極北星ポラリス
魔界のとある場所、人気のない開けた場所でひとりの子爵級高位魔族が体を震わせる。その目は驚愕に見開かれ、動揺を示すように細かく揺れる。
「……そんな……俺の衝撃拳が、まるで通用しないなんて……」
「う~ん……特殊な術式を纏った拳で殴って、相手の体内で衝撃を炸裂させる。まぁ、ありがちっていえばありがちっすけど、中途半端な気はするっすね。えっと……使うとしたら、まぁ、こんな感じっすかね?」
「お、俺と同じ構え――ッ!?」
十本の白銀の尾が揺れ、どこか呆れたような声と共に目の前の少女……ウルペクラが拳を構える。その構えは子爵級高位魔族のものとまったく同じであり、直後に美しいとすら感じる動きで子爵級高位魔族に拳が叩き込まれた。
それが己の使う衝撃拳の真似であるという思考をあざ笑うかのように、拳が当たった瞬間に体内に感じるふたつの衝撃……魔力の質を変えた二種類の衝撃が体内でぶつかり合い、反発し、その威力を膨れ上がらせながら炸裂する。
「――がっ――あっっ……!?」
体から大量の血を噴き出して頽れるように膝を突く子爵級高位魔族を、ウルペクラは冷めた目で見降ろす。
「どうせ使うなら複数の衝撃を纏めて叩き込んだ方が対策されにくいっすよ。まぁ、そもそも体内に衝撃炸裂させたいなら、座標指定した魔法で遠距離から体内に打ち込んだ方が早いっすし、そもそもこの手の特殊術式自体伯爵級より上には通らねぇっすから、いっそシンプルに拳プラス衝撃で威力の方に振り切ったほうがいい気もするっすね」
「……ば、馬鹿な……俺の膨大な努力の結晶をこんなにアッサリ……これが、天才……才能の差……」
「……努力……ねぇ」
一度見ただけであまりにもアッサリ己の技を真似るどころか改良して使って見せたウルペクラに対し、子爵級高位魔族は絶望と戦慄が混ざったような表情を浮かべる。
それに対してウルペクラは、若干不快そうな表情を浮かべた後で軽く頭をかいて表情を呆れたものに変えて口を開く。
「……気持ちが分かる……とは言わねぇっす。アタシが才能や環境に恵まれてるのは事実っすし、そんなこと言っても上から目線の台詞って感じですしね。だから、貴方の気持ちは分からねぇっす。けどまぁ、理屈としてなら理解はできるっす。アタシは公爵級としても爵位級としても最年少っすし、自分が何万年もかけて辿り着いた場所にガキがアッサリ辿り着いてるのが気に入らない、認めたくないって考え自体は……まぁ、なるほどって感じで納得はできるっす」
ウルペクラは百年未満という歴代最速で公爵級に上り詰めた存在であり、目の前にいる子爵級高位魔族のようにそれを認められないというような相手に喧嘩を売られることもたびたびあった。
実際に爵位級高位魔族というだけで魔界において一握りの天才であるのは間違いなく、目の前の子爵級も確かな才能を持ち長年の鍛錬の末に現在の場所に辿り着いていた。
だからこそ凝り固まったプライドもあり、己が苦労して辿り着いた場所を悠々と追い越して高みにいる幼いウルペクラを認めたくなくて、なにか不正をして現在の地位にいるだけで実際は大したことが無いと決めつけて戦いを挑み、あまりにもアッサリ叩きのめされたのが現状だ。
そんな相手に対して、ウルペクラは軽く苦笑を浮かべつつどこか優しさを感じる声色で告げる。
「……だからまぁ、最初の一回は優しく対応しようって決めてるんすよ。アタシはいきなり喧嘩売られたわけっすけど、少なくとも不正とかズルとかじゃなくてちゃんと実力があるのは分かってもらえたと思うわけっす。なので、貴方がここで自分が間違ってましたごめんなさいってするのであれば、この話はそれで終わりっす。詫びだのなんだの言う気もないっすし、後から文句言ったりもしねぇっす」
一言謝罪すればそれで話は終わりであり、以降に引きずったりすることもないと告げた後で、ウルペクラは笑顔を消して言葉を続けた。
