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第三話:【都市伝説】開かずのロッカーと、謎の忘れ物


 大学という場所は、知的探求の場であると同時に、古い念が溜まりやすい場所でもある。特に、戦前から建っているという噂の「旧校舎」は、昼間でも薄暗く、埃の匂いとカビの気配が支配する、怪異にとっては最高の事故物件だった。


「……で、なんで私は今、その旧校舎の地下廊下に立たされているわけ?」


 私は、手に持った「無香空間(特大サイズ)」と「軍手」を地面に置き、隣で楽しそうに懐中電灯を振っている京子を睨みつけた。


「だって奈美、美月先輩の時の『ブルーライト浄霊』、ゼミの教授の間でも噂になってるんだよ? 『あの子なら、歴史学研究室の悩みの種を解決できるかもしれない』って」

「あの教授、歴史学じゃなくてオカルトマニアなだけでしょ……」


 今回の依頼者は、我らがゼミの担当、藤林教授。温厚な老紳士だが、骨董品や古い伝承に目がなく、研究室にはどこで拾ってきたのか分からない不気味な壺や仮面が所狭しと並んでいる。

 そんな教授が「研究室の隣にあるロッカーが、実に興味深くて困った挙動をするんだよ」と、京子を通じて私を呼び出したのだ。


「これだよ、奈美くん。私の長年の研究テーマでもあるんだがね」


 教授が指差したのは、地下廊下の隅に置かれた、塗装の剥げ落ちた古いスチール製のロッカーだった。左右に並んだロッカーの中で、真ん中の「四番」だけが、南京錠もかかっていないのに、どうやっても開かないのだという。


「開かないだけなら、ただの故障じゃないですか。業者呼びましょうよ」

「いやいや、面白いのはここからだ。毎朝、このロッカーの隙間から『忘れ物』が届くんだよ」


 教授がロッカーの下を指差す。そこには、竹の皮で包まれた、まだ温かそうな「おにぎり」が二つ、ちょこんと置かれていた。


「昨日はふかし芋、一昨日は煮物。どれも出来立てのように温かいんだ。……しかしね、これを放置しておくと、夕方にはドロドロに腐敗して、廊下中に鼻が曲がるような悪臭を放つ。おまけに、食べようとした学生が一人、原因不明の高熱で寝込んでしまってね」


 私はおにぎりを凝視した。……美味しそうだ。お米の艶もいいし、ほんのりと海苔の香りがする。

 けれど、私の「貧乏センサー」は、これまでにない最大級の警報を鳴らしていた。


 これ、おにぎりの形をしてるけど、中身は「別の何か」だ。

 ネットの民俗学スレッドで読んだことがある。供物を強いる霊、通称『押し付け地蔵』の類だ。彼らは一方的に好意を押し付け、受け入れられないと強烈な「祟り」として毒を撒き散らす。


「……教授。これ、絶対食べちゃダメなやつです。これ、餌ですよ。食べた人間を、あちら側に引きずり込むための」

「ほう! やはりそうか。いやあ、専門家の意見は参考になるね」

「専門家じゃないです。ただのネット廃人です」


 私は溜息をつき、軍手をはめた。

 ロッカーの前に立つと、隙間から漏れ出してくる空気は、おにぎりの匂いとは裏腹に、古い蔵の奥底のような、ひどく冷たくて重いものだった。


「よし、京子。作戦開始。まずはこの『押し付けがましい親切』を、物理的に遮断する」


 私はトートバッグから、今日のために用意した武器を取り出した。

 一つ目は、強力な消臭剤。二つ目は、隙間を埋めるためのパテと養生テープ。そして三つ目は、今回の秘策――「整理整頓の極意」が書かれた片付け本だ。


「奈美、片付け本で何をするの?」

「いい? 怪異っていうのは、自分の場所がぐちゃぐちゃだから、外に溢れ出してくるの。このロッカーの中を『整理された空間』だと定義し直して、忘れ物が入る余地をなくしてやるんだよ」


 私はまず、ロッカーの隙間に「無香空間」の粒をこれでもかと流し込んだ。


「お前の匂いは、全部無臭にしてやる! 湿っぽい情念も、家庭的なおにぎりの匂いも、この科学の力でリセットだ!!」


 シュシュッ、と消臭スプレーを隙間に噴射する。すると、ロッカーの中から「ヒッ……」という、小さな悲鳴のような音が聞こえた。 すかさず、私はロッカーの扉に向かって叫んだ。


