ムジカとリゲル 前編
死王配下に属する伯爵級高位魔族のひとり、妖精族のムジカ……彼女は妖精族のはみ出し者を自称し、本人だけは自分はニヒルでクールなアウトロー的な存在だと思っている。
実際は皮肉屋を気取っているのだが、そもそも根本的に心優しいため咄嗟に上手い皮肉などは出てこず、予想外の言葉を返されるとすぐに二の口が告げれなくなってしまうという弱点などもあり、むしろ口論には滅茶苦茶弱い。
アウトローに憧れて妖精族の住処を飛び出して世界を巡り、巡り巡ってアイシスと知り合い、絶大な強さを持ちつつも心優しいアイシスの人柄に惹かれて死王配下に加わった存在であり、死王陣営唯一の妖精族でもある。
そんなムジカが世界で一番寄り付きたくない場所はどこかと言われると……それは、界王リリウッドの勢力圏であり魔界中央に広がる広大な大森林の中にある妖精族の森だ。
ムジカにとっては故郷でもある場所なのだが、とある理由から敬遠しており……現在のようにやむを得ない事情で向かう際には、苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべる。
「……はぁ、もうすぐ妖精族の森か……必要なこととはいえ、本当に気が進まない」
露骨に嫌そうな表情を浮かべて妖精族の森を目指して移動するムジカは、現在新しい楽器を作るためにどうしても妖精族の森で採れる素材が必要であり、本当に渋々故郷に里帰りをしている状態だった。
できれば早急に必要なものだけを手に入れてさっさと帰りたいと、そう願うムジカだったが……それを嘲笑うかのように、森に入った瞬間に声が聞こえてきた。
「あやっ!? ムジカ? ムジカです! わ~久しぶりですよ! 帰って来たんですね!」
「げぇっ!? ティ、ティルタニア……なんでよりにもよって、一番最初にコイツが……」
「久しぶりにムジカと会えて嬉しいですよ!」
「よ、寄るな。あと俺のことはムジカじゃなくてシャドーと呼べ」
現れたのは緑色の服を着た金色の髪の妖精……二代目妖精王にして界王配下幹部、七姫の一角、妖精姫ティルタニアであった。
ティルタニアはムジカにとっては幼馴染と言える存在であり……できれば会うことを避けたかった相手筆頭であり、嬉しそうに近づいてくるティルタニアに対し明らかに嫌そうな表情を浮かべる。
「……うん? ムジカはムジカですよ?」
「いいか、俺は妖精族のはみ出し者だ。妖精王のお前がいちいち関わるべき相手じゃない」
「はみ出し者? どこにはみ出すですか?」
「いや、だから、俺は言ってみれば不良で……」
「ムジカは優しくて大事なお友達ですよ?」
「……だからぁ……」
そう、ムジカ本人は妖精族のはみ出し者で一匹狼で、ニヒルでクールな存在だと自称しているし、そうありたいと思っているが……それは本人だけの認識であり、妖精族たちやティルタニアにとってムジカは普通に妖精族の仲間であり、里帰りすると普通に歓迎される。
そう、歓迎されるのだ。普段は別の場所で暮らしている友達が帰ってきたという感じで、すぐにワラワラとたくさんの妖精が集まってくるため、ムジカはさっさと用事だけを済ませて逃げたかったし、妖精たちのリーダーといっていいティルタニアにだけは会いたくなかった。
しかし、状況はさらに加速する。純粋に好意を向けてくるティルタニアにさっそく押され気味だったムジカだったが、そこに更なる追い打ちがかかる。
「……ティル~なにかあったで――あやっ!? ムジカ! ムジカです!」
「嘘だろ!? ラズリアまで居るのかよ!?」
「わ~久しぶりですよ! ムジカと会えて、ラズはとっても嬉しいです!」
「……ムジカじゃなくてシャドーだ」
「うん? ムジカはムジカですよ?」
「……」
現れたのはティルタニアとお揃いの緑色の服を着た桃色の髪の妖精、冥王陣営に属する初代妖精王ラズリアであり、ティルタニアと同じくムジカの幼馴染にあたる。
例によってティルタニアと同じように嬉しそうな表情で近付いてくるラズリアに、ムジカは露骨に顔を歪める。
「いいか、お前ら! 俺はアウトローで一匹狼な妖精なんだ。孤高を愛し、闇に魅入られた存在……対極に位置するようなお前たちが軽々しく近づいてくるんじゃ……」
「アウトロー? アウトローってなんでしたっけ?」
「あ、ラズ知ってるです! なんか、アレです! カッコいいやつです!」
「さすがラズ様! つまり、ムジカはカッコいいってことですね!」
「ですです!」
「……もうやだコイツら……」
