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 前世の記憶なんてなければ、村で静かにただの村人として生きることができて、オリバーに言われたことで思い悩むことなんてなかったろうに。


 辛くても決して顔にはださないようにして過ごすのは、聖女時代から慣れている。

 微笑みを絶やさず、お客さんの声には朗らかに受け答えする丁寧な接客を心がけ、きびきびと働く。

 宿のお客さんには隠し通せているとは思うけれど、時々、モリーナの様子を伺うように女将さんとおじさんが視線を投げ掛けてくる。

 それでも笑顔で一心不乱に働くことで、モリーナは深く考えることから逃避しようとした。



 食堂の客足が落ち着き、最後のお客さんが食べ終わった食器を厨房に運んでいた時だった。



「モリーナ、あんたにお客さんだよ。お友達かい?」



 最後のお客の対応をしていた筈の女将さんが、厨房に顔をだした。



「お客………お友達………?」



 心当たりがなくて首をかしげながら厨房から食堂にでてくると、女将さんによって食堂に案内されたらしいシャーロットが、鞄を携えてそこにいた。



「シャー………ロ……ット?」



 いろんなことがあって忘れていたが、そこで唐突に、シャーロットと約束していたことを思い出した。



「貴方が来いって言ったんでしょ。」



 少し恥ずかしそうにそっぽを向きながら悪態をつくシャーロット。来て欲しいとは言ったけれど、来てくれるかはほとんど賭けのようなものだった。

 オリバーに言われたことを平気だと無理に思い込んではいたけれど、思いの外、へこんでいたようだ。

 それと共にシャーロットが来てくれたことの驚きと嬉しさとほっとしたのがませこぜになって、気持ちが乱高下して。

 我慢していた筈の感情の蓋が開いて、一気に涙腺が崩壊した。



「ちょっと、何で?!」



 珍しく狼狽えてハンカチを差し出すシャーロットを前にしても、涙が止まることはない。

 女将さんとおじさんも慌てている。

 熱いものがしとどに流れ落ち、必死に止めようと、シャーロットから渡されたハンカチで目頭を押さえて俯くと、



「私、この子と同じ村の出身なんです。この子と2人きりで話せる場所はないですか?」



 シャーロットが丁寧な言葉遣いで女将さんとおじさんに話しかける声が聞こえる。

 泣いてばかりだと心配をかけるから止めたいのに止まらない。



「ほら、行くわよ!」



 片腕を掴まれ、目元を押さえたままのモリーナに時々、「そこ、階段があるから。」「次、右に曲がるわよ。」とか声をかけられながらたどり着いたのは、宿の裏にある従業員用宿舎だった。

 宿舎部分はモリーナしか使用していないので、確かにシャーロットで2人きりで話すにはふさわしい場所だ。

 共有スペースであるリビングにある大きなテーブル。その椅子にシャーロットは勝手に座ると、隣の椅子の背を引いてドンと叩いた。叩かれた椅子の前のテーブルには、無造作に紙袋が置かれる。




「ほら、座ってさっさと話を聞かせなさいよ。」


「話すって……。」



 流石に宿舎に来た時には涙は引っ込んでいて、

 泣いた名残で鼻をすするだけになっていた。泣いたのが久しぶりで恥ずかしくて、ハンカチに顔を埋める。

 すると聞こえみよがしに、わざとらしい大きなため息がモリーナの耳にはいった。

 モリーナが顔を上げると、



「私は文字の勉強をしに来ただけよ。」



 そうシャーロットは言って、携えていた鞄から書き留める用の紙やインクを取り出す。



「あんたのことなんて見てる余裕ないの。何も見てないし、勉強に急がしくて話しなんてじっくり聞いてなんていられないわ。何も見てないし、聞こえないのなら、壁に向かって話してるのと同じだと、思わない?」



 そう言って、シャーロットはモリーナを見上げる。何処かで聞いたことのある台詞だった。

 明らかに、昼間と夜でシャーロットとモリーナの立場が逆になっていた。それが可笑しくなって、先程まで泣いていた筈なのに込み上げてきたものが止められなくて、大声で笑ってしまった。



「何笑ってんのよ!」



 モリーナが笑いだすと逆にシャーロットは怒りだす。それが更に面白く感じて笑いが止まらなくなった。

 ひとしきり笑った後、シャーロットにきちんと謝った上で、シャーロットに指示された椅子に座って今日あったことを話して聞かせた。きちんとシャーロットの方を向いて、目を見て。

 シャーロットは話してくれたのに、自分が話さないのはフェアじゃないと思ったからだ。




「要するに、あんたはコルト侯爵に『お願い』されたから侯爵の親族として働くことになったのに、その部下のオリバーって人から冷たく対応されたってこと?」


「簡単にまとめると……そうなる。」



 モリーナの話しに対して、シャーロットは何だか納得がいかないという顔をしていた。



「オリバーさんは、コルト侯爵家やコルト侯爵のことを思って、私のことを危険視してるんだと思うの。ほら、私は平民だし。」



 自分が悪く思われているのに、なぜかそれをするオリバーを弁護しているのは変な感じだった。



「オリバーさんは上の立場であるコルト侯爵様から命令されたら嫌とは言えないでしょう?だから私に直接伝えることで、少しでも侯爵家に被害が被らないようにしようとしてるんだと…思う。」



 信用されていないのは悲しいことだけど、仕方がないことなのだ。

 モリーナが尻窄み気味になりながら話すと、モリーナが話していくうちにシャーロットの眉間のシワが深くなっていく。

 モリーナが話し終えると、シャーロットはこめかみ辺りをぐりぐりとして、また大きなため息をついた。それは、イライラした自分を落ち着かせる為のように見えた。



「あのさ……モリーナは、悔しいから泣いたんだよね、私と一緒で。」



 モリーナは、シャーロットの言葉に虚を突かれた気がした。

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