狐と雑貨屋
シンフォニア王国首都フォルニア、高級住宅や高級店が立ち並ぶ中央区画から南区画に差し掛かる辺りの大通りから外れた裏通りの奥……そこにある雑貨屋にウルペクラの姿があった。
ウルペクラは棚に並んだ商品の内いくつか気になったものを手に取り、カウンターの方に向いて口を開く。
「これは初めて見るっすけど……アリス様、これはどういうやつっすか?」
「それは、スーパートリモチボールですね。投げてぶつけると一気にトリモチが広がって相手を拘束……まで行けば実用的だったかもしれねぇっすけど、実際はそこまで拘束力も強くないのでネバネバベタベタ鬱陶しいぐらいですね」
「なるほど……十個買うっす」
「はいはい、まいどあり~」
カウンターにいるのは、見ようによってはキモ可愛いとも言えなくないような猫の着ぐるみが居て、ウルペクラの言葉にどこか緩い調子で返す。
彼女こそ、魔界の頂点の一角にして、世界中に膨大な数の配下を持ちあらゆる情報を手中に収める実質的な世界の裏の支配者ともいえる存在、六王のひとり幻王ノーフェイスことアリス……の分体である。
ほぼ道楽でやっていて、全然客のいない雑貨屋ではあるが、ウルペクラはこの店の常連でもあった。それはなぜか……イラズラに使う道具をよく買いに来るからである。
この店にはアリスが思い付きや悪ふざけで作った品が多数あり、最大射程2kmの大砲のようなクラッカーや、幻影魔法により実害の無い映像だけを出現させる道具だったりといった。工夫次第でいろいろイタズラに利用できる品が揃っており、イタズラ好きのウルペクラの需要にピッタリはまっている。
今回もスーパートリモチボールという、ほぼ嫌がらせ以外には使え無さそうな品を即決で複数個購入していた。
「……紅茶でも飲みます?」
「おっ、アリス様がいいならありがたくご馳走になるっす」
「まぁ、ウチの貴重な常連客ですからね。売り上げへの貢献具合も考慮して、多少はサービスしましょう」
「売上云々言うなら、通りの入り口と店の周囲に薄く張ってる認識阻害結界を解除すべきだと思うっすけど……」
「あんまりたくさん客が来ても面倒ですしね。この雑貨屋はほぼ道楽でやってる感じですし、カイトさんとか一部の常連に売れてれば十分すよ」
アリスが常連と口にするだけあって、ウルペクラはかなりの頻度でこの雑貨屋に来ており、気が向けばお茶を淹れてくれたりするぐらいには、アリスとも仲良くやっていた。
実際今日も、アリスが淹れてくれた紅茶を飲みつつ、そのまま流れでチェスをすることになりカウンターの机を挟んでチェスの勝負を行った。
着ぐるみで顔は見えないが、余裕そうなアリスと一手ごとに難しい表情で考え込んでいるウルペクラと対照的な様子であり、しばしの長考のあとでウルペクラが駒を動かすと、ほぼノータイムでアリスも手を返してきた。
「うげっ……」
アリスが打った一手はウルペクラにとって非常に厳しいというか……ほぼ形勢を確定させる一手であり、しばらく悩んだ後で「負けました」と口にした後で頭を抱えた。
「……うがぁぁぁ、まったく勝てねぇっす!? アリス様、これどの辺りでアタシの負けが確定したんすか?」
「一手目ですね」
「初手っ!? 駒ひとつ動かしただけで負け確なんすか!?」
「あ~でも負け確では無いかもしれないですね。ウルペクラさんとの過去の対局や、性格、打ち方の好み……初手にどの駒を動かすか見れば、先の手はほぼ読めますが……99.9%ぐらいの精度なので、0.1%ぐらいは勝ちの確率残ってましたね」
「スタートした直後に勝率0.1%って時点で、絶望しかねぇっす」
アリスは三界一の頭脳と称されるほどに頭が切れるため、ウルペクラが一手目を打った時点で、その後の展開パターンはほぼ全て読めるし、容易にコントロールできる。
0.1%の勝率というのも、あくまで初手時点の話であり、もう数手打てば0となる。
「まぁ、この手のボードゲームは私の得意分野ですからね。私をボードゲーム上の展開でガチ動揺させられるのは、カイトさんぐらいっすよ」
「……カイト様っすか? カイト様は、ボードゲーム全般が苦手だったような気がするっすけど……」
「だからですよ。カイトさんはボードゲームになると、急に目が見えなくなってるんじゃねぇかってぐらい意味不明な手を打ってきますからね。いや、別にそれが勝ちに繋がることは全くなくてクソ弱いんですけど、弱すぎてまるで予想できないというか……こう、なんていうんすかね? 必死にあれこれ考えて、相手が打ってくる手とかも想定して、長考したのちに……全力で自殺する手を打ってくるような感じで、打たれたこっちの方が動揺する感じですね」
