14 捻じり込んだ感想戦
この拠点での生活は、累計で何か月が経過したのだろうか。少なくとも私の目は外に出ただけで、今日が新月だとわかるようになっていた。
「アシハラ、ちょっと聞きたいんだけどさ」
「はい、なんでしょう」
広々としたウッドデッキの一番奥にある大きなガーデンテーブルには男二人が腰かけていた。二人はプカプカと煙をあげつつ、酒を楽しみながら、なにやら話をしているようだった。今日という日を無事に終えられた私は、いつものように男二人に近づいていった。
「今日作ったほうじ茶のパフェってさ、アレってボケだったの? それともガチのやつ?」
「ガチです。あの……気を回しすぎちゃって。最近、女性陣から抹茶のおやつのリクエストが多かったものですから。さすがにもう飽きたんじゃないかなぁ、って勝手に思い込んでて。そしたら、あんな感じになっちゃって」
「フハハハハ!! お前のその感じ、俺は嫌いじゃないぞ!!」
「お疲れ様です」
私が声をかけると、引き締まった体を持った男と、熊並みの体格をした強面の男、両方の視線がこちらに向いた。いずれも、その眼差しは空いている席に腰掛けた私を歓迎するものだった。
「これはイシュタル殿、お疲れ様です」
「おう、ご苦労さん」
大賢者とアシハラに労いの言葉をかけられるやいなや、サラマンダー君の柔らかな毛並みが足にまとわりついた。テーブルの下で私が両手を開くと、最近ではハスキー犬サイズの体にポメラニアンのようなつぶらな瞳をした犬の姿になっていることが多いこの火の精霊は、自分からその可愛らしい顔をすり寄せてきた。わしわしと、少しだけ強めに撫でてやると喜ぶサラマンダー君の極上の毛並みは、今宵もこの世のどんな素材の毛布より素晴らしいものだった。
「いつもより早いじゃんか。ガキどもはちゃんと寝たのか?」
「案外、ぐっすりと。温泉効果ですかね」
家事はアシハラが一手に担っているが、子供たちを寝かしつけるのだけは私の役割だ。ピィちゃんはいつも大人しく寝てくれるのだが、キラはそうもいかない時が多い。大賢者の母も言っていた事なのだが、キラは成長期であり睡眠が非情に大切な時期だ。たまに夜更かしを許すこともあるが、彼女にはしっかりとした睡眠時間をとらせるのが、この家でのルールである。今日は楽しいイベントも多かったことだし、今頃きっと良い夢を見ているんじゃないだろうか。
「フハハハハ、本当に単純なやつだな」
「ところで、ソフィーさんは?」
タバコの煙があるところに彼女の姿あり。私がそう認識しているほど、ソフィーさんはハードな愛煙家である。彼女の喫煙の所作というのは、持ち前のプロポーションも作用してか、とても美麗であり、キラがよく『かっこいいなぁ』なんて言いながら、惚れ惚れとした表情で見ていたりする。その代わり、お酒は一滴も飲まない。私とは真逆の嗜好を持っている。
「部屋でゲームやってる」
言いながら大賢者は空のグラスにラム酒を乱暴に注ぎ入れ、こちらに突き出した。アシハラにお湯で割るかとジェスチャーで尋ねられて、私はホッとした気持ちでお願いしながら話を続けた。
「ゲーム?」
「うん。もう何年も同じゲームをやってるんだよ」
ソフィーさんが異様にゲームが強かった理由がわかったような、わからないような。私は何ともいえない気持ちで、野太い腕によって差し出された湯気立つグラスの中身をゆっくりと口に含んだ。自然と目が合ったアシハラの表情も、どこか釈然としない色を見せていた。
「それってどんなゲームなんですか?」
未だに謎に満ちた大妖精という種族がハマるゲームというのは、一体どんなものなのか。純粋に興味をもっての質問だった。大賢者は自分でもよくわかっていないのか、首を傾けながらではあったが、私の質問に答えてくれた。