「……まだ納得できない。自分は負けてないってまた挑んでくるなら、それもよしです。ただし、次からは……アタシは、死王配下幹部として相手をさせてもらうっす」
「――ッ!?」
子爵級高位魔族は思わず息を飲んだ。小柄な体からは想像もできないほどの凄まじい圧……いつの間にか『赤色に変わった瞳』からは、押しつぶされるほどの重圧を感じ、体が勝手に震えだす。
魔力の質も量も桁が違う。本当にウルペクラがその気になれば、己の命など一瞬で消えるとそう確信できるほどの死を伴う重圧。
「死王配下幹部であるアタシが舐められるってことは、ひいてはアイシス様への侮辱に等しい……だから、続けるつもりなら……この先は、命の覚悟をするっす」
「ぅっ……ぁっ……も……も、申し訳ありませんでした。俺が、間違っていました」
格の違う実力を肌で感じ、ガタガタと震えながら子爵級高位魔族は頭を下げる。すると、押しつぶされそうだった重圧が消え、ウルペクラの瞳も薄い茶色に戻り笑顔を浮かべた。
「じゃ、この話は終わりってことで! アタシは気にしないっすから、貴方ももう気にしなくて大丈夫っすよ。あ~でも、アドバイスするなら伯爵級より上は、絡め手系は通じない相手が多いっすし、内部破壊とかよりも単純に拳に衝撃乗せて、シンプルな威力アップしたほうがいいと思うっすよ。まぁ、それじゃ、そんな感じで~」
明るい様子で告げた後で、ウルペクラは軽く手を振ってその場から去っていった。
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死の大地にある死王アイシスの居城内で、六連星のひとりであるポラリスは日課の鍛錬を終えて紅茶でも飲もうと移動していた。
すると、廊下の前からウルペクラが歩いてくるのが見えて軽く声をかける。
「やあ、ウルペクラ。奇遇だね……うん? どうかしたのかな? なにやら不満気だが」
「お疲れっす、ポラリス……いやまぁ、ついさっきまた喧嘩売られたんすよ。はぁ、もう、本当に面倒な話っすよ。そもそもアタシはちゃんとアリス様に実力を認められて公爵級の認定を受けてるんすから、子爵級より強いに決まってるじゃないっすか……」
「ああ、なるほど、いやはや君も大変だね」
うんざりした様子で告げるウルペクラの言葉を聞いて、事情を察したポラリスは苦笑を浮かべる。ウルペクラは魔界史上でも屈指といっていいレベルの天才であり、圧倒的な成長速度も相まって爵位級の階段を駆け上がってきた存在だ。
当然そうなれば妬みも出てくるし、魔族基準で見ればあまりにも若い年齢ということもあって、侮られるというのも理解はできる……できるが……たびたび、プライドだけは高い格下の相手をしている身としてはうんざりといった感じであった。
「だいたい、アタシが天才なのは当然じゃないっすかね?」
「ウルペクラが稀代の天才なのに異論は一切ないが、そういう割には君は努力を怠らないタイプだよね?」
「当然っすよ。アタシはアイシス様とカイト様の魔力で魔力構造を再構築してもらったわけで……つまり、アイシス様とカイト様に力をいただいたわけっす。凄い力があるのは当然のことで、アタシがそれをどれだけ引き出せるかって話っすからね」
「そうやって才能に胡坐を一切かかない姿は、非才な身としては眩しく思えるね」
ウルペクラを天才と表現するのなら、ポラリスは間違いなく凡才……非才とすら言える存在だ。ウィッチ族として生まれた彼女は、特殊な体質を持ったわけでもなく、才に愛されたわけでもなかった。
しかし彼女は、血が滲むという言葉すら生温い程の凄惨とすらいえるほどの鍛錬の果てに、努力のみで才能の限界を打ち破り公爵級まで到達した存在だった。
「……というか、ポラリス。また負荷術式増えてないっすか? 気持ち悪いぐらい多重になってるっすけど、いまどれぐらいなんすか?」
「いまかい? いまは、一万八千四十五ぐらいだね。お察しの通り三つほど増やしたよ」
