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〔拾捌〕何事も五分前行動を。

「立花殿、よろしいか?」

 不当な扱いに不貞腐れているところへ、()()が声を掛けてきた。

よろしいが、つまらないことを言ったら八つ当たりするぞ、こら。

「皆と違い、拙者の大刀《是光左文字(これみつさもんじ)》だけは、あちらにござる」

 あちら?

「小癪にも妖鬼の奴めが払い退け、その拍子に弾き飛ばされ…」

「…ああ。それで、あんなところに…」

 蝋燭の炎が怪しげな文字を紡ぐ暗がりの中、明後日の方角で所在

無げに転がっていた抜き身の大刀。研ぎ上げたばかりだというのに

刃こぼれが酷く、死に物狂いで戦ったことを物語っている。

 僕は大刀を赤い鮫鞘に納めながら、わざとらしく訊いてやった。

「ところで皆さんの品々は、美咲先生の役に立ったんですかね?」

「くっ。小僧よ。生意気にも、そのような嫌味を申すか」

 ふん。さっきのお返しだ、馬鹿め。

()()()()()()()のではのうて、何らかの()()()()()()()()()()()

()()? と淡い期待を抱き、一応、持たせてはみたのだがの…」

 なるほどな。条件不足。たしかに有り得る話だし、色々と試して

みたわけか。わざとだけど、何だか悪いことを訊いちゃったな。

「ん? あれっ? ちょっと待て」

 ふと観音扉に目を向けた僕は、疑問というより、もっと根本的な

部分に生じた、極めて重大な矛盾に気が付いた。ついつい、失念を

していたが、それを思うと、どう解釈したっておかしいだろ。

 僕が貼り付けたものに違いない。封印の札は、今も変わらずその

ままだ。

 貼り付けた者が剥がさぬ限り、何者も封印に逆らうこと能わず。

 皆からも、美咲先生からも、そのように聞いている。

 ならば、どうして美咲先生は本堂に入った。わざわざ入る理由が

ないじゃないか。

 妖鬼はどうやって本堂の外へ出た。御札の効力が尽きたのか?

「立花さん。その。じつは、うっかり見損ねてしまって…」

「うっかり? 見損ねた?」

「キミが帰った後すぐに、彼女は例の床の間まで戻ったわ。話して

いたでしょう。()()の扉を外側からも封印すると」

「まあ。はい。言っていましたね。………で?」

 化学が言うには、そこで新たな封印の準備を進めていると、どう

いうわけだか、そこへ妖鬼が姿を顕わした。

 尤も、突然というわけではない。遠くから響き届く歯軋りの音で

予め察知し、おかげで、きちんと用意をしてから臨めたそうな。

 しかし、そうした皆の期待も空しく、結局は誰も憑けなかった。

 このままでは外へ出してしまう。そう思った美咲先生は、妖鬼を

誘導しながら必死で本堂まで逃げ遁れ、再び封じ込めを試みた。

 が、二度も衝かれて倒れ込み、皆の気がその安否にばかり向いて

いる隙に、いつの間にやら、妖鬼は忽然と姿を消していた。

「てことは、揃いも揃って雁首並べておきながら、誰一人として、

妖鬼がどうやって封印の扉を出て行ったのかを見ていない…、と」

「仕方ないじゃないかさ。あたいらだって、突然のことで気が動転

してたんだ。それとも何かい。何か文句があるってのかい。なら、

言ってごらん。ほれ。さっさとお言いよ。さあ。さあさあ」

「いや。失言は認めますが、べつに皆さんを責めてるわけでは…」

 ちっ。詫びるどころか居直りかい。何より一等、始末が悪いな。

「あら? あなた、どうやら相当気に入られたようですわよ?」

 はい?

「これぞまさしく、言わんこっちゃないといったところかしら?」

 何なんだよ。

「今しがた、早く支度を済ませるよう、皆が忠告しましたわね?」

 されたよ。されたが、何だ。

「音の響き具合から、まだ少し離れたところにいるようですけど、

それだって、時間の問題ですわよ?」


 ぎっぎっぎぎっぎょりっ…


「なっ? 嘘だろ、おい。ここまで、もう追い付いたってのか?」

「伊達や粋狂だけだと思いまして? こうして日傘を差すことで、

遠く離れた微かな音も拾い集められますのよ?」 

 こいつ、やけに大人しく静かだと思ったら、妖鬼の出す物音に、

全意識を集中させていたってのか。だとしたら、中々やるな…。

「何をしていますの? 早く受け取ったほうがよろしくてよ?」

 たしかにな。日傘の言うとおり、どうせここまで一本道。すぐに

扉を押し開け、中に入っ―――なぁぬぅっ?


 ぎっぎっぎょりっぎっぎっぎぎっぎょりっぎっぎょりっ


「小僧っ! 何をしておるっ! 早よういたせっ!」 

 馬鹿な。妖鬼は扉を開けちゃいない。これが漫画やアニメなら、

描写は【ズブズブズブズブゥ…】といったところだろうか。妖鬼は

扉の物理的干渉を受けることなく、そのど真ん中を()()? した。

 まずい。まずいぞ。途中に()()となる僕がいないからだろうか、

妖鬼は真っ直ぐ確実に、二人のことだけを凝視している。

「野郎っ!こっち向けいっ!」

 僕は慌てて刀を抜き、僕に注意を引きつけるべく、鮫鞘を妖鬼に

思い切り投げつけた。

 次いで二人の元へ駆け寄りながら百合寧さんに向けて声を張る。

「今すぐっ! 今すぐ急いでっ!」

「ほ?」

 …仕方ない。あとで、うんと叱られよう…。

「すぐに美咲先生の身包みを剝いでくださいっ! 全部っ!」

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