12. 縮まる距離
「私の……価値? 二つの魔法を操るのが珍しいというだけでは?」
少し考えてそう聞き返すと、リアム様は、ゆるゆると首を横に振った。
「あなたの最大の価値は、魔法の素晴らしさではないよ」
そう言って私を見つめるリアム様の瞳も声色も、甘くて柔らかくて、私はどきりとしてしまった。
リアム様は、ふっと笑って、話を再開する。
「だが……能力面も、確かに貴重だ。通常、光魔法は物に込めることができない。被術者本人の魔力の器に蓄えることはできるが、魔力を持たないものには魔法効果を持続させることは不可能だ」
私は初耳だったのだが、ルミナス公爵家出身のお母様はわかっていたようだ。向かい側のソファーで首肯している。
「しかし、あなたの複合魔法は、魔法で作り出した花に、光の力を込めることができる。おそらく、魔力で生み出した花が、外付けの魔力の器として作用し、同じ魔力由来の光を蓄えることを可能とするのだろうな。光魔法の唯一とも言える弱点をカバーする、貴重かつ特別な魔法だ」
私は、喉をこくりと鳴らして、リアム様に反論した。
「でも、私の光魔法の威力は、とても弱いものですよ? その上、魔力をごそっと持っていかれて、体調を崩してしまうのです。使い勝手も良くないし、そんなに価値があるとは……」
「実際、シャーロットは快方に向かっている。医師も、ルミナス公爵家の光魔法使いも、みな匙を投げたのに、だ」
私はただ、殿下への当てつけのために、複合魔法を使っただけだ。
ルミナス公爵家を出し抜こうとか、私にしか治せないからとか、そんなつもりでやったのではない。
けれど——結果的に私の魔法は、シャーロット様の症状を緩和することができた。できてしまったのだ。
リアム様は、力強く微笑んで、私の手を握り直した。
「あなたの血の滲むような努力が、きちんと実を結んだんだ。結果、あなたはあなただけの力を手に入れた。努力家で聡明で、心優しく傷つきやすい、唯一無二のあなたを——その身も心も全て、生涯そばで守る栄誉を得られるなんて。俺は幸せ者だな」
「リアム様……」
私は、感極まって瞳を潤ませる。出会った時は、彼にこんな情熱的な一面があるだなんて、思いもしなかった。
私は眉尻の下がった泣き笑いみたいな顔をして、ほろりと甘く微笑む彼と見つめ合う。
「んん、ごほん」
「……あっ」
「も、申し訳ございません、失礼を……!」
お父様の咳払いで、私たちは我に返った。
どうやら怒っているわけではなさそうだが、ただでさえ忙しい時期に突撃訪問して時間を取らせてしまっていることを思い出し、私たちは縮こまる。
お父様は、そんな私たちを見て苦笑した。
「まあまあ、構わないさ。リアム殿のお人柄も、二人の気持ちも良くわかった。二人の婚約は王太子命令だから、どのみち断れないものではあるが……改めて、フローレンス伯爵家家長として、二人の婚約を認めよう」
「ええ。わたくしも同じよ」
お父様に続いて、お母様も認めてくれたようだ。
「お父様……お母様……!」
「ありがとうございます、フローレンス伯爵、伯爵夫人」
「——だが」
と、お父様は厳しい声で遮る。
「リアム殿、貴殿に関する悪評はいまだ消えていないぞ。貴殿が義妹殿との噂を払拭できずにいるせいで、口さがない者たちから我が娘が蔑まれることになる。それも、口でいくら説明しようが、王太子命令による婚約という形がある以上、貴族たちは納得しないだろう。その上で——貴殿は、どう対応するつもりだ?」
「それに関しては、二人で既に考えてあります。ね、リアム様?」
私がそう言ったと同時に、リアム様もしっかりと頷いた。
実際、フローレンス伯爵邸へ向かう馬車の中で、彼とは話をつけてある。
「新年の大夜会で、決着をつけます」
新年の大夜会。
それは、文字通り新たな年の訪れを祝うために、国内の貴族が一堂に会する、特別大きな夜会である。
四大侯爵家の一つ、オケアーノ侯爵家はもちろん参加。
フローレンス伯爵家も出席するため、今は会場に飾る予定の装花を、家族一丸となって納品しているところだ。
「……そうか。あいわかった。では、何か困ったことがあったら、遠慮なく言いなさい」
お父様は、そう言って鷹揚に頷いた。