「出てこなくていいよ! でも、忘れ物は預かりません! 遺失物届は警察に出して!ここは大学の備品であって、あんたのキッチンじゃないの!!」


 私はロッカーの隙間に養生テープを貼り、その上からパテで完全に目張りを始めた。

 普通、お祓いと言えば「開けて中を清める」のが定石だが、私は違う。「開けたら負け」なのだ。素人が開けて中の本体と対面したら、そのままロッカーの中身(忘れ物)にされてしまう。


「京子! そこのおにぎり、割り箸でつまんでゴミ袋に入れて! それ、ただの米じゃない、霊体の老廃物だから!!」

「うわああ、急に生臭くなってきた!」


 京子が悲鳴を上げながらおにぎりを回収する。

 すると、ロッカーがガタガタと激しく揺れ始めた。扉の奥から、ドンドンドンドン! と、内側から激しく叩く音が響く。


「……食べろ……食べてよ……せっかく作ったのに……残すなんて、悪い子だねぇ……」


 老婆のような、ひどく掠れた声が廊下に響き渡る。

 藤林教授は「おお、音声記録のチャンスだ!」とボイスレコーダーを回しているが、こっちは命がけである。


「うるさーい!! 私は実家の母さんのおにぎり以外、認めない主義なの! そもそもあんた、検便とか済ませてんの!? 衛生管理責任者を呼んでこい!!」


 私はパテを塗りたくりながら、最後の手札を切った。

 片付け本の、特に「物の定位置を決めましょう」というページを引きちぎり、ロッカーの正面にベタベタと貼り付けたのだ。


「いい? このロッカーの定位置は『空』です! それ以外を入れるのは、収納のルール違反! 整理整頓できない幽霊は、この校舎から出て行け!!」


 その瞬間、ロッカーの隙間からドロリとした黒い液体が溢れ出してきた。

 それは意志を持っているかのように、私の足元に絡みつこうとする。


「奈美、危ない!」

「大丈夫! これを予想して、靴に『防水スプレー』を一本丸ごと振ってきたんだから!」


 黒い液体は、私のスニーカーの上で見事に水玉となって弾かれた。

 フッ素コーティングの力である。


「浄霊! 整理! 空間把握!! あんたの居場所は、ここにはなーい!!」


 私が全力でロッカーを蹴り飛ばすと(物理)、ロッカーの中から「ギャアアアッ!!」という、陶器が割れるような鋭い叫び声が上がった。

 次の瞬間、あんなに激しく揺れていたロッカーが、嘘のように静かになった。


 パテで固められた扉の隙間から、一筋の白い煙が昇り、それは天井に消えていく。

 廊下を支配していたカビ臭さと古い匂いが、消臭剤の力で完全に消え去り、そこにはただの、古いスチールロッカーだけが残された。


「……お、終わった?」

 京子がおそるおそる顔を上げる。


「たぶんね。……あーあ、パテで固めちゃったから、もう誰も使えないけど」

「いやあ、見事だ。奈美くん、君の『整理整頓による境界の再定義』、実に興味深いよ!」

 教授が拍手しながら近づいてくる。


「教授、これ、研究じゃなくて普通に清掃業者に頼んでくださいよ……。あと、軍手代とパテ代、経費で落としてくださいね」


 私は肩を落としながら、ゴミ袋に入れられた「かつておにぎりだった、ただの腐った泥」を見つめた。

 結局、このロッカーの中に何があったのか、誰がいたのかは分からない。

 けれど、旧校舎の冷たかった空気が、少しだけ柔らかくなっているのを感じた。


 ……しかし、事件はここでは終わらなかった。


「……あれ? 奈美、見て」


 京子が、隣の「五番」のロッカーを指差した。

 そこには、さっきまでなかったはずの、一枚の「メモ用紙」が挟まっていた。


『次は、もっと美味しいものを作ってあげるね。……あちら側の、お茶会で。』


 文字は、さっきの老婆のような掠れた筆跡ではなく、どこかで見覚えのある……そう、美月先輩の事件の時に見た、あの「赤い封筒」の筆跡に似ていた。


「……京子。私、やっぱりもう大学辞めていいかな?」

「何言ってるの奈美! ほら、教授が『お礼に、地元の名産品の詰め合わせを贈る』って言ってるよ!」

「……それ、食べても大丈夫なやつ?」


 私の新しい日常は、どうやら「美味しいもの」と「呪い」の境界線を歩くことになりそうだった。


 ――第三話・完――



「【短編】浄霊できちゃった、ちょっと普通じゃない普通の女子大生―その除霊、ネットの知識で大丈夫?」が、好評 (?)かは分からないですが、【連載】を始めました!

 第四話は、「【家電ポルターガイスト】全自動掃除機ロボットの反乱」です。


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