155 全力看護選手権大会・リシオン編
寝室は三部屋用意されている。一番広い主寝室は大賢者とソフィーさん、それからサラマンダー君が使い、残りの部屋にはアシハラとピィちゃん、そして私とキラが、それぞれ割り当てられている。
ベッドはシングルよりもやや大きい、セミダブルのものが設えてある。部屋自体はゆったりとした空間が取られていて、少々暑苦しくなるが、こうして六人と一匹が同じ場所に集まっていても、隙間が生まれるほどの広さだ。
「どうして……」
ベッドに横たわり、額に脂汗を浮かべて呻くキラを皆で見下ろす。
「そりゃ、そうでしょ」
普段は慈愛に溢れるアシハラが、乾いた反応を示すのも無理はなかった。
アーモンドクラッシュがたっぷりトッピングされたアイスクリーム。そのあとの夕食では、チキンがホロホロになるまで煮込まれた濃厚なカレーに、大好物の米だけでなく、コーンブレッドまで平らげていた。さらにデザートとして、ドライフルーツやナッツを山ほど食べ、乾いた喉は大量の冷たい水で潤す。
これが彼女の、昨日の食事内容の一部である。が、どれほど振り返ろうとも、心当たりしかないことに変わりはない。むしろ、よく今まで平気でいられたな、というのがこの場に集まったメンバーの総意ではないだろうか。
「じゃあ、今日は『全力看護選手権大会・リシオン編』ということで」
診察を終えた大賢者が真面目な顔で、ふざけた言葉を口にした。
「動けそうなのは、俺とタルだけか。行くぞ」
「はぁ」
どこへ行くかは、もちろん教えてくれない。ただ、人選が完璧なのは何となく理解できた。
ソフィーさんとサラマンダー君は、肉体的、そして精神的にも、キラを癒す存在として奮闘してくれることだろう。私だって、できれば彼女の近くにいて支えてやりたいが、アシハラのようにウマの世話という外せない日課があるわけでもなく、ピィちゃんのように水が出せるという利便性の高い能力を授かっているわけでもない。
大賢者はきっと、下痢止めに効く薬の材料を探しに街へ出るつもりなのだろう。今の私にできるのは、彼と行動を共にして、その技と術をできる限り盗み、吸収した知識を有事の際に活かすことだけだ。実際のところは、そういった心配もほとんどないのだが。
「おっしゃ、行くか」
私の肩を軽く叩き、大賢者は部屋の出口へと歩き出した。私は皆に「いってきます」と目配せだけで告げてから、その後を追った。すると、彼はいきなり立ち止まって振り返った。
「欲しがっても、あんま食い物は食わせるなよ? 暖炉で温めた水を、少しずつやってやれ」
エルフの少女が下痢になったときの初期対応を頭の中に叩き込み、私は再び前を向いて歩き出した彼の背中に続いた。
がらんとした真昼のフロントを通り抜け、突き当りにある細い階段を下れば、建物の二階に相当する出入口以外には何もないフロアに出る。そこからさらに外階段を下ると、高い建物たちが強烈な日差しを遮ってくれる路地裏に出る。宿の一階部分は厩舎になっていて、そこにウマを預けている。
今日も厩舎からは、乾いた飼い葉の匂いと湿った土のような香りが漂っていた。いつ見ても中は清潔で、強い日差しもきちんと遮断されており、長毛種のウマであっても快適に過ごせる環境が保たれている。
その様子を私が横目で確認しようとすると、大賢者が建物の外に併設されている長椅子にいきなり座った。それだけでなく、彼はのんびりとそこで一服を始めてしまった。
「何をやってるんですか?」
「タバコをやってるんですが?」
ことあるごとに小馬鹿にしてくる。この顔を、どれだけ殴りたいと思ってきたことか。
殺気を察したのか、厩舎の中でウマが微かな嘶きを上げる。私は熱くなった吐息を鼻から出して、奥歯を噛みしめながら彼を問い詰めた。
「キラが苦しんでいるんです。薬の材料を早く探したほうがいいんじゃないですか?」
「薬? 作んねぇよ、んなもん」
「はぁ!?」
怒りと疑い、からの威圧。
目の前にいる男が、本当に何を考えているのかわからず、つい語気を荒げてしまった。にもかかわらず、彼はヘラヘラと笑っているだけだった。
「まあ、落ち着けって。子供の下痢なんてのは、よっぽどのことじゃない限り、無理に止めなくていいんだから」
「……『全力看護選手権大会』だったのでは?」
薬の他に、彼は違う対応策を用意しているということはわかった。それでも私は、このムカつく心を収めるべく、苦し紛れに、矛盾を指摘したくて素早く言い放った。
「軟膏でも作って、肛門に塗るか?」
意に介さずとぼけ続ける彼は、立てた人差し指をのの字に巻く。そこに私は隙を見つけた。
「薬作ってるじゃないですか」
「冗談だよ。切れてたら、お前に塗らせてたけど」
「切れる?」
「肛門が切れてた場合の話だ。怒るなよ? 真面目な話なんだから。あいつは皮膚が薄いから、一度そうなっちまうと厄介な状態になりやすいんだよ」
さきほどの寝室では、そういったところを診ていたのか。呆気に取られ、同時に感心する。「おわかり?」と言わんばかりに頷いた彼は、指の間に挟んだタバコを器用に弾き、備え付けの灰皿に灰を落とした。
「幸いなことに、今回は出血も炎症もなし。治療食でも作ってやれば、すぐ良くなるだろう」
薬ではなく、お腹に優しい食事で治す。それが、彼の言う『全力看護』の正体だった。
「そういう知識って、どこで学んだんですか?」
「あぁん? そう言われてもなぁ……まぁ、色々とやっているうちに自然と、かな」
ずいぶんと簡単に言ってくれる。宙にたゆたう煙を眺めながら、私は彼が過ごした濃密な時間に思いを馳せた。