「えっとねぇ……なんか、惑星と生命体を作って、それにちょっとずつ知能を足していって、その生命体が自分を生み出した存在、つまりプレイヤーだな。その存在に気付かせることが出来ればクリアっていうゲーム。変なゲームだろう?」
何も言い返せなかった。私もアシハラも、ただ黙って頷いて大賢者の意見に賛同しただけだった。
「部屋ん中でさぁ、なんかアイツ、ずっと喋ってんだよ。ゲームと。『またダメね』とか言って」
お得意の誇張したモノマネをまじえながら、大賢者は笑って説明を続けた。それを聞いてすぐにまた、私の中で新しい疑問が生まれた。
「嫌じゃないんですか、それ?」
私の手がラム酒のお湯割りを飲むことに使われるたびに『その手を頭を撫でる作業に戻してくれ』と前足で訴えてくるサラマンダー君は、大賢者曰く『かまってほしい病』を患っている。この厄介な疾患は人獣共通のものであり、何を隠そう我らが大賢者も同じ病を抱えている。そんな彼が、よくその状況を耐えられるなと思った。
「まあ、好きなことを集中してやれてるわけだしな。いいんじゃねぇの。アイツはアイツで色々、ストレスもあるだろうし。キラで言うところの、アニメみたいな感じで」
キレやすいくせに変な所で寛大。つい最近までは、それが大賢者という男だと思っていた。しかし現在は、キレやすいという部分は、実は演技なんじゃないかと疑っている。といっても、長い期間彼と一緒に生活をしているうちに何となくそう思うようになっただけで、確証はまったくないが。それについては私の希望的観測かもしれないし、いつまでしがみついていても仕方がないことだ。軽く深呼吸をして今現在に集中しなおした私は、ここでは聞きたいことをズバッと切り込むことにした。
「アニメといえば、今日のケブラとの決闘でみせたパワーアップ技って、どういう原理なんですか、あれ」
「あれかぁ……」
大賢者は腕組みをしながら視線を上の方に向け、脳内の情報整理の体勢に入った。彼がこのポージングを取ってくれた時は、大概は真面目に答えてくれる時である。残る問題はそれを私が理解できるか、否かだ。
「アシハラはわかった?」
「まぁ……なんとなくですけどね。要は外気をイジって、そのあと型を変えて、っていう」
「そうそうそう。わかってるじゃん。さすが」
上位者だけで疎通を交わす、この流れの時は大体の場合、私には理解ができない時が多い。どうやら今回は、大ハズレを引いてしまったようだった。
「原理としては、わかりやすく言うと……俺、毒混ぜたの。あのオヤジが吸い込んでる、ママのエネルギーの中に」
わかったことはママというのが、はじまりの木の女神エリシェバを指して言っているということだけ。あとは全然わからなかった。理解が追いつかない私は、もう少し詳細な情報を得るために口を動かした。
「どうやって?」
「残念だけど、それを言葉で伝えるのは無理だな。だけど人間の魔力っていうのは、他人にとっては毒になるっていうのは、もう知ってるだろう?」
それは魔法界でもっとも認知されている魔力の性質である。だからこそ人は魔法で傷つくわけだ。
「それっていうのは、種族は問わないわけ。たとえ神格であったとしても、というか、そういう奴らにはそれしか効かないっていわれているくらいで。普通の……現代魔法は、まったく通じない」
アシハラは普通に頷いていたが、ここでも私はつまづいた。内容が矛盾している気がしてならなかった。私はこの場での理解を諦め、とりあえず聞くだけ聞いておくことにした。
「だから俺はぶん殴るのが好きなんだけど、まぁ、それはいいとして。あっちの世界の住人って、俺たちとはちょっと違ってて、ママのエネルギーを直接取り入れて、それを魔力として使っているわけ。で、俺は殴り合いながら、あのオヤジが取り入れてるエネルギーに少しずつ自分の魔力を流し込んでたんだよ」