結界魔法を得意とするポラリスは、日頃から自身の体に強烈な負荷をかける術式を施した結界を何重にも纏わせている。複雑に重なり合った膨大な負荷術式によって一般人どころか並みの爵位級レベルですら即座に圧死するほどの負荷が常に体にかかり続けているため、私生活をしているだけでも凄まじい鍛錬をしているに等しい。
「はぇ~よくもまぁ、そんな拷問みたいな状態で鍛錬とか出来るもんすよ。相変わらずとんでもない努力家っすね」
「努力家? ははは、私を努力家などと呼んでは、本当に努力している人に失礼だろう」
「え~アタシとしては、ポラリスぐらい努力してるやつって知らねぇっすけどね」
努力家というウルペクラの評価を笑い飛ばすポラリスは、謙遜などではなく心の底からそう思っている様子であり、ウルペクラは釈然としない様子で首をかしげる。
「その辺りは、考え方の違いかもしれないね。私にとって努力というのは、必要以上に頑張ることだと思ってる。いやはや、私も必要以上に努力が出来たらいいんだが、非才なこの身では必要最低限の鍛錬で精一杯さ。非才な私が、アイシス様の配下として、ウルペクラたちと同じ幹部として立っているために必要な最低限の鍛錬……それしかしてないんだし、むしろ怠惰な方じゃないか? いまだって、紅茶でも一杯飲もうと思っていたところだしね。そうだ、君も一緒にどうかな?」
「あ~いいっすね。イリスに淹れてもらいましょう」
「それは、実に素晴らしい考えだ。私ひとりでは、得られるのは『たわけ』という言葉のみだが、ふたりがかりなら可能性はあるかもしれないね」
まるで日常会話のようにそう告げた後で、深くスリットの入った白いドレスを翻し、同色のとんがり帽子を揺らしながら歩くポラリスに続いて歩きつつ、ウルペクラはボソリと呟く。
「……やっぱり、あの程度のやつが……努力とか口にするのは気に入らねぇっすね」
思い出したのは、少し前に喧嘩を売られた子爵級高位魔族の言葉。己の努力を語る言葉に不快感を覚えた。その理由は単純だ。ウルペクラが知る中で最も努力家であり素直に尊敬する相手であるポラリスが口にしないのに、それ以下でしかない者が努力を語るのが不快だった。
「うん? どうかしたかい?」
「……ん~あ~……相変わらず見た目だけはめっちゃ魔法使いそうっすよね」
「ははは、なにせ私は魔法を得意とするウィッチ族だからね。任せてくれたまえ、結界魔法以外は初級魔法までは完璧さ」
「あとは限定的な未来予知もできるっすよね。どうっすか? その未来予知的に、アタシらは美味しい紅茶にありつけますか?」
「……手痛い火砲にはありつけそうだね」
「うげっ……」
ポラリスは過程は分からないが己の行動における結果だけを知ることが出来るという、限定的な未来視を行うことができ……その未来視的には、イリスに魔力砲撃で吹き飛ばされる己の姿が映っていた。
おそらく、紅茶を淹れてくれとウルペクラとふたりがかりでウザ絡みをした結果だろう。となれば回避するのは簡単であり、イリスに断られたら素直に退けばいいのだ。
「……さて、では、筆頭殿にウザ絡みをするとしよう」
「徹底的にやるしかねぇっすね!」
まぁ、不都合な未来を見たからといって……当人たちがその結果込みで、イリスを揶揄うことを優先するのであれば、まったく意味はないのだが……。
~ちょっとキャラ紹介~
【ポラリス】
魔法を得意とするウィッチ族だが、実際はフィジカルの化け物。頭おかしいというか、ただの自殺にしか見えないレベルの鍛錬を気の遠くなるような年月続けたことで、才能の壁を粉砕して公爵級高位魔族にまで上り詰めた存在。
飄々とした性格であり、イリス相手限定ではあるが結構悪ふざけもするので、なんだかんだでウルペクラと相性がよく、ふたりがかりでイリスにウザ絡みをして吹き飛ばされているのもよく見る光景である。
なお、快人の大ファンであり、快人の前だと照れまくって普段のようにはまったく話せない。こっそり快人グッズを集めていたりする。




