閑話・星喰い
その生物が誕生したのは、とある世界の銀河の片隅だった。超新星爆発などのいくつかの強大なエネルギーがぶつかり合った結果偶発的に誕生した一種のイレギュラー、黒いヘドロのような軟体生物のようにも、脈動する肉塊のようにもみれる異質な体に、あちこちにある口……いわば、肉と口だけの生物といっていいような様相だった。
その生物に生まれながらにハッキリとした意志があったかどうかまでは分らない。ただひとつ確かなのは、その生物が生れ落ちて最初に感じたのは……耐えがたいほどの空腹だった。
空腹に突き動かされるまま生物は近くの星に降り立ち、近くのものを捕食し始めた……そう、ありとあらゆるものを……。
それは表現するなら、生まれついての頂点捕食者……生物でも物体でもエネルギーでも、見境なく喰らい尽す暴食の怪物。
捕食するものに拘りは無い。ただ捕食範囲内のものを食べ続け、喰らい尽せば次の餌を求めて移動する。ただひたすらにその繰り返し……。
それ自体は、ある種生物としては健全な行動なのかもしれない。問題だったのは、その生物の圧倒的な捕食範囲の広さと無限の食欲だった。
満たされない、いくら食べても空腹が満たされることは無い。飢餓感に突き動かされるように、暴食の怪物は喰らい続け……数日で星の全てを……星そのものすらも喰らい尽した。
喰らい尽して次の星へ、喰らい尽して次の星に、満たされることない空腹に突き動かされ暴食の怪物は食指を伸ばし続ける。
その怪物は魔力でも捕食を行うことができた。より効率的に食する為だろうか、いつからか怪物は星に降り立つと共に暴食の魔力で星全域を包み込み、その星の全てを無差別に喰らい尽すようになり、ひとつの星が滅ぶまで1日すらかからなくなっていった。
『星喰い』……いつからかそう呼ばれるようになった怪物は捕食を繰り返し、ひとつの銀河を全て喰い滅ぼしてしまった。
しかし、怪物の……星喰いの空腹が満たされることは無かった。むしろ空腹は強くなり、更なる贄を求めて次の銀河へと向かう。
むろん、その世界に住む者たちも無抵抗に喰われるだけというわけではなかった。とある銀河では、襲来した星喰いを打ち破るために数万隻からなる宇宙艦隊が結成され、ひとつの銀河の力を終結させたかのような力を持って星喰いを迎え撃った。
……だが、なんの成果も得られることは無かった。
数多の戦艦の主砲を、空間を埋め尽くすようなミサイルの雨を……星喰いは全て喰らい尽した。星喰いにとってそれは戦いなどでは決してない。ただの食事でありそれまでとなにひとつ変わることのないものだった。
すべての抵抗は意味をなさず、艦隊を喰らい尽した星喰いは次の星に向かって、ただひたすらに暴食の限りを尽くす。
星喰いの行動……それが悪意によるものかと言われると、決してそういうわけではない。あくまで星喰いが行っているのは食事……お腹が空いたから近くの物を食べる。近くに食べるものが無くなったから次を探しに行くと、ただそれだけだ。
故に星喰いは特に逃げる獲物を追ったりもしない。星を包み込むほど広い捕食範囲を前に逃げられるかどうかはさておいて、捕食範囲の外に出た獲物を追うことは無く、捕食範囲内を食い尽くして次に向かうだけ……すべてはただ、満たされることのない空腹のため……。
ただひたすらに喰い尽す。それがいったいどれぐらいの年月続いただろうか? 星喰いの食い尽くした銀河が五つに増え、世界全体の何割かを食い尽くしたところで……星喰いは唐突に姿を消した。
正しくは、なにもない空間に封印された。その世界を作り出した創造主である全能の神によって……。
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星喰いを封印した神は悩んでいた。星喰いの事をどうするべきかと……世界創造主にも様々なタイプが存在する。
自身の手でアレコレ世界に介入したり調整や管理をする者もいれば、作り出した世界に干渉することをよしとしない者もいる。
この世界創造主は後者のタイプであり、作り出した世界を見守りこそすれど世界の在り方に干渉はしないというのがポリシーであった。
星喰いに関しても、さすがにこのままでは世界そのものが食い尽くされて滅んでしまうと考えて封印したのだが……それは間違った行動だったかもしれないとも思っていた。
星喰いは一種のイレギュラーではあるが、間違いなくこの世界で自然に生まれた存在であり、他の世界からの侵略生物でもなく、世界を滅ぼすような悪意によって生み出された存在というわけでもない。
ならば、仮に星喰いによって世界の全てが食い尽くされて滅んだとしても……それは世界の在り方とひとつの正当な結末であり、捻じ曲げるべきではないのではないかとも思っていた。
作り出した世界に愛着があるかと問われれば、あると答える。いまの形になるまでそれなりに長い年月がかかっているし、実際に衝動的に介入してしまったのも愛着ゆえだろう。
だが、世界の滅びを止めたいかと問われれば……別にそんなことは無い。作り出した世界が、自然の流れで滅びていくのならそれはそれで仕方がない。それもひとつの正しい結末であろうし、また新しい世界を創ればいいと神にとってはその程度でしかなかった。
衝動的とはいえ介入してしまった以上、なんらかの対処はすべきではあるのだが、どうするべきかというのが悩ましかった。
星喰いに直接手を下すのは己のポリシーに反する。かといって、自然の流れとして封印を解いて星喰いが世界を食い尽くせば介入した意味がない。
それに、自然の流れで滅ぶのなら仕方ないとは思っているが、己が作り出した世界の生物に対する愛情が無いかと言われればそういうわけでもなく、イレギュラーとして生まれた星喰いであっても自身の手で消滅させるというのは気が引けた。