思いもよらぬ新情報が飛び出し、混乱直前に陥った私は頭の中を整理しながら次にふさわしい言葉を探した。
「き……きたない、ですね」
「そうだろう? 人間らしいやり方だろう?」
私が必死で絞り出した声は、なぜか大賢者を喜ばせただけだった。
「でも今回の件に関しては、ママにはもちろんバレてたんだけど、たぶんオヤジの方もわかってて付き合ってくれてたはずだよ。だって、さすがにわかるじゃん。なんかいつもと違って、今日はちょっと喉が痛ぇなとかさ。俺たちにだって、そういう感覚はあるわけだから。バキバキに鍛えたド戦士で、なんか今日は体が上手く動かねぇな、なんて、異常事態も異常事態だったろうに。神っていうのは、どこまでも知っているからな。自らのノックアウト負けを願う愛する娘の為に、わざとやられてくれた、と。だからさ、オヤジになるって大変だなぁ、って思ったよ。というお話でした」
なんていうクソ野郎なんだ。昼間の感動を返せ、バカ。言いたいことが多すぎて、またしても何も言えない状態になってしまったが、なんとか持ち直して、私はまだ触れていない方の情報を求めた。
「型を変えて、っていうのは?」
毒によってケブラの能力が下がっていたとしても、私の目には確かに大賢者がパワーアップしているように見えた。それだけは間違いない事実であった。
「そいつは簡単だ。相手に毒が回るまで、防御重視じゃないんだけど、前に出ないっていうか……引きながら戦ってたんだよ。それでも完璧に避けられなかったなぁ。あのオヤジの打撃が速すぎて。まぁとにかく、ずっとそういう戦い方をしていて、そろそろ頃合いかなっていうところで、自分の得意なスタイルに変えたっていうだけ」
「それって、手を抜いてたってことですか?」
「何言ってんだ、お前。そんな余裕があるわけねぇだろ? むしろ手を抜かれてたのは、こっちなんだから」
ここで私はギブアップした。文字通り頭を抱えて、下を向いてもう一度よく考えてみても、大賢者が何を言っているのか、半分もわからなかった。
「ハハハハハ。で、キラのリアクションはどうだった?」
「……とても喜んでましたよ。大好きなアニメの技だ、とか言って」
「じゃあ、良かった。どう見せれば、そう見えるのか、一生懸命考えてやったんだから」
そこは計算通りだったのか。妻だけでなく、娘のことも喜ばせる良い父親なのか。毒を撒いて戦う、悪魔のような男なのか。あるいは両方か。ただ、私の中には大賢者の戦術を肯定する自分もいて、過去と今の自分のギャップを感じた。
「ところで、お前たちはなんか無いの? アニメとかゲームとか、そういう欲求じゃないけど、不満解消のために、こういうのが欲しいとか。そういうのあれば、とりあえず言ってみな。出来る限り聞いてやるから」
私はアシハラと目を合わせてから、発言の順番を譲った。なぜそうしたのかというと、なんとなくアシハラが何も要求しないことがわかっていたからという事もあるが、チャンスをモノにするために気持ちを切り替える数秒間が欲しかったからというのが理由として大きい。
「俺は……特に無いですね。設備も、問題がある都度、用意してもらっているし」
「私は仕事部屋が欲しいです」
私は滅私奉公の精神を持つ侍の言葉に被せ気味に要求した。すると、それまで楽しそうにしていた大賢者の表情が一気に曇った。
「おいおいおい……マジかよ、タル」
「マジですよ。私はほら、アシハラさんと違って、今完全な休暇状態じゃないですか。だから心苦しいんですよね。せめて何か、誰かの役に立っているという成果や実感が欲しいんです」
「そんなの気にしなくてもいいと思うけどなぁ。アシハラは、どう思う?」
「イシュタル殿らしいかな、と」
「仕方ないねぇ。まったく、クソ真面目なんだから……」
大賢者は面白くなさそうにぶつぶつ言いながらも、後日しっかりと私の要求に応えてくれたのだった。




