〔陸〕著作権って大事。
請われるまま亀の背に乗り、共に鬼ヶ島へと渡った金太郎。
その姿こそ人間なれども、やがては世界を統治する者。妖鬼達は
最大限の敬意と最上級の贅沢にて、金太郎をもてなしました。
鯛や鰻の舞い踊り。呑んで唄って千鳥足。酒池肉林。杯盤狼藉。
楽しさのあまり、すっかり時間を忘れてしまった金太郎。
気が付くと、とっぷりと日が暮れていました。
いけないいけない。早く帰らないと…。
金太郎は、慌てて宴の席を立ちました。
ところがです。外の様子を窺うと、暗闇のはずが妙に明るい。
して、不思議に思った金太郎は、外に出て驚愕することに。
…何と。何ということだ。これはすごい…。
ぐるりと島を見渡すと、至るところが、眩く輝いていたのです。
そう。それはまさしく黄金の輝き。鬼ヶ島の岩石と砂は、すべて
純金。日が暮れたことで、それが顕わとなったのです。
妖鬼達は、金太郎の前に跪き、恭しく言いました。
金太郎様。あなたは、我々の王となられるお方です。いずれは、
この黄金に輝く島のすべてを、あなたに統べていただきます。
あまりにも唐突過ぎる申し出に、初めは金太郎も戸惑いました。
けど、最後は素直に言葉を受け入れ、その機会が訪れたなら必ず
戻ると約束し、再び亀の背に乗り、老夫婦の元へ。
あらまあ。こんなに遅くなるまで、何処へ行っていたんだい?
じつは、金太郎が出掛けた朝から、すでに二十年もの時が流れて
いたのですが、痛いくらい耄碌している老夫婦の場合、八時間前も
二十年前も、それほど違いはなかったのです。
ははあ。そうかそうか。さては、女子だな?
金太郎は、くそじじぃの助平な視線に、笑って頭を掻きました。
さて、翌朝。酷い二日酔いの金太郎は、お爺さんの勧めで風呂へ
入ることに。
ところが、金太郎ほど大きな身体は、自宅の湯船には収まらず、
お爺さんは、金太郎を近くの温泉場へ連れて行くことにしました。
温泉どころか、湯に浸かるのも初めてのこと。金太郎は、湯気の
立ち上る水面に向かい、ざぶんと勢い良く飛び込んだのでした。
それが、熱い。とにかく熱い。あまりの熱さに、今度は温泉から
飛び出しました。
が、その直後です。
全身が爛れ、ずるずると皮膚が剥がれ落ち、それは、人の姿形を
した鬼の子の、真の姿が白昼堂々、顕わとなった瞬間でした。
異形だぁっ!
叫んだのは、時を同じくして温泉に入っていた村人です。また、
それを皮切りに、あちらこちらで悲鳴と怒号が飛び交いました。
異形だぁっ! 異形がおるぞっ! 殺せっ!
村人達は狂ったように叫びながら、無抵抗の金太郎に、鎌や鍬を
投げつけたのです。
しかし、その皮膚は鋼のように強靭で、鎌も鍬も歯が立たず。
そのことがさらに、半狂乱の村人達を追い込んでしまい、最後は
皆で一斉に飛び掛かり、騒ぎを聞いて駆け付けた村人から太い縄を
受け取ると、数人掛かりで、ぐるぐるぐるりと縛り―――むぅ?
「ひどい話だ。じつに…」
「失礼な」
「あ。いや。そういう意味では。異形というだけで、その仕打ちは
あんまりだなと」
「なるほど。たしかにひどい話ですね。でも、ひどいのはまだまだ
これから。金太郎は、見てしまったのです。自分を縛り上げる者の
中に、お爺さんの姿もあったことを。お爺さんは、村人達の非難を
恐れて、金太郎のことを見捨てたのです」
「…ひどい。何と、ひどい話だ―――と言いたいところですけど、
僕も同じ立場だったら、どうしているか…」
「ですね。何とも脆弱で悲しいものです。人間の心というものは」
「もし、お爺さんでなく、お婆さんならどうしたかな?」
「縄を持って駆け付けた村人。それが、お婆さんです」
鬼か。
そうして囚われの身となった金太郎。心の中には、絶望と落胆、
あとは、深い悲しみしかありません。老夫婦を恨んだり憎んだり、
そういうことは思わなかった。ただただ悲しい。それだけです。
…ああ。そうか。そうなのか。これが本当の姿なのか…。
水たまりに映し出された自分を見て、金太郎は嘆くと同時に決意
します。
ならば、私は私の居場所、私の居るべき世界へ…。
金太郎は亀を呼び出し、鬼ヶ島へ行くことを告げ―――むぅ?
「いや。ですから、どうやって?」
「は?」
「どうやって、その亀とやらを呼び出したんです?」
「そ。それは。その。あれです。あれ。その…」
何故、目を逸らす。
「あ。そうそう。別れ際に受け取っていたのです。いつでも自由に
亀を呼び出せる犬笛を」
「なら、手足を縛られたまま、どうやって―――ちゅうか、何故に
犬笛」
「あのね。立花君。そろそろ佳境です。こう、ちょくちょくと話の
腰を折られては、進むものも進まないでしょう。あまり安直に質問
しないように。いいですね?」
「…はあ。すみません…」
「蟹は雁字搦めに縛られている金太郎を―――むぅ? 何です?」
「あ。あの。蟹じゃなくて、亀です。亀」
「は? 蟹? あのね。立花君。一体、何を言って―――」
「いや。僕も話の腰は折りたくないですよ。でも、もう色んなのが
ごちゃ混ぜなので、是非その辺はお願いします。でないと今度は、
猿蟹合戦? とか思っちゃうんで」
「馬鹿おっしゃい。言うわけないでしょ、猿なんて」
「いや。猿じゃなくて蟹です。蟹と言っていました、はっきりと」
「ああ、そう。ああ、そうですか。では仮に、仮に言ったとしても
です。亀も蟹も似たようなものでしょ。平べったくて硬いし」
…いやはや、その雑さ。安心しました、お変わりなくって…。