悩みに悩んだ神は、知り合いの世界創造主に相談し……特異点、宮間快人を紹介されることになった。
名前自体は知っていた。あらゆる世界創造主が恐れた終末の心の在り方を変えた存在。究極神の復活にも関わり、数多の神々が溺愛するという世界創造の神たちにとっても特異点と言える異質な存在。
実際に会ってみて驚愕した。神々に愛されているという言葉すら生温く感じるほどの、膨大な数の神々の祝福には思わず圧倒された。
確かにこれだけの祝福があるなら、星喰いと対峙しても問題ないだろうと……己ではどう対処していいか判断できないと正直に打ち明けて、快人に助力を乞い、快人がそれに快く応じたため星喰いを封印した空間に快人を送った。
唐突に封印され、空腹を感じつつもなにも喰らうことができていなかった星喰いにとって、突然現れた快人はまさに砂漠のオアシスと言えるようなものであり、即座に捕食を試みた。
だが、星喰いの持つ暴食の魔力は数多の神々の祝福に護られた快人に効果を及ぼすことは無く、直接喰らおうとしても同じように祝福によって弾かれて喰らうことができない。
星喰いは、困惑していた。目の前に現れた存在は、どうやっても喰らうことができない……つまり、星喰いにとって生まれて初めて会った『捕食対象ではない存在』といえる。
これまでずっと食べて次へを繰り返していた星喰いにとって、捕食対象でない相手とどう接すればいいか分からず、困惑のままに動けなくなっていた。
そんな星喰いをしばらく見た後で、快人はおもむろにそのヘドロのような肉塊を優しく抱きしめて撫で始めた。まるで優しく慰めるような不可解な行動だが……星喰いは痺れるような衝撃を感じていた。
なにが起こっているのか理解できなかった。ただ抱きしめられて撫でられているだけ……それだけなのに……これまで体の奥から際限なく湧き上がり続けていた空腹が……初めて満たされるような感覚に陥っていた。
なぜ? なぜ、こんなにも温かい? なぜ、こんなにも満たされる?
実のところそれは単純な話であった。星喰いは生まれてすぐに感じた空腹に突き動かされて動いていた……いや、生まれて初めて抱いた感情を『空腹だと思い込んでいた』だけだった。
違うのだ。星喰いがずっと感じていた満たされない無限の空腹は、肉体ではなく精神によるもの……そう、本当はただずっと寂しくて孤独だっただけで……星喰い自身がその感情を、空腹であると勘違いしていただけだった。
皮肉だったのは、その特異な性質でありあらゆるものを際限なく食べ続けることができてしまったため、途中で立ち止まって考えなおすこともできず、一番最初に勘違いした空腹という感情に突き動かされるままで喰らい続けてしまい、なまじ敵無しと言えるほどに圧倒的な捕食者であったために間違いを正せる機会に恵まれなかった。
快人は星喰いと対面して、感応魔法で星喰いの感情を読み取った時……己にとって大切な存在であるアイシスと初めて出会った時のことを思い出していた。
表現しようのない程の深い孤独の感情だが……なによりも、星喰い自身がソレに気付けないままで苦しみ続けていると理解した快人は、なにも言わずに優しく星喰いを抱きしめた。
……いつしか、星喰いは体に出現させた複数の口で快人をカプカプと甘噛みし始めた。それは決して捕食するための行動ではなく、甘え方の分からない幼子が一生懸命甘えているようなもの……。
そう、星喰いは生まれて初めて満たされた。空腹感はもうない……ただただ心地よい温もりの中で、精一杯快人に甘えていた。
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快人に対応を依頼した神は、心の底から感嘆していた。神にとって星喰いの対処は、解き放つか、消滅させるか、それとも作り変えるか……それだけしか考えていなかった。
星喰い自身の願いを見抜き、それを満たし更生させるなどという方法は考えすらしなかった。なまじなんでもできる強大な力を持つ分、視野が狭まっており愛情はあると語りながら……己の世界で生まれた存在と正しく向かい合えては無かったことを実感した。
もう、星喰いは大丈夫だろう。べったりと快人に甘えるその姿を見れば、今後星喰いが暴食の怪物に戻る可能性は無いと言い切れるほどであり、浅慮だった己を恥じるばかりであった。
結果として星喰いはすっかり快人に懐いたこともあって、仲介した世界創造主の提案もあって快人が引き取ってトリニィアに連れて行くことに決まった。
己が頭を悩ませていた難題を解決してくれた快人に対して、神は是非お礼がしたいのでなんでも言って欲しいと告げた。
それに対して快人は、星喰いが正しい常識や良心を身に付けた後の後悔を和らげてあげたいので、ポリシーに反するかもしれないが星喰いが喰らったものをなんとかしてあげて欲しいと願った。
神はその願いを了承し、星喰いが滅ぼした五つの銀河は己の力によって修復すると約束……そして今後は、己の世界に対する付き合い方ももう一度考えてみると答えて快人たちを見送った。
なおその際に「たくさんあるんだからひとつぐらい増えてもいいだろう」と、快人の膨大な祝福に己のものをひとつ追加していた。
~ちょっと小話~
【100年後もK案件】
朝出かけた旦那が、異世界で暴食の怪物にベタベタに懐かれて連れて帰ってきており、ついでに神様の祝福もひとつ増やしてきたと聞いた公爵家当主は、虚無の目で胃薬を飲んでいたそうだ。
なお、後日改めてお礼とか言って件の世界創造の神がやって来て、例によって巻き込まれて胃を痛めていた。




