイティブな発音は母親譲りだったらしい。


「そのつもりさ。その前に寄るところがあるけど。キラ、今日はもう出発の日だぞ? オーマにはうんと甘えたか? 心残りはないか?」

「うーん……オーパに会いたかったな。オーパって、どんな人なんだ?」


 オーパとは祖父のことだ。キラもまた、エドガン氏には会ったことがなかった。


「よくいる痛いオッサンだよ。敬語が使えなくて、アル中で、ハゲてる」

「そうですね。だいぶ薄くなりました」


 それまで静かにしていたソフィーさんがスープを噴き出した。瞬間、彼女の素の部分を垣間見た領主が瞳をギラつかせたのを、私は見逃さなかった。


「これがエドガンの若い頃の写真です」


 エドガン氏のポートレートを魔法で引き寄せた領主は、食卓に集まった全員にその写真をよく見せた。キリッとした眉毛と鼻筋の通ったすっきりとした顔立ちは、大賢者の弟であるユリエルによく似ていると思った。若い頃ということもあって、髪の毛はまだフサフサだった。


「この色男が、今では……こう」


 領主の魔法によって、写真の中のエドガン氏はあっという間にハゲ散らかしてしまった。食堂には爆発音に近い笑い声がこだました。もちろん私もその中に含まれていた。さらに領主は別のポートレートを二枚ほど魔法で手繰り寄せて、そのうちの一枚を皆によく見せた。写真に写っていたヘラヘラした男は大賢者だった。


「エドガンの血を引くレオナルドも、やがて滅びの時が来るかもしれません。ともすれば……こうですね」


 写真の中の大賢者が一気にハゲ上がると、またしても堂内は爆笑に包まれた。領主の写真加工の魔法は、ネタにされた本人でさえ腹を抱えて笑うほど見事なものだった。実は笑い上戸であるソフィーさんは、涙をボロボロこぼしながら笑っていた。彼女の様子を見て満足気な表情を浮かべた領主だったが、そこからさらなる攻撃の手が伸びた。


「これが次男のユリエルです。今現在、ユリエルはエドガンと同じ頭脳労働に従事しています。このままいくと、この子も……こうなりますね。私の可愛い息子たちが、将来的にはこうなることでしょう」


 領主は写真の兄弟それぞれに違うハゲ方をさせ、一枚の写真にまとめて私たちに見せつけてきた。満面の笑みを浮かべたツルツル頭の大賢者と、父親そっくりに頭髪が荒れ果ててしまった仏頂面のユリエル。世界最強の魔女の恐ろしい攻撃に耐えきれた者は、その場にひとりもいなかった。

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