瞳の奥の不安は消えていないが、何も聞かずに、私たちの決断を信じてくれるようだ。
私とリアム様は、感謝の言葉を述べて、深く頭を下げた。
*
そして、来たる大夜会当日。
フローレンス伯爵家に迎えに来てくれたリアム様と共に、馬車へ乗り込む。
今日の私は、爽やかなアズールブルーのAラインドレスを身にまとっている。
王太子命令による婚約から、紆余曲折を経て本当の意味での婚約者になって、まだ日が浅い。
そのため、オーダーメイドで仕立てた物ではなく既製品を手直ししたものではあるが、リアム様が私と一緒に選んで贈ってくれたドレスだ。
ピンク色の髪はハーフアップにして、シルバーの髪飾りで留めている。
髪飾りにもネックレスにもイヤリングにも、アクセサリーの類には全てサファイアがあしらわれていて、全身で『リアム様の婚約者です』と主張していた。
少し恥ずかしいけれど、嫌ではなくて、むしろ心が浮き立つような気分である。
「オーロラ。すごく綺麗だよ」
「ふふ。ありがとうございます」
向かい側の席に座るリアム様は、眩しそうに目を細めて、柔らかく口角を上げた。
容姿端麗なリアム様と並ぶに相応しいか、と言われると自信はないけれど、こうして彼が褒めてくれるなら、それだけで充分すぎるほど嬉しい。
リアム様は、私と良く似た色味の、アズールブルーのジャケットを羽織っている。オケアーノ侯爵家の家門の色が青色だからだ。
ただ、首元を飾るクラバットピンには、大粒のアメジストがあしらわれていた。私の瞳の色だ。
胸元のポケットには、淡いピンク色の刺繍が施されたポケットチーフが入っている。
「リアム様も、一段と素敵ですわ」
「ん? 違うだろう?」
「……っ」
私もストレートにリアム様を褒めるが、彼はお気に召さなかったらしい。
悪戯な微笑みを私に向けて、長い指でそっと顎を掬い取られる。
「オーロラ?」
リアム様は悪戯な笑みを浮かべたまま、そのままこてん、と首を軽く倒す。
私の心音が、とくとくと速くなっていく。
「……っ、とっても素敵よ。リアム」
「ああ、ありがとう。オーロラに褒められると、すごく嬉しいよ」
リアム様……いや、リアムは、私の答えに満足したらしい。
私の顎から指を外して、嬉しそうに私を見つめて微笑んだ。
「もうすぐ王宮に到着だな。……やはり、心配だ」
「ふふ、心配してくれてありがとう。でも、悪意に晒されるのは慣れているから」
「……そんなものに慣れるんじゃない」
リアム様は眉間に皺を寄せて、気遣わしげに私を見つめる。
けれど実際、幼い頃から、悪意にはこれでもかというほど慣らされてきた。
幼少期は、ルミナス公爵家の従姉妹たちに。
学園時代は、現在の王太子妃や婚約者候補だった令嬢たちに。
そして、卒業してからは、結婚もせずに男だらけの職場で働いていることに対して。
守ってくれる人は、家族を除けばアレクサンダー殿下しかいなかった。
だが、今思えば、殿下が出てくると高確率で悪意は増長していたので、ありがた迷惑でもあった。
それでも当時は、恋愛フィルターがかかっていたからか、悪意が増長したとしても殿下に守られる機会が増えるから嬉しい、なんて考えに至っていたのだから、恐ろしいものだ。
「オーロラ。今夜は、俺のそばから離れるな。もし離れる用事があるなら、フローレンス伯爵家のどなたかと共に行動しろ。約束できるか?」
「ええ。約束するわ。リアムを心配させたくないもの」
殿下に恋をしていた時は、殿下に心配されると嬉しかった。そのためなら、心配をかけるような行動をとっても構わなかった。
けれど、リアムに対しては、心配してくれて嬉しい気持ちはもちろんあるけれど——それよりも、心配をかけたくない気持ちの方が大きい。
彼には、眉間に皺を寄せているより、穏やかに笑っている時間の方が多くあってほしいと思う。
そんなことを考えている間に、馬車はゆっくりと減速し、停車した。王宮に到着したようだ。
「さあ、行こうか」
「ええ」
リアムが差し出した手を取り、私は馬車から降りる。
花や照明で煌びやかに飾られた王宮は、夜だというのに、昼間以上に明るく華やかで——その分、闇も濃いように思えて、少しだけ身震いをした。