「う、う~ん、まぁ、なにもかも完璧より、なにかしら欠点がある方が魅力的ってもんすよ」
「そうですね」
なにかしらフォローを入れようとしたのだが、快人本人すら運の絡まないボードゲームで勝つことはほぼ諦めているレベルなので、上手いフォローも思い浮かばなかった。
そんなウルペクラを見て着ぐるみの中で苦笑しつつ、アリスはどうやっているのかは不明だが、着ぐるみ姿のままで紅茶を飲む。
「……う~ん、このボール面白いっすけど……普通に投げても回避されるっすし、最近シリウスの馬鹿とかラサルのアホも認識阻害とか隠蔽魔法とかかなり警戒してるので、どうしたもんすかね~しばらく間を空けて、油断したところで使う方が効果的っすかね?」
「じゃ、こんな手はどうです……ほいっ」
購入したトリモチボールをどう当てようかと考えているウルペクラに、アリスが軽く声をかけて手元に出現させた普通のゴムボールを投げる。
フワリと緩い速度で飛んできたそれを、ウルペクラが不思議そうにキャッチすると……直後にボールがウルペクラのおでこに当たって跳ね、手元のボールはいつの間にかなくなっていた。
「……あれ? 認識阻害? いや、掴んだ感触はあったっす……幻影魔法で作り出したボールを、幻覚魔法で誤認させた? いまの一瞬でアタシの魔法防御全部ぶち抜いて触感に干渉……いやアリス様ならできるかもっすけど」
「そんなことしてないですよ。いまのはただの条件付き短距離転移です。ウルペクラさんがボールを掴むという動作に反応して、ボールが短距離の転移を行うように術式を仕込んだんすよ。認識阻害も隠蔽魔法も誤認させるタイプの魔法っすから、そっちを警戒してると意外とこういうシンプルに本物を転移させるとかに気付きにくいんですよね」
「おぉ……アリス様~その術式、教えて欲しいっす」
「はいはい。まぁ、貴女なら軽く目の前で術式見せれば覚えるでしょう」
シンプルながら応用の幅が多そうな術式に目を輝かせるウルペクラを見て苦笑した後で、アリスは簡単に術式や騙すテクニックを教える。
これもよくある流れで、欺いたり騙したりという手合いにおいては、ウルペクラよりもアリスの方が遥かに上手であるため、こうして度々その手のテクニックを教わったりしていた。
「……ありがとうございます! これで上手く仕掛けれそうっす。あっ、そういえば話は変わるっすけど、イリスが晶花宴でチョロチョロしてたら、手伝わせてやるとか言ってたっす」
「すぐ私をこき使おうとするんすからアイツ……六王幹部が、六王を雑用に使うんじゃねぇっすよ」
「ははは、それだけ気安い関係ってことっすかね。まぁ、晶花宴ももうすぐなんで楽しみっす……うん? アリス様、アレって……」
「ああ、アレは……」
アリスとイリスは同じ異世界の出身であり親友同士でもあるため、非常に気安い関係であり、呆れたような言葉からも強い信頼が疑えた。
どこか微笑まし気な表情を浮かべていたウルペクラだったが、その途中でふと雑貨屋の片隅に置いてあった品が目に留まった。
「……買います? おまけ付けてあげますよ」
「買うっす」
見つけたのはたまたまではあったが、ウルペクラにとってそれは興味を惹かれる……というよりは、少し前に大好きな快人と話している際に話題に上がった品だったこともあり、せっかくだからと購入して帰ることにした。
~ちょっとキャラ解説~
【アリス】
100年後も普通に雑貨屋をやっているのだが、完全に道楽であり繁盛とかを求めてるわけではないので、認識阻害結界とか張ってる。絶対に快人が来た時とかにふたりでのんびりしたいとか、そういう理由がメインではあるが、100年経とうがその手の話題はクソ照れながら否定する。
ウルペクラはよく悪戯グッズを買いに来る常連であるためそれなりに付き合いもあり、なんだかんだ騙しのテクニックとかを指導したりすることもある。
なお例によって本体は快人の護衛ですぐ傍に居るので、雑貨屋に居るのは分体である。
快人のボードゲームの腕は、アリスちゃんをもってしても動揺するレベルであり、真剣に考えた後キリッとした表情で死地に飛び込むどころが全力で自殺してくるので、思わずアリスちゃんも二度見するレベルである。
なお、余談ではあるがその凄まじいボードゲームの腕前は、あのバトル大好きな戦王メギドにもトラウマを植え付けており、快人とボードゲームで対戦するような流れになった時は「……い、いや、別の勝負方法にしようぜ」と、珍しく勝負を避けようとする様子が見られる。




