風の気まぐれ、天のいたずら―――あゝ美しき哉、七重宝樹よ

《序》

〔玖〕自己紹介は、もろに人間性が出る。

「他言無用。それを肝に銘じてください。いいですね？」

「はあ…」　

　苦手なんだがな。そういうの。

「けど、もし誰かに話しちゃったら？」

「とても困ります」

「誰が？」

「あなたが」

　また、それか。

「あのね。立花君。先生は、あなたのために言っているのですよ？

それでも話したければ、どうぞ。あなたの好きにしなさい。先生は

何一つ困りません。どうぞ、ご自由に」

　あらら。今度は、へそ曲をげちゃったよ。

「いや。話しません話しません。訊いてみただけ。話して困るのが

僕ならば、自分で自分の首を絞めるようなものですからね。それを

他人に漏らすわけがない。問答無用」

「他言無用です」

　美咲先生、まったくこの子は…、と小声で呟く。

「で、何です？ その他言無用な―――」

「妖鬼は実在します」

「…………、あ？」

「あのね。立花君。誤解があるといけないので言っておきますが、

件の伝説を他人に話したのは、あなたが初めてですからね？」

「…………。」

「だって、話す必要がありませんから」

「…………。」

「それをざわざわ、飽きっぽいあなたのために、脚色やら創作やら

面倒な思いをしてまで聞かせたのは、その必(・)要(・)があったから」

「…………。」

「話す条件。その瞳に、彼女達が映ること。それが絶対条件です」

「は？」

　美咲先生に倣って縁側を見ると、いつの間にやら庭先に女性が。

ひぃふぅみぃ…、五人。あと、よく判らないのが一人立っていた。

「…あ。あの。夕月(ゆつき)小(さ)夜(よ)です…」

　最初に出会った三つ編み女性。柔らかい雰囲気で、百合寧さんに

似た、温かさと優しさの、ほんわかとした親しみを感じる。

　年齢も百合寧さんと同じか、もしくは、一つか二つ上だろう。

　緊張しているのか、幾分、おどおどした感じで続ける。

「さっきは。その。ごめんなさい。わたしったら愕いちゃって…」

「あ。いやいや。お気になさらず」

　と軽く頭を下げてから、僕も名乗った―――そこへ。

「てんまって、素敵な響きね。どういう字を書くのかしら？」

　歳は、二十代半ばから後半か。縁の無い丸眼鏡を掛け、髪は肩に

掛かる程度。

　また化粧っ気はなく寝癖も酷いが、目鼻立ちが整っているので、

充分、美人の部類に入る。

　何か薬剤でも撥ねたらしく、所々に染みのある白衣を着ていて、

医者というより学者の雰囲気。専門分野は化学と見た。

「天を貫く松の木…、ね。良い名前だわ。大切にしなさい」

「…はい。ありがとうござ―――」

「ふうん。あなた。貧しい家庭の育ちですわね？」

　失礼も、ここまでになると清々しいものである。歳は十六、七と

いったところで、僕と大差ないだろう。

　徹頭徹尾、白、白、白、白。冬だというのに日傘と帽子。

　袖やら裾やら至るところにふりふりの付いた服で全身を着飾り、

綿生地に上品な刺繍の施された白い日傘をくるくると回しながら、

品定めでもするように僕を横目で見下ろしている。

　瞳が大きく睫毛も長い。所謂、お嬢様面というやつだ。

「戦前から今日に至るまで、この国の経済を担い続けている和光(わみつ)の

高名は、あなたのような庶民以下でも、存じてますわね？」

「…………。」

「あら？ そこまで畏まらずとも、よろしくってよ？」

　どういう目玉をしとるのか。

「おい。小僧…」

「へ？」

「さすがのわらわも愕いたぞ」

　ああ。僕もだ。開口一番、幼女に小僧呼ばわりされるとはな…。

　こけしを大きくしたような、見れば見るほど座敷わらしだ。

　赤い袴を穿いているけど、ここが寺なら、お門違いだろ。

　…はてさて。それにしても、一体どういう連中か。

　残りの二人も、姿は堂に入(い)っている。が…。

　艶のある薄い唇を真一文字に結び、凛と背筋を伸ばした侍姿。

　豊かな総髪に、立派な二刀も差している。

　しかし、その出で立ちが邪魔をして、年齢こそ見当は付かんが、

何処から見ても女の子。武(・)士(・)ではない。女(・)子(・)だ。

　また、その隣には、火の気のない長煙管を、まるで燻らせている

かのように指先で抓む、鋭利な雰囲気、薄っすら微笑の着物美人。

　長襦袢も着ずに半巾帯で、わざと胸元が肌蹴(はだけ)るように崩している

のか、何れにしても、目の置き処に困ってしまうぞ。

「美咲先生」

「何です？」

「近く仮装大会でも？」

「まさか」

「なら、この方達は―――」

「あれは、ここにいる者達の墓です」

「はか？」

　遠い目をした美咲先生の視線の先には、墓だと言われれば墓なの

かなと思う程度の、小じんまりな石柱が六つ。大きな樹の向こう、

ぐるりと巡る背の高い塀の際に、ひっそり静かに鎮座している。

「尤も、中は空っぽ。何も納まってはいませんが」

　一体、何が言いたいのだろう。どうにも理解に及ばない。

「あの。それはどういう」

　ことですと問う前に、美咲先生は語り始めた。

　俗に言う【霊】とは、何らかの理由によつて命が尽き、肉体から

解き放たれた魂のことを指します。

　それらの【霊魂】は、残された者が故人を偲び尊び、さらにその

亡骸を手厚く供養することで死というものを受け入れる。言わば、

それが成仏です。

　まあ、中には頑として受け入れず、いつまでも現世を彷徨う者、

また、手厚く供養をされたとしても、やはり未練が断ち切れずに、

彷徨い続ける者もいるでしょう。

　しかしです。この六人の場合は、供養やら成仏以前の問題です。

　亡骸は、この世の何処にも存在しません。

　尚、それは探しても見つからないとか、そうそう安易な事情では

なく、見つけられない場所にあるからです。

　さて。では、何故そんなことに―――むぅ？　

　大丈夫。難しい話ではありませんよ。

　彼女達は、妖鬼に肉体を奪われた。それだけです。

　異界より顕れし妖鬼は、人(ひ)間(と)の器こそ、その目的。

　科学で検知できない彼らは、やはり科学では解明できない異能を

発し、肉体から魂を弾き出してしまうのです。

　故に、亡骸と言いましたが、それはあくまでも便宜的な物言い。

　…そう。ここにいる六人は、誰も死んでいないのですから…。