話が通じないというか、完全に仲のいい友達に久々に会った感じで話しかけてくるふたりを見て、ムジカは諦めたような表情で天を仰いだ。
「ところでムジカは今日はどうしたんですか? ティルたちと遊びに来たんですか?」
「違う……新しいハーモニカを作りたくて、素材を買いに来たんだ」
「おぉ、新しい楽器を作るんですね! わ~楽しみです! 出来たら一緒に演奏しましょう!!」
「……」
ラズリアの質問に楽器の材料を買いに来たと告げると、演奏が大好きなティルタニアが反応する。ここで「断る」だとか「嫌だ」とか即座に返せるようなら、アウトローの素質もあるのかもしれないが……ムジカは根本的に心優しい。
無邪気に喜ぶティルタニアを見ると、拒絶するような言葉を口にすることはできず、なんとも言えない表情を浮かべていた。
「……まぁ、とりあえず用件はそれだけだ。それが終わったらさっさと……」
「じゃあ、それが終わったら一緒に遊びましょう!」
「……は?」
さっさと帰ると言いたかったムジカだったが、楽しそうに告げるラズリアに虚を突かれて硬直する。
「ラズは久しぶりに会ったムジカともっといっぱいお話したいですが、ムジカはなにか予定がありますか?」
「……特にないが」
「じゃあ、遊びましょう! ラズの畑で採れたお野菜さんも持ってきてますから、ムジカにも食べて欲しいです!」
ここで嘘でも「予定がある」と返せないあたりも、根の性格の良さの表れではあるが……ティルタニアとラズリアと遭遇した時点である程度諦めてはいたのか、ムジカはラズリアの言葉を拒否することはなくため息を吐いた。
そしてそこでふと、ティルタニアの反応が無いことに首を傾げ、視線を動かすと……。
「皆~ムジカが来てるですよ!」
「おい馬鹿! なにしてんだティルタニア!」
妖精族の森の方に向かって大きな声で呼びかけているティルタニアの姿が見え、表情を青ざめさせた。そして直後に、あちこち家や木々の影から次々に妖精たちが集まってくる。
「ムジカ!? ムジカが来てるですか!」
「わ~久しぶりに帰ってきたんですね!」
「話聞きたいです!」
「お土産とかあるですか? あ、死王様のところにお土産持って帰って欲しいです!」
「ムジカ~皆~早く来るです! ムジカが帰ってきたですよ!」
繰り返しになるが、妖精族のはみ出し者で一匹狼と思っているのはムジカ本人だけであり……他の妖精たちにとっては、久しぶりに帰ってきた妖精の友達であり嬉々として集まってくる。
そして妖精族というのは基本的に皆明るく大らかで仲が良く、仲間である妖精の事が大好きなものが多い。つまりどうなるかというと……ムジカが帰ってきたと聞けば、妖精族の森に居る妖精たちが軒並み集まってきてもおかしくない。
既にざっと見ただけでも数十……さらに話が伝わって他の者たちも集まって来れば、本当に森中の妖精が集まってくるであろう状況に、ムジカは絶望したような表情を浮かべつつ、大量の妖精たちの波に飲み込まれた。
「ええい、寄るな! 引っ付くな! べたべたするな! あとなにより、一斉に話すなぁぁぁぁ!」
大量に集まってきた妖精たちにもみくちゃにされながら、ムジカは「だから来たくなかったんだ」と心の中で思いながら叫びを上げた。
結局ムジカはその後、長い時間大量の妖精たちの話に付き合わされ、帰る時には目的だった楽器の材料だけではなく野菜だのお菓子だのをお土産として大量に持たされ、ぐったりと疲れ切った表情で帰路に就いた。
~ちょっとキャラ紹介~
【ムジカ】
自称妖精族のはみ出し者で伯爵級高位魔族。中二病を患っているともいえ、アウトローな雰囲気に憧れがありそう振る舞っているつもりではある。
だが結局根っこの部分は心優しいので、皮肉屋を気取るくせに皮肉は苦手でレスバは激弱であり、予想外の切り返しをされるとすぐにシュンとなって反論できなくなってしまう。
リゲル相手の時だけは結構辛辣なセリフも言っているが、それはリゲルに対する絶大な信頼あってこそであり、本人は恥ずかしがって絶対に認めないが、手が空くとすぐにリゲルを探し始めるぐらいにはリゲルの事が好きで、リゲルの左肩が定位置と言えるぐらいにいつも一緒にいる。
アイシスの事は心から慕っており、アイシス相手の場合は「ムジカ」と呼ばれても訂正することはなく、他の者に突っ込まれると「アイシス様は別」と特別扱いしている。
有翼族のアメルと非常に仲が良く、己の魂の片割れというぐらいに共感しているし、アメルと同じく快人に対する好感度も高い。




