13 バタフライ・エフェクト
13 バタフライ・エフェクト
僕が客のいない旧台のルーレットに座ると、向こうからカジノのオーナーである、ナキリンがやって来た。
ナキリンは僕の対面の席に座ると、バカにするようにフンと鼻を鳴らす
「貴様は聖堂にいた小僧だな? ローバに頼まれてここに来たのだろう?
なにを企んでるかは知らんが、だがなにをやっても無駄だ。土地の権利書はワシの手にあるんじゃからな」
「僕はただ遊びに来ただけだよ。1千万¥もチップを持ってる上客に、ひどい扱いだね」
「フン! たまたま運が良かっただけじゃろう!
さっさとスッて、さっさと出て行け!」
「それじゃ、1点掛けで勝負ってのはどうかな?」
「なんじゃと?」
「僕はこれから、このルーレットで1点掛けする。
ハズレたらキミが勝ちで、もうこのカジノには近寄らない。
それどころか、この街からも出ていくと約束しよう。
そのかわり僕の予想が的中したら、通常は36倍の払い戻しを100倍にしてほしい。
つまり、10億¥の勝ちというわけだ」
するとナキリンはキョトンとしていたが、すぐに弾けるように爆笑した。
「がっはっはっはっはっ! その言葉、忘れるなよっ!」
そして椅子の上に登り、周囲の客たちに向かって叫んだ。
「みなさん! ここにいる若者は、いまから1千万もの1点掛け勝負をするそうです!
そしてハズレたら二度とこの街から出て行くと宣言しました!
そのかわりに当たったら払い戻しを100倍にしてほしいと言うので、ワシは承諾しました!
さぁさぁ、若者の愚かな決断を、見守ってやってください!」
すると僕たちのルーレットのまわりには、一瞬にして人だかりができる。
ナキリンはどすんと着席しながら、僕に向かってニヤリと笑う。
「ふふ、小僧、これでもう逃げられんぞ……!」
ナキリンはパチンと指を鳴らす。
するとバニーガールがストローの付いたカクテルを運んできて、ナキリンの前に置いた。
「ワシはこうやって、滅びゆく者をツマミに、酒を飲むのが大好きなんじゃ……!」
カクテルをチュウチュウ吸うナキリンを横目に、ディーラーに向かって手をかざす。
ディーラーは、出目を操作できるスキルを持っていた。ようはインチキだ。
ルーレットの1点掛けが当たる確率は2.7パーセントとされているが、彼に掛かれば0パーセントになる。
「う~ん、いまの時点では、僕の勝ち目は万に一つもなさそうだね」
「今頃気付いたか、でももう遅いわ! 女神の奇跡でも起らん限りはな!」
「ううん、僕にはそんな大袈裟なものは必要ないよ。ただ、蝶のはばたきさえあればいい」
僕はその蝶になったかのように、ゆったりと両手を広げる。
そして、紡ぎ出した。
「万象! 真理! 審判!
天地開闢よりありし銀の月、その鱗粉満ちるところに我はあり!
永久不変の月輪をもって、衆生の縛めを解き放て!
神智なる聖餐論!」
……シュパァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーッ!!
あふれる光に逆巻く髪。
突風を受けたように目を瞬かせるナキリンに、僕は笑いかけた。
「ウェルカム・トゥ・オーバーグラウンド……!」
「なっ、なにをワケのわからんことを! 気の狂ったフリをしても、もう逃げられんぞ!
いつまでもジタバタ悪あがきをしてないで、さっさと賭けろ!」
僕は何の迷いもなく、チップの山を『赤の7』へと動かす。
すかさずディーラーがルーレットを回し、ボールを投じる。
ナキリンは狂気に満ちた雄叫びをあげた。
「ひょおーっ! 賭けおった! 賭けおったぞ!
しかもさっきスリーセブンを出したからって、『7』に賭けるだなんて!
青い、青いのう! この若造、自分だけは特別な人間だと思っておる!
しかしこのあとに気付くんじゃ! 自分は女神の気まぐれに騙された、ただの凡人じゃと……!」
「さっきも言っただろう、僕には女神なんて必要ないって」
このあと1分後に明らかになる出目は『28』。
僕が賭けた『7』のひとつ手前の出目だ。
しかし、それはこのまま、なにも『干渉』が起らなかった場合の未来。
僕はそっと、1枚だけ残しておいたチップを足元に落とす。
それを、靴の爪先でコツンと蹴りやった。
チップは大理石の床を滑り、周囲にいる観衆の足元へと消えていく。
彼らの靴に当たってチップはスマートボールのように跳ね回り、ついには対面側にいるナキリンの背後……。
後ろでワクワクと、足踏みしながら観戦しているご婦人のヒールの真下で、ピタリと止まった。
……つるんっ!
ご婦人はチップを踏みつけた拍子に、「きゃっ!?」とよろめき、前のめりに倒れる。
ナキリンの背中につかまったのだが、ナキリンはこの時、カクテルを飲もうとしていた。
後ろから押されたせいで、ナキリンの鼻にストローが突っ込んでしまう。
そして……『蝶の羽ばたき』が起った。
「はっ……はぁーーーーーーーーっくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーんっ!!」
飛沫がルーレットに飛び散る。
ひとつ手前で止まるはずだったボールは、
……ころんっ。
と音をたてて、『7』に入った。
「う……うおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
観衆は大絶叫につつまれる。
「すげえすげえ、すげぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーっ!?」
「てっ、的中させやがった!?」
「スロットでスリーセブンを出すだけじゃなくて、1点読みを当てるだなんて、信じられねぇ!?」
「この人、ギャンブルの神様か何かなの!?」
爆発する歓声が止まらない。
その爆風の直撃を食らったように、ナキリンとディーラーは呆然としていた。




