第四話:【家電ポルターガイスト】全自動掃除機ロボットの反乱
お祓い、除霊、浄霊。
そんな物騒な単語が、私の日常に当たり前のように混ざり始めてから一ヶ月。
私は今、京子の従兄弟である「隆」くんのマンションの玄関先で、腕を組んで立ち尽くしていた。
「……ねぇ、京子。一つ確認していい?」
「なに、奈美。改まって」
「これ、どう見ても普通の家電の故障だよね? 私、メーカーの修理窓口じゃないんだけど」
私の視線の先には、最新型の全自動掃除機ロボット――通称『ルンバくん(仮)』がいた。
マットなブラックのボディ、スタイリッシュなデザイン。本来なら健気に床を掃除しているはずのそれは、今、玄関のドアを内側から「ガン! ガン!」と執拗に体当たりして、外に出ようともがいていた。
「奈美ちゃん、違うんだ! 故障じゃないんだよ!」
半泣きで訴えてきたのは、依頼主の隆くんだ。彼は潔癖症で有名な大学生だが、今の彼は髪を振り乱し、隈の浮いた目でガタガタと震えている。
「あいつ、夜中になると勝手に起動して、ゴミじゃないものを吸い取って歩くんだ……。最初はただの、古いお札の切れ端だった。でも昨日は、クローゼットの奥から出した覚えのない『誰かの長い髪の毛』を山ほど吸い込んできて、リビングの真ん中に丁寧に吐き出したんだよ!」
隆くんが指差したリビングの中央には、確かに不気味な光景が広がっていた。
掃除機が吐き出したと思われるゴミが、円を描くように並べられている。その中心には、嫌な予感しかしない「赤い封筒」の破片が、ジグソーパズルのように組み合わされていた。
「……またこれか」
私は胃のあたりが重くなるのを感じた。
沙織さんの時、そして旧校舎のロッカーの時。あの「赤い封筒」の影が、今度は最新家電にまで及んでいる。
「これ、ネットの掲示板で見たことがある……。『憑依型AI』だ」
「何それ、かっこいい響きだけど絶対ヤバいやつじゃん!」
京子が私の後ろに隠れながら叫ぶ。
「最新の家電は、部屋の間取りをマッピングして学習するでしょ? その『学習機能』の隙間に、負の残留思念が入り込むことがあるらしいの。特にこのマンション、昔は古い蔵が建ってた場所だって、教授が言ってた」
その瞬間、掃除機ロボットが「ピピピッ」と異常な電子音を鳴らした。
通常は『清掃を開始します』という爽やかな音声が流れるはずだが、スピーカーから漏れ出したのは、ノイズ混じりの、何十人もの声が重なったような不気味な呻き声だった。
『……ヨゴレ……ミツケタ……。コノ、ヘヤ……キタナイ……。オマエ、モ……ゴミ……』
掃除機ロボットのブラシが、異常な速度で回転を始める。それはもはや掃除のための道具ではなく、獲物の肉を削ぎ落とすための凶器に見えた。
「来るよ! 二人とも、ソファの上に避難して!」
私が叫ぶのと同時に、掃除機ロボットが猛然と突進してきた。
通常の時速数キロではない。まるでレースカーのような速度で床を滑走し、隆くんの足首を狙って旋回する。
「ギャアアア! 助けて奈美ちゃん!」
「落ち着いて、隆くん! 京子、キッチンから『ガムテープ』と『重曹』を持ってきて!」
私はトートバッグから、本日のメインウェポンを取り出した。
それは、どこにでもある『クイックルワイパー』。しかし、ただのワイパーではない。シートを三枚重ねにし、その間に粗塩をたっぷり挟み込んだ「対・物理霊体用ロングスピア」だ。
「いい? 最新家電に宿った霊は、電気信号と『汚れへの執着』で動いてる。だったら、物理的な静電気と、アルカリ性の洗浄力で中和してやる!」
私はワイパーを槍のように構え、突進してくる掃除機ロボットの軌道を読み切った。
ガツン! とワイパーのヘッドがロボットのボディを捉える。
「静電気の檻に閉じ込められなさい! 帯電防止剤と不織布の力、思い知りなさいよ!!」
三枚重ねのシートがロボットを包み込み、パチパチと火花が散る。
掃除機ロボットは苦しげに悶え、バックしたり回転したりして逃れようとするが、私は逃がさない。
「京子、重曹を! ロボットの吸込口に直接ぶち込んで!!」
「いくよ! 必殺、重曹ストライク!!」
京子が投げつけた重曹の粉が、ロボットの吸込口に吸い込まれていく。
重曹は汚れを落とすだけじゃない。その研磨作用とアルカリ成分は、怨念という名の「情報の酸」を中和する最強の処方箋(だとネットに書いてあった)なのだ。
「ゴ、ゴゴ……キ……キ、キレイ……ニ……シテ……」
掃除機ロボットから、悲痛な叫びが上がる。
ボディから真っ黒な煤のような煙が立ち上り、リビングの空気が一気に重くなる。
煙は天井で渦を巻き、やがて巨大な「手」の形を形成した。それは隆くんの首を掴もうと、上空から振り下ろされる。
「させるか! 隆くん、そこの『空気清浄機』を最大出力にして! フィルターはHEPAフィルターでしょ!?」
「えっ、あ、うん! PM2.5まで対応してるよ!」
「それで十分! 霊体の粒子を全部キャッチして、フィルターに封印するのよ!!」
隆くんが震える手で空気清浄機のスイッチを「ターボ」に切り替えた。
轟音とともに空気が吸い込まれ、天井の黒い「手」が、形を保てずにシュルシュルと空気清浄機の中へと吸い込まれていく。
「仕上げだよ! 京子、最後のアレを出して!」
「了解! これでしょ、奈美!」
京子が差し出したのは、私がネットオークションで落札した『十円玉の山(銅イオン効果用)』と、強力な『ダクトテープ』だ。
私は掃除機ロボットを足で押さえつけ、その排気口とセンサー部分に、十円玉をダクトテープでこれでもかと貼り付けた。
「銅の殺菌力と、物理的な封印! お前の回路は、ここで完全にシャットダウンよ!!」
バチリ! と大きな音がして、掃除機ロボットが完全に沈黙した。
同時に、空気清浄機の「クリーンサイン」が、真っ赤から綺麗な青色へと変わる。
静寂が訪れた。
残されたのは、粉まみれの床と、十円玉だらけになった最新家電。そして、ぜーぜーと肩で息をする私たち。
「……助かった……のかな?」
隆くんがおそるおそるソファから降りてくる。
「うん。……でも、この掃除機、もう普通には使えないと思う。修理に出しても『十円玉が貼ってある』なんて理由じゃ保証対象外だろうし」
「いいよ、そんなの! 命があっただけで十分だよ。……それより、奈美ちゃん。これ……」
隆くんが床に散らばった「赤い封筒」の破片を拾い上げた。 そこには、震えるような筆跡で、こう書かれていた。
『お掃除ご苦労様。でも、汚れは君たちの「中」にもあるんだよ。』
そのメッセージを見た瞬間、私のスマホがポケットの中で震えた。
まただ。
通知はない。ただ、心臓の鼓動のような、一定の、そして確かなリズムで。
「……奈美、大丈夫?」
京子が心配そうに私の顔を覗き込む。
「……大丈夫。ただ、ちょっと確信した。この『赤い封筒』の主……たぶん、私のことを知ってる」
ボロアパートで幽霊を追い出した、あの時から。
私は「普通」という安全な檻から、もう完全に出てしまったのかもしれない。
「さぁ、隆くん! 浄霊代として、今日はピザのデリバリー、一番高いやつ頼んでよね!」
「ええっ、重曹で汚れた部屋の掃除も手伝ってよ!」
「それは京子の担当! 私はもう、一歩も動きたくない!」
私の叫びをかき消すように、外ではパトカーのサイレンが鳴り響いていた。
……どうやら、隣の部屋の住人が「隣から女の怒鳴り声と爆発音が聞こえる」と通報したらしい。
私の「ちょっと普通じゃない」日常は、またしても警察への事情聴取という、最悪に面倒くさいルーチンで幕を閉じるのだった。
――第四話・完――
ジャンルをコメディーからホラーら変更してみました。
この作品は【完結済】ですので安心してご熟読下さい。更新は週二回、予約済みです!




